詰みたくないので奮闘します~ひっそりしたいのに周囲が放っておいてくれません~

橋本彩里(Ayari)

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第二部 第一章 新たな始まり

歩み寄り①

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 中庭の木々に隠れる一角。
 私は人目を気にして動いていたので、必然的にユーグと二人きりになった。

 アッシュグレーの瞳が不審さを隠さず私を見下ろしてくる。
 不意打ちに戸惑う私をよそに、ひどく落ち着いた声で挨拶を返し冷ややかに私を観察していたユーグの視線が、私の両手に止まった。
 すっと目が細められ、口がほぉっと感心したというよりは呆れたように開く。

 どくっと胸が嫌な音を立て妙に焦る。
 そもそも、この人も相当な美形だ。ただ、他者を寄せ付けないオーラが際立ち、おいそれと人を近寄らせないからその美貌云々以前なだけで、王子たちに負けず劣らず秀麗な顔立ち。
 その瞳と髪は透明感と大人っぽさが混ざり合い、その彼の徹底したスタンスと相まって禁欲的に仕上がっている。

 そんな彼がほぉっと意味ありげに自分に向けて口だけ開くとか、怖さと貴重さで胸が高鳴るのも仕方ない。
 だけど、それは一瞬のことですぐさま不安のほうが増していく。

 それと同時に、その手に持つものに重みを増した気がして、私はそっとそれらを見た。
 袋の中にはいっぱいの薬草や木の実、その上に先ほどの変装グッズなる葉っぱ仮面がちらりと顔を出している。

 やばっ。
 警告音が頭で鳴り響き、私は慌ててぐいっと押し入れた。
 そのままそれらを不自然にならないようユーグから隠すように後ろにやり、気づかれていないよねとそっと視線を向けさっと血の気が引いた。

 ――う、ぎゃあぁぁぁぁ~。

 何てことでしょう。
 その口元は綺麗な弧を描き、普段の彼から考えられないほど整いすぎる笑みを浮かべてこちらを見ていた。
 滅多に見せない笑顔はどうやら怒った時に出るようで、ちょいちょいその姿を見たことのある私は肝を冷やす。

 誤魔化しさえ許されない空気に、こくりと喉を鳴らした。

「………………」
「………………あ、のっ」

 見透かすような視線を向けられるだけで言葉はない。拷問だ。長い沈黙に耐え切れず、私は言葉を発した。
 それを待っていたかのように、ユーグが冷然と一瞥するとふっとこれ見よがしに息を吐き出した。
 それにびくりと肩を揺らすと、小さく肩を竦めたユーグが話し出す。

「さて、後輩ができることに緊張するなどとおしゃっていたご令嬢が、そんなに物を持ってどこに行っていたのでしょうね? そろそろ私めにもご同行をお許しいただけますでしょうか?」
「いえ、そんな大層な。ちょっと散歩に」

 なるべく平静を装えるように笑顔を心がけるが、頬が引きつる。

「ですから、その散歩に一度お付き合いさせていただきたいと申しているのですよ」
「はっ、ははっ」
「一緒についていくことを請うているのです。お付き合いを許していただけますか?」

 有無を言わせぬ笑顔。笑顔貼り付けているだけマシだろ的なそれに、私はそろそろと視線を逸らした。

 ──お、オワッタ……。

 言葉だけだとデートのお誘いみたいだが、ユーグのこれは決してラブな誘いではない。
 私に対しては少し態度が軟化しているものの女性嫌いは健在だし、王子たちの友人と認めていても基本私のことを面倒だと思っていることは知っている。
 彼が崇める第一王子のシモンが私に絡むから、ユーグも話すというだけだ。

 このお誘いという脅迫は、何度かやらかした現場を見られているからというのも大きい。
 その時のことを王子たちには話さないでと口止めし、令嬢らしく大人しくしていろというお説教も受けていてのこのタイミング。
 どうやら両手いっぱいの荷物は怪しい認定されてしまったようで、正直、葉っぱレディなんてアホなことしてきた自覚はあるしで、へにゃっと口元を歪めた。

 それがいけなかったようだ。
 一歩、ユーグは近づくと逃さないぞとわずかに腰をかがめて視線を合わせてきた。

 この青年にしては近い距離。
 そうはいっても、腕を伸ばせば触れられるくらいの距離であるが二人きり、いつもと違うというだけで悪いことをしている気分になった。

「返事を聞いているのですが」
「……そうする必要性はないかと」

 たかだかそこらの子女の散歩に、シモンの側近であるユーグを付き合わせるなんて滅相もありませんと視線で訴えてみるが、一度瞬きして見据えられるだけであっけなく却下される。

「いえ。エリザベス嬢のその不思議な行動をそろそろどうにかしないと、殿下たちにまで迷惑をかけてしまいます。エリザベス嬢自身が、あなたの姉であるマリア嬢とは違った方向で信者を集めつつあるのに自覚はないのでしょうか?」

 ああ、いろいろ思い当たるところがありすぎて困る。それに、違った方向っていうのは褒め言葉ではないことはわかる。
 さっきのソフィアの眼差しを思い出し、少し不安にもなって眉尻を下げた。

「ご自覚があるようで」
「……少しだけ」
「少し、ねぇ。学年も上がり良い機会です。是非とも、私にその少しを見せていただきましょう。言っておきますが拒否権はありませんからね」
「………………はい」

 ユーグには、足を出して木に登ろうとしていたところや、面倒くさくて二階の窓から紐をたらし飛び降りたところなど、貴族子女にあるまじき危うい行動ばかりを見られておりいぶかしがられているのだ。

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