詰みたくないので奮闘します~ひっそりしたいのに周囲が放っておいてくれません~

橋本彩里(Ayari)

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第二部 第二章 学園七不思議

わかりやすくお願いします②

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「ちっ」

 舌打ちされ、私は眉根を寄せる。

 ──ちょっ、何なの?

 うっわぁ、ガラ悪い。機嫌が悪い。それでも品の良さを感じさせるもので、気分が悪くなるほどのことではないが居心地はよくない。
 いったい何なんだとそのまま視線を向けていると、サミュエルは足を組みはあっと息をつくと、足に肘を乗せ私を覗き込んできた。

「なあ、俺に何か話すことはないか?」
「話すこと?」
「ああ」

 探るようでいてどこか甘えも含む声音に、全く何も思い浮かばずキョトンと見返す。
 すると、サミュエルはまた深々と溜め息をついて黙り込んでしまった。

 うーん、話すことと言われても思いつかない。
 日常的に会話をしているし、改まってするようなことは特にないはずだ。
 いつもはわかりやすいのに何か考え込んでいるような相手の思考なんて読めるはずもなく、どうしようかと眺め困っていると、体格のいい美形集団がぞろぞろと私たちのところにやってきた。

「サミュエル殿下。エリザベス嬢。お先に失礼しま~す!」
「しまーす!」
「こら、その態度」

 てしっと友人に頭をはたかれた青年が、慌ててピシッと敬礼する。

「あっ、すみません。失礼します」
「ありがとうございました!」
「エリザベス嬢、また見に来てくださいね」
「うすっ!」
「サミュエル様、次は俺と手合わせお願いします」
「暗くなる前に帰ってくださいね」

 ぞくぞくと片付けが終わった青年たちが、口々に挨拶とともに帰宅していく。
 サミュエルを王子として敬いながらも、親しみを込めた空気も感じ取れ関係性は良好そうだ。

 それに合わせて、サミュエルは軽く顎を引いたり、手を挙げたりしている。
 その横で、エリザベスは微笑み会釈を繰り返した。さすがに全員に一つひとつ返すのは無理だ。

 それもわかってるのか挨拶を終えた彼らはさっさと自分たちの会話に戻り、「今日は三皿お代わりする」「俺は五皿」「甘いな、俺は十皿だ」とどうでもいいことを競っていた。
 とにかく、腹ペコだということがわかる会話だ。なんだか和む。
 くすりと笑みを浮かべて、横にいるサミュエルに聞いてみる。

「十皿はさすがに無理ですよね?」
「あいつらなら食べる」
「……冗談ですよね?」
「じゃないぞ」
「………っうそっ!? 人類の神秘」
「なんだそれ」

 こちらは軽い冗談のつもりであったのに、サミュエルは疑問も持っていないらしい。
 大量の食料が胃袋にしまわれ消えゆくことになんの不思議も感じないなんて。

 自分より大きいといってもスラリとした体躯に、何を食べるかにもよるが十皿もの食事が消えるなんて信じられない。思わずまじまじと彼らの背中を見送る。
 横にも縦にも丸くない。体に穴も空いてない。うん。普通の青年。

「はあ~、まだまだ知らないことってたくさんありますね」

 私がしみじみと告げると、サミュエルは真面目な表情のままかすかに眉を上げた。

「別に他人の胃袋事情を知っていても知らなくても何も問題ないだろう?」
「そうですけど、これって軽くカルチャーショックです」
「全員がそういうわけではないから、カルチャーではないだろう」
「それはわかってるんですけど、でも十杯は…、うえっぷ、考えただけで胃から首元まで何かが這い上がってきそうです」

 どうやって消化するのだろう。
 想像だけで胸焼けする。

「ふっ、なら考えなければいい」
「まあ、そうなんですけど。……あっ!」
「どうした?」

 急に大声を上げた私を訝しむサミュエルを放っておいて、私はおーいと手を振った。

「あっ、あの、ハンカチの人!」
「おい」

 視線の先には、現在私のお尻に敷かれたハンカチを貸してくれた人がいて慌てて呼び止める。
 立ち上ろうとした際ひらりとスカートがはだけそうになって、サミュエルに落ち着けとばかりにぽんっと肩を叩かれた。

「すみません。会話の途中ですが少しだけ待ってください。ハンカチのお礼を先にしておかないと」
「…………わかった」

 説明にしぶしぶ頷き手をしまったサミュエルを眺め、私はもう一度前方に視線をやった。
 名前がわからずハンカチの人って呼んでしまったが相手は気づいてくれたようで、ああと口を開くとこちらにやってくる。

 ──わぁお、やっぱり大きい。百九十センチはあるのではないだろうか。

 初めて会った時も思ったが、身長も高く周囲よりもさらにがっしりとした体躯の相手は大きくて、目の前に来られると反射的におしりがずり下がる。
 だがすぐさま、礼をしたくて私が呼び止めたのだと姿勢を正し相手を見上げた。

「引き止めてしまってすみません。ハンカチをありがとうございました」

 立ち上がりハンカチを取ろうとすると、相手は手を挙げ静止する。

「いえいえ。まだ、サミュエル殿下とお話があるのでしょう? そのままお使いください」
「でも……」
「そのままもらっていただいてもいいのですが扱いに困ると思いますので、後日か、そのまま殿下に返却くだされば」

 そこまで言われてしまえば、固辞するのも悪いと私は小さく会釈をした。

「心遣い感謝致します。えっと」
「ああ、失礼いたしました。私はマーク・ヒューズです。二級上でお姉さんのマリア嬢と一緒のクラスです」
「マリア姉様と?」
「はい。彼女とはたまに話すくらいですが顔見知りですよ」

 高身長にしっかりした骨格、短髪に眉も目もキリッとしていて美丈夫で迫力のあるヒューズ先輩は、そこでにこっと笑みを浮かべる。

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