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第一部 第一章 ここから始まる物語
sideルイ 守りたいものと本音③
しおりを挟むこの屋敷の者たちは本人が隠しているつもりらしいエリザベスの行動力を知り慣れてはいるが、誰か一人でも他者がいるとエリザベスは借りてきた猫のようになった。
畏まって発言もあまりせず、目立たぬように静かに行動していた。
実際に外部には姉のマリアの噂ばかりが広まり、エリザベスの名前はあまり出ない。
たまにうっかり者のエリザベスは素が出てしまっているが、すぐに取り繕っているのでそこまでバレていないはずだ。
そもそも、エリザベスが言うところの儚げで美しい頼りない美貌の姉が、エリザベスのそういったところを隠していた。
エリザベスに言い寄る男を察知すれば、まず自分へと興味が向くように仕向ける。まるで悪女のようだが、その理由はただのシスコンであった。
「エリザベスに変な虫はつかせないわ。でも、あなたがいたらほかへの牽制になるし、エリザベスも同じ年の友人が出来て喜んでいるようなので特別に許可します」
と、ルイが王族と知っていて随分上から目線のシスコン魂を見せつけられた。
だから、今回の騒動もご立腹であった。悪いのはサミュエルなのに監視不届きという汚名を着せられた。
悔しいが思い当たるところのあるルイは言い返せなかった。自分の不手際は認めるが、エリザベスに対しても不満があった。
ちょっと、いや、結構怒っていたりもする。
普通、裸足でスカートを捲し上げて足を見せて走り回るとかありえるだろうか?
しかも、身体能力が優れているあのサミュエルと鬼ごっこが成立するとか、ルイが見ていない時間は一体何をしているのかと問いたい。
深窓であるはずの令嬢が、あんなに体力があるのはどういうことだろうか。
まあ、ルイの知る普段が普段なので、なんとなく方向性は想像つくのだけど、どうしても考えずにはいられない。
あるはずのない王族関係の馬車に慌てて屋敷内へと入ると、足を出して走る姿を見せられて、その上、こちらの気持ちと今までの行動も疑われて、ルイの気持ちはささくれだつ。
「ねえ、エリー。疑われて傷付いたんだけど。慰めて?」
本当はわかっている。エリザベスは悪気もなく本人はいたってとても真剣だ。
そういった疎くてまっすぐなところが魅力なのだ。ただ、そろそろ気づいてほしい。
先ほどのひどい誤解の弁明を聞くからに、エリザベスは己自身の認識が甘いのだ。
自分の容姿を平凡であると認識している。確かに姉のマリアは稀にみる美貌の持ち主であるが、妹であるエリザベスも美しい容姿をしていた。
ピンクゴールドの美しい髪色に、菫色の神秘的な瞳。何より、くるくる感情とともに色味が変わるそれは代えがたい美しさを見せ、どれだけ見ても飽きないものだ。
造形が整っているだけでは表せない、その美しさを持ってどうして平凡と言い切れるのだろうか。
美貌の姉を間近で見すぎたせいか、本人の認識はものすごくずれていた。
それに、「昔から姉の美貌に目の眩んだ者が、相手にされず私を巻き込もうとするのはよくありましたので」の言葉に、本気で目眩を覚えた。
鈍い、鈍いと思っていたが、まさか自分に言い寄ってきた者も姉への思慕者だと勘違いしていたとは。それがルイにとって良いのか悪いのかわからない。
どんな男が寄ってきても本気だと気づかぬまま相手をしないのは安心できるが、自分も一時でもそれらと同じだと勘違いされたことに腹が立つ。
ルイが王子と知ってひどくショックを受けているエリザベス。
普通の令嬢なら大なり小なり喜色の反応があるものだけど、エリザベスにとってはマイナス要素でしかない。関わりたくないと豪語していたし?
――鈍いのも考えものだよね。
ルイは深々と息を吐いた。
そもそも、深窓の令嬢が窓からロープを使って降りたり、ごついおじさんと密談したり、怪しげな薬草をごりごりすってそれを並べてニンマリなんてしない。
普通のご令嬢でも滅多にない行動だと思う。
そんな普通でないことをたくさんしておいて、どこをどうひっそりと思っているのか、是非とも詳しく聞いてみたいものだ。
それを実行すると、すごい勢いで弁明されるのだろう。その姿をも簡単に思い浮かぶ。
――ねえ、やっぱり胸が痛いよ?
ルイはエリザベスの髪をすくいとり、どうわからせようかとショックを隠せない様子のエリザベスをじっと見つめた。
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