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【2】聖女 うばわれる

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 ……そうか。そうだよなぁ……。

 そもそもは神代の時代。魔王は太陽神と月の女神と戦い敗れ、その魂を十二個の欠片に分かたれた。
 神々は、滅ぼすことのできなかったその欠片を、人の魂の中に封じたのだという。
 そうして人の身で転生を繰り返し『生』を体験させることで、魔王の持つ『滅び』を渇望するさがを浄化しようとしたのだそうだ。

 ……なんとも迷惑な話である。

 神に出来ない事が人間に出来る訳がない。
 魔王が目覚めた折、時代の賢者達はそれを滅する事を諦め、依り代となった人間ごと封印することで対処してきた。
 依り代となった人間の肉体が滅びれば、魔王の魂はまた別の人間へと生まれ変わるから。
 放っておけばその身から出る瘴気が作物を枯らし、家畜を殺し、やがては国民も病に倒れて死んでしまうから。

 だから臭いものに蓋をするように、生け贄を捧げるように、その場しのぎに一人の人間を犠牲にして、その他大勢の命を守ってきた。



 今生、その人身御供に選ばれてしまったのがゴーシェだった。



 黙りこくったわたしに、ゴーシェは静かに続ける。

「僕は本来、百年前のあの日あの時あの場所で死んだはずでした。でも何の因果か、またこうしてこの姿で目覚めることが出来たんです」

「ちょっとぬいぐるみバージョンも加わっちゃいましたけど」と、少しだけ笑って彼は続ける。

「ルチルさん、僕はね、目が覚めた時神様がもう一度チャンスをくれたと思ったんです。もう一度この姿で、絶望せずに、魔王を目覚めさせずに、生きるチャンスを。
 でも――……、」

 じっとルビーの瞳がわたしを見詰める。

「ルチルさんが僕を信じられないというのでしたら、どうぞ今この場で僕を殺して下さい」

 その言葉を聞いて、わたしは握られていた指をすっと引いて解いた。
 代わりに、小さなぬいぐるみの頭に手を置いて、ぽんぽんと撫でる。

「……二度も友達殺させないでよ」

 そう言えば、くすぐったそうに身をよじりながら、

「…………すみません…………」

 ゴーシェは小さな小さな声で呟いた。

 ……自分が望んでもいないどうしようもないことで、自分の運命が決められてしまうなんて。
 わたしにも色々と思うところがある。
 思わず自分と重ねてしまいそうになるが、生まれ変わっても逃れられないさだめなら、むしろゴーシェの方がしんどいだろう。

 人生をやり直したい聖女と、人生をやり直したい魔王なんて、ぴったりのでこぼこコンビかもしれない。
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