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第二部 第一章 新たな始まり
接触②
しおりを挟む「そうです。先ほど命名しました。なので、そう呼んでくださって結構ですよ」
「呼びません」
「それは残念です。一日限定ですのに」
「……限定…。顔を隠しておいて卑怯です」
「何が卑怯なのですか?」
「だから、顔を隠して誰かわからないのは卑怯じゃないですか?」
いちいち威嚇しながら言われ、私は嘆息する。
それが伝わったのか、相手が明らかに怯えた。
もしかしたら、私の身分が自分より上だと感づいているのかもしれない。
だけど、そこは明かす気は全くない。むしろ、さっきのあなたの行動は何だったのと問いたい。それこそ身分を盾に卑怯である。
「そうですか? でも、ここでは私はただの第三者。身分とか顔とかどうでもいいですよね? あなたより身分が上でも下でも、やましいことがないのでしたら正々堂々言ったらいいじゃないですか? それともあれですか、やっぱり怖いんですね。わからないですもんね。なら、あなたも彼女が言い返せないのがわかっていてこのようなところで理不尽に当たり散らしているんですね」
我が身を振り返らずの言動に、私は少し怒っていた。
そして、こういったことが普通であるこの場所に、ソフィアがこれから過ごしていかなければならないことを不憫に思う。
「っ、ちが」
「違いません」
「……だって、彼女が……」
大抵熱くなっているときは自分が正義だと思い込んでいるのよね。
彼女の場合は『身分』という正義だけど。
「ああ、確か相手の男性がお名前を言ったとか。その方は恋人か何かですか?」
「……っ違います」
「えっ、違うの?」
思わず、普通に問いかけてしまった。それと同時に、私の視線は呆れたものを見る感じになったと思う。
というか、自分のものみたいな言い方だったからてっきりそういう関係なのだと、それゆえの嫉妬なのかと推測していたのだけど……。
「では、婚約者か何かですか?」
「恐れ多いです」
そこで、てれっと顔を赤くしてもじっとする罵倒令嬢。
私はすごく冷めた眼差しで相手を見た。
ちらりとソフィアを見ると、いまだにずっとこちらを見ていたようで視線が合った。
罵倒令嬢よりも、興味はこちらに完全に移ったようだ。
いちいち罵倒令嬢みたいな人を相手にして、重く受け止めても仕方がないといったところだろうか。
先ほどのやり取りも落ち着いていたようだし、彼女も覚悟をもってこの学園に入ってきているようだ。
大変ですね、とわずかに目を細め、また罵倒令嬢を見る。
ぽぽっぽっぽっぽっと、その男性と想像しているのか顔がますます赤くなっているがこっちに戻ってきてほしい。随分と妄想が激しいご令嬢だ。
──おーい。そこのお嬢さん。恋人でも婚約者でもないのに、なぜそこまで突っかかったの?
口に出すのもバカらしくて、呆れて心の中で問いかける。
やはり、ソフィアが平民だからなのだろう。
叶わない恋をしているのか、ただの意気地なしなのかどうかは知らないけれど、ソフィアは持って行き場のない憤懣をぶつけるスケープゴートに選ばれたのだ。
「その様子だと、相手の男性と少し話したとかそんなことだったりします?」
ソフィアがこくりと頷いたので、やっぱりと嘆息し冷ややかなに罵倒令嬢に視線をやる。
「学園に在籍しているのですから、接点が出来れば誰かしらと話します。それなのに、その一つひとつに文句を言われたらたまったものじゃないですよね」
悔しそうに唇を噛み締める令嬢に、私は「ねっ」と問いかける。
「それは……」
「気になるのですが、あなたがお慕いしている男性が、あなたより身分が上でとてつもなく美人と話していたら諦めるのですか?」
「……」
「もしくは、今日のようにこうやってその方にも突っかかるのですか?」
「……」
本当、家族や周囲に可愛がられ甘やかされて育ってきたのだろう。考えも行動もすべてが浅い。
貴族でも教育をしっかり施している家もあるけれど、彼女のようにただただ上から目線で身内贔屓の家もあるので、そういった家の者にはお灸を据えたくなる。
「自分は何も努力せずして?」
「……っ」
「自分で何もせずして、相手に当たり散らすだけって楽ですよね。でも、何も変わりませんよ。むしろ、自分を貶める行為に疲れるだけでは?」
家族から離れた今が成長の時。
自分の至らなさを気づけることができればいいのだけど、現場を見て腹が立ち口を挟んでしまったが、面倒を見るつもりはないので思ったことだけ伝える。
「……あなたにっ、何がわかるのですか?」
「何もわからないですよ。ただ、虚しいでしょうって聞いているだけです。本当はあなたもわかっているのでしょう? 今一度、自分の行動を振り返ることをお勧めします。まだ初日。これからですよ」
「………っ戻ります」
謝罪はない。プライドが高そうだから平民に謝るなんてって思っていそうだ。
なので、またいじめたらわかってるよねっと牽制しておく。
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