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雄牛獣人護衛(3)

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「仲間はいましたが、諸事情により今は単独行動です」
 何も深く聞かせてやることもない。
 僕は答えをはぐらかそうと試みた。
「アレか。見捨てられちまったのか」
「なっ!?」
「オマエなんか偉そうだもんな」
「ぐ……言わせておけば……逆ですよ、逆っ!」
 雑草が頭を出しかけている小径の上に転がる小枝を、僕の足が意図せず踏みつける。
 自分でも分からないほど足に力が入っていたのか、バキリと枝の折れる乾いた音が辺りに響いた。
「ギャク?」
「そうです。僕がパーティーを追われたわけではありません。僕達が、エーリクを追い出した、形になります……」
 無能の烙印を押され激昂しかかった僕の頭が急速に冷えてゆく。
 そうだ。僕は無能だ。
 アークブルグ王国魔道院を首席で卒業しておきながら、仲間の一人も治してやることができないのだ。
 鼻から入ったはずの新鮮な空気が、毒霧を吐く沼地ナマズのように淀んだ溜め息となって僕の口から盛大に漏れ出す。
「怒ったり落ち込んだり、忙しい奴だなあ」
 ずっと抑え込もうとしていた生来の気性の激しさを雄牛に指摘されるのは、僕にとっては恥辱のなにものでもなかった。

