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第一部 第五章 終わりの始まり
ハンカチの準備は万端です①
しおりを挟む爽やかな風に乗って、花の香りが届く。
手入れされた庭園の上空には青空が広がり、ここだけ別の空間ができあがるようだ。
目の前では、眩しいほどの美形が談笑している。王族としての考え方も知り、私は思いがけず和やかな一日を過ごしていた。
五人の王子とユーグ、そしてここが王城であることを考えると、おとぎ話の国に紛れ込んだような錯覚を覚える。
──現実味が乏しいのよね。
ルイやマリアにうっかり者と言われるのも、なまじ日本人だった時の人格形成が残り、したことはないけれど知っていると言った中途半端にここが乙女ゲームの世界なのだと記憶があるせいかもしれない。
真面目に取り組んでいるつもりでも、つい夢想してしまうというか。本好きにはいろいろ想像させる要素がてんこ盛りで探究心も尽きないというか……。
そう自分に言い訳をしつつ、まろやかに舌の上を通っていく紅茶を堪能した。
あれほど遠ざけたかった王族に囲まれて優雅にお茶をしているなんて、つい最近までは考えられなかったことだ。
人生何が起こるかわからないとはいえ、わからないことだらけすぎる。何より、今世は今までと違いすぎてこの先どう進んでいくのかわからない。
まだ、ソフィアにも出会っていないのだ。果たして自分は無事十六歳、十七歳を迎え、その先を生きることができるのだろうか。もう、頭に何かぶつかってというのはなんとしてでも避けたい。
一通りそれぞれの魔法を見せ合い、王子たちはどうかはわからないけれど私的にはいろいろ勉強になった。
組み合わせ方や出し方、さすが王族なだけあって十分ある知識と魔法で様々なことを見せてくれた。
今までの知識をフル活用して、屋敷に戻ったらしてみたいこともできた。
それを思うと、私は表情が緩むのを感じた。けれど、漂うバラの香りにここがどこだか思い出し、いけないわっとごまかすように紅茶に口をつけた。
──ふぅっ、少し気が緩んでるかもしれない。天使がいるからってダメダメっ!
王子たちが言っていた魔力の相性は、私でも良いのだろうなと感じるものはあった。
ほかがわからないから明確な判断ではないけれど、互いの魔力を邪魔せず発揮できたのはそういうことなのだろう。周囲の反応からもまずまずといったところであった。
この時は無事任務終了的な感じで、特にしでかすこともなく事が済んで安心していた。このことがこの先にどう影響するかなんて、私の常識では考えられないことであった。
そもそも、ゲームの内容を知らないのだから思いつきもしない。
ルイと友人である以上、まったく関わらないということは無理なことだ。
それに続き、サミュエル、シモンと縁ができてしまったし、双子との縁は放し難し。
私の取るべき行動は、もうほぼ決まっていた。公爵令嬢という立場上、ここまでくると円満な関係を築くべきなのだろう。
だから、自分の印象が悪いほうにいかなければまあいいかと思うようにした。
ちょっとできる令嬢の位置が以外と難しいが、とにかく変なことに巻き込まれないようにすればいいのだ。
周囲の状況は変わっても、結局は同じこと。することは一緒。
必要以上に目立たず出しゃばらず、大人しくいくことが基本である。
王子たちには、ひっそり友人ポジ、ひっそり公爵令嬢ポジを目指す。ひっそり存在してそれがいい方向に思ってもらえたら私的にはいい。
それは今のところ順調ではないだろうかと、すぐさまこの状況を受け入れて前向きな思考を持った自分をよしよしと褒めた。柔軟さは身についていると自画自賛。
わりかた現実的な思考をもって、のほほーんとそんなことを考え白鳥の形をしたシュークリームをひとかじりした時だった。
初老の男性が自分たちのもとへとやってきて礼をすると、シモンの耳元でこそっと何かを伝えた。話を聞き終えたシモンは、ルイとサミュエルに目配せをすると立ち上がる。
「私たちは少し席を外させていただきますが、かまわないでしょうか?」
私はこくんと頷いた。何か問題が起こったのか、三王子の空気がわずかにぴりっと緊張した。
「私なら大丈夫ですので」
「こちらからお誘いしておいて、すみません」
「お気になさらないでください。有意義な時間でしたし一通りのことが終わったと思うので、私はここで帰らせてもらいます」
そう告げるとそこで困ったようにルイが眉を寄せ、そこでちらりとサミュエルとシモンを見た。
──んっ? 何か問題が?
「エリー。少しだけだから待っててもらえない?」
「でも、急用でしょう?」
「急用というか、まあすぐに終わると思うから」
ルイがそういうと、シモンが眉尻を下げて申し訳なさそうに告げる。
「そうですね。そんなに時間はかからないかと思いますので、待っていただけたら」
「えっ、でも」
「ああ。そんなに時間はかからないだろうから待っとけよ」
言い淀む私に、サミュエルがじっと推し量るように見つめながら告げる。
いや、三王子そろってそんな真剣にならずとも。私がいてもいなくても変わらないというか、なのに待てというのね。
私は、少し引っかかるなとまじまじと用を言いに来た老人を見た。
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