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雄牛獣人護衛(4)

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 僕と雄牛はようやく目当ての建物に辿り着いたようだ。
 思えば身体に纏わりつくような濃霧に包まれた時点で、僕らは既に迷宮領域ダンジョンエリアへ足を踏み入れていたのかもしれない。
 白い窓枠に赤茶けた煉瓦造りの巨大な館が、威圧的に僕らを見下ろしている。
 霧のお陰で館の端は隠され、どの程度の広さを持った空間なのか外からは判別できないようになっていた。
 だが、どのみち魔物が建てたものだ。中に入れば現実の理など意味を成さない。
 黒く塗られた大扉からは石の階段が伸びており、まるで僕らを平らげる魔物の舌のようにも見えた。
 この中に、死霊がひしめいている。
 そう考えると背筋が寒くなり、思わず両腕を擦りたくなる衝動に駆られた。
「怖いのか」
「うわぁっ!?」
 雄牛が断りもなく僕の背を撫でてきた。
 厚ぼったいローブ越しに力強い感覚が背骨あたりをなぞってくる。
 僕の足が地面から僅かばかり浮いたが、これは僕が小心者というわけではなく、死角から予告なく触れられたためだと言っておきたい。
「早く行くぞ。オレ、ここ好きじゃねえ」
「ぼ、僕もですよ。あと僕に何かするときは一言──」
 僕が彼に礼儀を教えてあげようとしたが、その前に雄牛は玄関の扉を筋肉質な足で蹴飛ばしていた。
 金属が打ち砕け、床に落ちる鈍い音がする。
 彼は一切の呪文を詠唱することなく、魔術錠を外から破ってみせた。
 ……まあ、役立つのでノックの仕方を教えるのは後にしてあげよう。

 ✡

「これで二十九。案外楽だな」
「そうですね」
 館の一階を何週しただろう。
 薄暗く、所々破損し、家具のいたるところに蜘蛛の巣が張った廃墟をひたすら歩き続けて二時間ほどが経った。
 その間襲い掛かってくる死霊を雄牛が殴り倒し、その他の思念体ではない獣じみた魔物や操られた腐乱死体は僕が魔術で焼き上げた。
 雄牛が前にいるだけで魔物達は混乱し、狐や野良犬に似た魔物は筋骨隆々の雄牛に恐れをなして逃げ出していくことが多かった。
 館で一番生き生きしていたのは、死んでいるはずの死霊達だった。
 本来ならば、館の地下か上階に進み、上位魔族が褒美として用意した宝を取得するのが冒険者パーティーの目的だ。
 だが僕らは違う。そんなものに興味はない。
 侵入者を排除するために遣わされた者達に用がある。
 僕らはわざと高そうな金縁の絵画を焦がしたり、これ見よがしに置かれている甲冑をへこませてみたり、カーテンというカーテンを引きちぎってみたり、とにかくやってはいけないことを繰り返し、死霊達を挑発しておびき寄せては返り討ちにしていた。
 これではどちらが悪魔か分からないが、これまで多くの人間を葬ってきた彼らに比べれば僕らなど可愛いものだろう。
 そして一向に一階から移動しない僕らにさすがの死霊もおかしいと思ったのか、中々姿を見せなくなっていた。
 だが、階段を上り下りする気にもなれない。
 いくら雄牛が屈強な魔物でも、体力には限界があるだろう。
 二人だけで先に進むのは命取りだ。
 一階でたむろする低級霊を狩ることが、一番安全で効率がよかった。
「オマエ、見た目よりやるな。コレすごく気に入ったぞ。あいつら殴り殺せる日がくるなんてなあ」
「どういうことですか」
 雄牛の話によると、どうも建設中のダンジョンには上階で死んだ人間の霊や殺された魔物の霊が入り込み、恨み言をぶつけてきたり道具に悪戯をしたりと迷惑行為を働いていたのだという。
「でも、もう出て来ねえなあ。もっと殴りてえんだが」
「そうですね……いいことを思いつきました。耳を貸してください」
 雄牛は背を屈め、素直に平べったい耳を向けて来た。
 そして僕は思いついた言葉を雄牛に吹き込んでやることにした。

「あーコレで終わりかー大した事ねえなあー日ごろのウラミを晴らしにきたけどなーつまんねーなー」
 何という芝居の下手さだ。
 恐ろしい程の棒読みが館中に響き渡る。
 先ほどまでは調度品を壊して挑発していたのだが、それが効かなくなったので、僕らはやり方を変えることにした。
 悪口である。
 そんなことで出てくるのかと疑問に思う者も多いだろう。
 だが、どんな種族どんな魔物にも禁句というものがある。
 僕はそれを彼に言わせることにしたのだ。
「お前ら死んでも・・・・使えねえ。生きてるときからそうなんだろうな」
 玄関ホールに佇む魔物が、虚空に向かって侮蔑的な言葉を吐く。
 随分と熱の籠った言葉だったが、きっと作業中に邪魔された経験がそうさせるのだろう。
 雄牛の足がその辺に転がっていた甲冑の兜を蹴りあげるのと同時に、彼の背後から首に長剣が刺さった半透明の騎士が、恐ろしい形相で手にした剣を雄牛の脳天へ振り下ろす。
 だが、雄牛は振り返ることなく、左手を突き上げて死霊騎士の顎を粉砕した。
「そんなんだから死ぬんだ、オマエ」
 のけ反った騎士が青い炎となって消え、その代わりに小さな石が床へと転がる。
 三十個目。
 雄牛がのっそりとした動きで魂の欠片を拾い上げ、腰に提げた革袋へとそれを仕舞った。
「出るか」
「ええ」
 僕らはとても満ち足りた気分で、雄牛によって半壊した扉に手をかけ、陰鬱なダンジョンから脱しようとした。
 だが、どうも僕らはやり過ぎたらしい。
 僕が雄牛に続いて外に出ようとしたその瞬間、突然脳天を水流が打ち据えた。
 その液体がばしゃっ、と派手な水音をさせ、僕のローブから床までを真っ赤に染め上げる。
 僕が咄嗟に上を向こうとした瞬間、雄牛が僕の右腕を掴んで勢いよく引っ張ってきた。
 よろけて足のもつれた僕が石畳に膝を付くのと同時に、背後で木桶が床に叩き付けられる音が響いた。

「何の血ですかコレはっ!?」
「さあなー。ニンゲンのっぽいな。オレもけっこうかかった」
 錆び臭さと生臭さが交じり合った匂いが僕と雄牛の身体に染みついてしまった。
「あぁ……この魔道ローブ……高いのに……」
「身体洗いてえな」
 玄関先で蹲る僕をよそに、雄牛は腰巻についた血液を素手で拭っている。
 最後の最後、死霊達の凶悪な嫌がらせは今日一番のダメージを僕らに与えて来たのだ。
「なあなあ、どっかねえのか、水場」
 雄牛が僕の腕をとって無理矢理立たせてくる。
「……少し歩けば、泉がありますが」
「ならとっとと行こうぜ」
「どうも化物が住んでると噂がありまして」
「へえ。そいつ強いのか?」
「知りません。あくまで噂ですから」
「じゃあ行くか」
 噂など死霊より不確かな存在だ。
 そう言いたげな雄牛は最高級ローブが謎の血で汚れて意気消沈している僕の腰を引き寄せ、脱力した僕の身体をずるずると引き摺って歩き始めた。

つづく
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