「ふうん。触ったモンを錆び屑にすんのかあ」
「ええ。それも時折。僕はすぐ彼の呪いを解いてやることができませんでした。この解呪法に辿り着いたのもつい最近のことなのです。その間に、エーリクは僕達に迷惑がかかるから、と冒険者街で治療師を探すためにパーティーから抜けていって。僕らは手元にあった金銭を渡すことくらいしかできませんでした」
 肩を落として歩く僕の歩調に合わせ、雄牛はゆったりと後ろを付いてくる。
 気づけば高い木々の隙間から見える空は厚ぼったい雲に覆われており、陰鬱な霧が木の幹の輪郭を曖昧にしていた。
「じゃあ残った奴らは何でいねえんだ?」
「エーリクが居ないと、僕らのパーティーは真価を発揮できません。僕らは彼の後ろにいることで安心して呪文詠唱や狙撃が出来たのです」
 腕の立つ前衛を失ったことで空いた穴の大きさは、僕らが考えている以上のものだった。
「じゃ、新しい奴雇えばいいだろ?」
「それが出来たらそうしています。人の噂というのは恐ろしいもので、冒険者ギルド内にはすぐに僕らが呪われたエーリクを追い出したという噂が流れました。解呪も出来ない、仲間を見捨てる、そんなパーティーに誰が入りたいと思いますか?」
「でもよお、オマエらは納得ずくだったんだろ?」
「ええ」
「ヘンだなあ」
「それが噂というものです。それに、僕がエーリクを救えなかったのは事実ですから、結果的に彼を追い出したと言われても反論の余地はありません」
 話ながら歩いていくと、さらに霧が濃くなった。
 腕を伸ばせば指先が霞むほど、重苦しい密度の霧が森を包んでいる。
「ローザは別の冒険者街に旅立ち、アディは行商人に戻りました」
「で、オマエひとりなのか」
「そうです」
「ますますニンゲンってヘンだな。オマエもどっかにいけばよかったのに」
「そうはいきません。僕には責任があります」
「セキニン?」
「呪詛の狂神の館に挑むとき、僕は皆に言ってしまったのです。対策済みであると」
 そうだ。
 僕は一般的な呪いなら寄せ付けない護りの呪文を知っていた。
 それで通用すると思っていたのだ。
「きっとエーリクを治せる人間は冒険者街で見つからないでしょう。僕がやらねば」
 エーリクは冒険者街を隅から隅まで回るだろうから、すぐには街を出ていかないはずだ。
 術式は完成していると言っていい。
 足りないものは、材料だけなのだ。だから、この魔物を呼んだ。
「呪いに負ける弱っちいのなんか、ほっときゃいいのに」
「なっ、何を言うのです!?」
 あまりにも無慈悲な魔物の言葉に、僕は思わず足を止めて振り返った。
 雄牛は本当に不思議そうな顔をして、僕を見下ろしてくる。
 何をそんなに驚くと言いたげな瞳が僕には不気味に思えた。
「だってよお、どうしようもねえのはどうしようもねえだろ。オレらもそうだぞ。たまに岩が崩れたりして、身体が半分潰れっちまうとかあるけど、治せねえからほっとけって。あ、治す魔術より作る魔術のほうが安上がりなんだと。オレがまた増えるから、ややこしくなんだよなあ」
「……悪魔め」
 ダンジョンを造らせている上位魔族は腸まで腐りきっているようだ。
 思えば人間が生き死にをかけて迷宮を彷徨う様を見て楽しむ連中の性根が真っすぐとは思っていなかったが、ここまでとは。
「丁度いい。君に教えてあげます。小隊パーティとは、仲間同士の信頼関係あってこそ成り立つのです。互いが互いを支えあい、得手不得手を補完しながら一丸となって先に進むのです。仲間が窮地にあるときは、救いの手を差し伸べる。それが冒険者の鉄則です」
「へえ。ならよう、もしオレが危なくなったら、オマエ、逃げずにオレのこと助けるのか?」
 ずい、と雄牛は背を丸めて僕の顔に鼻先を近づけてきた。
 勿論この僕がその程度で怯むはずがない。
「勿論。いかに君が僕に隷属する魔物であっても、見捨てて逃げるなどいたしません。それに、君に死なれては僕が困りますから」
 何度も言うようだが、前衛なしでは戦えない。人並外れた彼の盾があってこその挑戦だ。
 僕がいたって真面目に返答すると、何故か雄牛は僕から数歩後ろに下がって首筋をむず痒そうに搔き始めた。
「お……その、もしかしてオマエ、オレに一目惚──」
 雄牛が何かを言いかけたとき、僕達の間に冷ややかな空気と、ヒヒッという甲高い嘲笑が割って入ってきた。
 それは小動物の鳴き声のようでもあるが、明らかに悪意と嘲りに満ちた耳に障る音だった。
 その声が僕の耳に届いた瞬間、一気に肌が粟立ち、全身の毛が逆立つ。
 死霊ゴースト
 僕がそう口にしようとするより前に、雄牛の右腕が目の前の虚空を殴りつけた。
 セスタスに覆われた獣の拳が眼にも止まらぬ速さで、そこに在るはずもないものを殴りつける。
 バキボキッ、と硬い物が一斉に砕け散る音がしたかと思うと、一瞬僕の目の前にぼろきれを纏った骸骨がうっすらと浮かび上がった。
 一瞬にして頬骨を砕かれた死霊は、ギャァ、という締め上げられた雄鶏のような断末魔を残し、草の上に崩れ落ちる。
「オレのこと笑ったな?」
 雄牛は低い声でそう呟くと、片足を上げて死霊の頭部を踏みつけた。
 骨の砕ける鈍く硬い音が響き、顎の骨さえすり潰された骸骨は喋ることさえ許されず、青い炎となって散ってゆく。
 僕達の間に残されたのは、焦げ跡のついた草と、その上に佇む乳白色の欠片だけだった。
「おおー、オマエ本物だな。本当に死霊をぶん殴れた」
 呆気に取られている僕に、雄牛は右腕のセスタスを掲げて嬉しそうにしている。
 出発前、確かにぼくが魔力を込めて巻いてやったシロモノだが、まさか一撃とは……。
 雄牛は巨体を屈めて地面の上にある、鈍く輝く石を手に取った。
「これか。オマエの欲しいモン」
 雄牛はつるりとした石を僕の手に握らせてくる。
「え、あ、ああ。ありが、とう。助かった……」
「へへ。ツイてるな。館に入る前に一個取れた。で、あと何匹殴ればいいんだ?」
「さ、三十くらいですかね」
「へえ。そんだけか。ならさっさと行こうぜ」
 雄牛が僕の頭上の向こうに眼差しを向ける。
 振り返ってみると、霧の中にぼんやりと目的の館が影となって浮かび上がっていた。

 つづく
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