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第二部 第一章 新たな始まり
接触③
しおりを挟む「ええ。そうしてください。しっかり考えてくださいね。ふふっ。あと、顔、覚えましたからね」
それでも十分ではないが、ちょっと控えようと思ってくれたらいいことだ。
何せ、学年も違うし、こういったことにすべて関われるわけではない。
そこまで責任を持てないので、多少なりとも抑止力的なればいい。
あとはソフィア自身が頑張るだろうし、彼女を慕う者が守っていくだろう。
「…………っ」
「さようなら」
言葉もなくびくっと肩を揺らしこちらを見る罵倒令嬢に、さらに不安を煽るように葉っぱ仮面の下で笑う。
すると、罵倒令嬢が顔を赤くしたり青くしたりして、その場を去っていった。
まだまだお尻が青いようで、あの感じだとあれ以上のことはできなさそうだ。
──なんだかな……。
親元を離れて、勘違いする者は多い。親の力をそのまま自分の力だと思う者。今までのような監視者がいないと羽目を外す者。
むしろ、親から離れたからこそ、自分のしたことがそのまま己に返ってくることを考えなければならない。
今までと同じように守ってもらえないことをわかっていないのだろうか。
高い身分は強い盾となることは認めよう。だけど、ここはうじゃうじゃと同じような身分、はたまたさらに上の身分や権力がある者もいるのだ。
それと同時に、魔力の高い者もそれ相応の位置にくることになる。
少し考えれば、自分がどうたち振る舞うべきかわかると思うのに、わからない者のほうが多い。
だから、あっちこっちで罵倒令嬢のような者が出てきて、そのうち頭角を現わす悪役令嬢というものが出てくるのだろうけど。
──ちょっと、やらかしちゃったかなぁ……。
不安を胸に、私はちらっとソフィアに視線をやる。
キャラメル色の瞳は、何か言いたそうにじぃぃ~とこちらを見ている。
性格上無視はできなかったから後悔はしていないけれど、顔を隠しているとはいえソフィアに関わってしまった。
私がここに姿を現してからこの含むような視線は私から外されることはなく、罵倒令嬢なんてもうどうでもいいとばかりのその態度はある意味度胸がある。
――う~ん、気まずい。
その瞳は明らかに不審な出で立ちの私に対して、憧れるような好意のようなものを感じる。
これ以上、接点は作りたくないので、私は彼女にも帰るように促すことにした。
「災難でしたね。言い返すことは難しいとは思いますが、人目につかないところに行くことはお勧めしません。気をつけてくださいね」
「ありがとうございます」
「いいえ。では、これから頑張ってください」
「はい」
そう伝えると、元気よく返事したソフィアが周囲にふわふわと花が舞うかのよう嬉しそうに笑う。
その瞬間、風が吹くかのように二人だけの空間ができあがった。
実際、二人なのだが、この空間の密度が増す。
葉っぱレディにはもったいないほどの笑顔。やっぱり、主人公なだけあって可愛らしい。男性たちが守りたいと思うのも頷ける。
「では。お気をつけてお戻りください」
「あの、あなたはどうされるのでしょうか?」
おずおずと尋ねられ、私はゆっくりと瞬きをしてソフィアを見た。
ぽわっと花が咲くような可愛らしい表情に真っ直ぐな眼差し。
崇高のようなものすごい好意を惜しげもなく注がれているように感じて、たったこれだけの接触でのそれは過剰にも思え落ち着かない。
「そ、うですね……」
「…………」
──……何か、言いたそう……、だよね。
私と話がしたいのだろうなという雰囲気は伝わってくる。
この学園では一番下の身分である彼女から、気軽に貴族に話しかけることはできない。だから、それらは言葉にせず雄弁な瞳で語られている。
でも、私は正体がばれたくないので、しっかり帰ったところを見送ってから戻りたい。
向けられる眼差しはくすぐったい。そして可愛いと思う。
立場をわきまえた上での行動は好ましく映り、こちらから手を差し伸べたくなる魅力。さすがソフィア。やっぱりヒロインは違う。
でも、それは私じゃなくて、どこぞの貴公子がやったらいいことだ。
自分の運命に彼女が関わっている以上、どう接するべきか気持ちが決まっていないので今日はこのまま退散だ。
相手が帰らないなら、こちらから動くのみ。
「私はまだ用事があるので先に失礼しますね。くれぐれも気をつけてください」
「……はい。ありがとうございます」
残念そうに視線が揺れたが、特に引き止めることもなくソフィアは大きく礼をした。私はそれに小さく頷いて、その場をさっさと退散する。
植え込みから戻るからガサゴソと格好がつかないが、今日の収穫を放置はできない。
しっかりそれらを手に取り、もう散策する気分でもなくなって寮に帰ることにする。振り返ることはしない。
ニアミスもいいところだったが、ピンチは脱しただろう。後悔もない。
一応、遠回りをして周囲に気を遣い、もう少し時間を置いて寮に戻ろうと中庭へと向かい、後悔はないと思ったばかりで後悔した。
「また、何かしてきたのですか?」
その声とともにすっと現れた人影。嫌な予感に視線を上げ、ぴくりと頬が引きつった。
「…………先ほどぶりですね。ノッジ様」
「ええ。そうですね。エリザベス嬢」
一難去って、また一難。
私はおもむろに視線を泳がせた。
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