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第一部 第五章 終わりの始まり
ハンカチの準備は万端です②
しおりを挟むぴんと張った背筋、優しげに見えるシワの数だけ様々なことを見てきたのだろう。
限られた人しか入れない秘密の庭園、その場所に来た老人が一言告げるだけで王子が動く。その泰然自若な態度に、周りの人間の信頼度がうかがえる。
現に私の視線に気づいているであろう老人は、静かに瞬きを返すだけで視線を離した。
あくまで、王子に用があるといった態度にそれ以上詮索しにくくなる。
「どうせ同じところに帰るんだから、みんなで一緒に帰ろう。せっかくだからもっと庭園を案内したいし、待っていてくれると嬉しいな」
「ルイがそこまで言うなら考えないでもないですが。でも、公務とかでしたら待っているほうが邪魔になるんじゃ……」
最後にふわっと安心させるようにルイに微笑みながら言われると、思考がぐらつく。
ここに来た当初の目的はやり終えているので忙しいのなら帰るべきなのだろうけれど、その彼らがそこまで言うのなら素直に待っているべきか。
タイミングとかが少し気になるが、私の関与すべきことではないのだろう。
そこでシモンが素敵な案を申し出てくれた。
「いえ。少しだけ確認することができただけですので。まだまだこの庭園の素晴らしいところを見ていただきたいので、私たちが席を外す間はジャックとエドガーがこの庭を案内します。二人とも、エリザベス嬢のエスコートをできるね?」
双子にエスコート~。うふふっ、それはなんて魅力的な提案だろうか。
この可愛さを独り占めしてもいいのぉっと、私はわずかに頬を紅潮させた。
天使な双子が同時に私を見てにこりと笑みを浮かべると、兄に向けて大きく頷いた。
「はい。兄さんたちは安心してくれていいよ」
「もちろんです。ユーグもそっちについて行くの?」
「そうだね。彼も、かな」
シモンがわずかにユーグに視線をやって頷くと、双子は同時にふ~んと顔見合わせ、にこっと笑みを浮かべた。
「わかった。僕たちに任せて~。エリザベス嬢が気に入るような素敵な場所を案内するよ」
「そうだね。僕たちのとっておきの場所を案内しよう」
にこにこと告げる双子をシモンが考えるように見ていたが、最後に柔らかく微笑んだ。
「くれぐれも無茶はしないように」
「はーい」
「はい」
そこでシモンの言葉に、ジャックとエドガーは元気良く返事した。任されて嬉しいとばかりに兄を見る。
二人にとって、兄は偉大なのだろう。きらきらした眼差しの中には尊敬の念がありありと浮かび、それを向けられるシモンが微笑すると、双子はまた嬉しそうに笑った。
──癒やしだ。癒やし~。めっちゃ絵になる美兄弟。
ほぉっと感動しながらほわほわそれを眺めていたら、ルイがちらりと私へと視線をやる。
ぽんっと肩に手を置いて、くれぐれもとばかりに言い聞かせるように顔を覗き込んできた。
「エリーもだよ」
「えっ、私も?」
「そうだよ。僕たちが戻ってくるまでできるだけ大人しくしてね」
「もちろん、大人しくしているわ」
満面の笑みで任せてと告げると、はあっとルイは眉を寄せた。
「すごく心配だよ」
「大丈夫よ。ここは屋敷ではないから、無茶しようがないじゃない? 今日だって特に何もしていないでしょう? ルイは心配しすぎよ」
「だったらいいけど」
「ルイったら心配性なんだから」
案内してくれるだけだし、何も起こりようがない。愛くるしい彼らを堪能する時間に、どうやって問題が起こりうるというのか。
そこで私ははっとする。
──もしかして鼻血を出さないか心配してるのかしら?
それはあり得るかもしれない。だって、これだけ可愛いだもの。しかもダブル。鼻の結界が破れないとは言い切れない。
私の可愛いもの好きを知っているルイだからこその心配を思い当たり、私はどんと胸を張った。
「ハンカチの準備は万端です!」
「ハンカチ?」
「ええ。ハンカチです。だから安心して」
「……意味がわからない」
あれっ? 違ったようだ。首をこてんと傾けて考えるが、これ以上は思いつかない。
私は安心させるようと笑顔を浮かべた。ついでに、ほらっと自身の名前が刺繍されたハンカチも掲げてみせる。
「ちゃんとあるでしょう?」
「なぜ、ハンカチなんだ?」
サミュエルが意味がわからないと口を挟んできたので、私は高々と告げた。
「いざという時のためです」
「いや、意味がわからないが」
「サミュエル、こういう時のエリーを理解するのは難しいよ。大丈夫なんだね?」
「はい。安心して用事を済ませてきてね」
「……わかった」
ルイが諦めの溜め息をついている横で、サミュエルは何か言いたそうに見てくるが、何も問題はないですよと涼しげに微笑む。すると、はあっとサミュエルも溜め息をついた。
ちょっと失礼な態度であるが、王子に失礼なことはしないわっと双子を見つめると、双子たちも愛くるしい眼差しで私を見つめてきた。
それからジャックとエドガーが同時に膝をおり、すっと手を差し出してくる。パチパチと瞬きをして彼らを見ると、「手を」と言われた。
うっきゃぁぁぁ、ハンカチ足りるかしら? 天使にそんなことをされ、胸のど真ん中をズッキュンと打たれて倒れそうだ。
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