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1章
26 おじさん?
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振り向いた人は精悍な顔立ちをした、獣人の青年だ。こちらを見つめているが、見覚えは全くない。
もしかして!と、健介は入口の扉を勢いよく振り向いたが、開け放たれた扉の前には誰もいなかった。
「おじさん」と形容されるのは自分と……、ゾイ?
シュナは絶対に「おじさん」とは呼ばれないだろう。この青年が十歳の少年なら、百歩譲って言われないことも無いかもしれないが、よくて「お兄さん」だろう。
そうなると、自分かゾイ。
ただ、先ほどまでゾイと話していた人物が今更、「会いたかった」などと言うはずもなく、おそらく、たぶん、きっと……、健介に向けて言った言葉なのだろう。
誰だか知らないが。
「あら、ケンちゃん知り合いだったの?」
おっとりとゾイが尋ねてくるが、全く知り合いではない。
「いいえ……」
と困惑の表情で返すと、ゾイも困惑した表情をした。
「ウンシア……だったかしら? ケンとお知り合い?」
ゾイが今度は獣人の青年に対して尋ねる。
「はい!」
ウンシアと呼ばれた青年は満面の笑顔で答えた。
(えぇ……)
健介の困惑は深まるばかりだった。そもそも自分は獣人などいない異世界からきて、来て早々に違法奴隷商人に捕まって、そのあとは救護院で世話になった。
それまでの間にこのような体格の優れた、顔立ちも整った獣人の青年と知り合っただろうか。
いや、ない。
奴隷商の檻の中にはもちろんいなかったし、そこから助け出された時にもし仮にいたとしたら、それは騎士である。ここで掃除をするなどと言いだすような身分ではないのだ。
なら、助け出された後に世話になっていた救護院にいたのか。その時は衰弱していたことと、異世界の衝撃で若干記憶があいまいだが、「会いたかった」と言われるほどの関係を気づいた人はいなかったし、まして獣人なら忘れないだろう。
「ずっと探してたんだ、おじさんを。僕のこと覚えてない?」
耳を伏せて、寂し気に尋ねられるが、ちょっと頑張って記憶を探ってみても、どうにも健介の記憶の中にはこの美形のケモミミ青年はいなかった。
「あの、ごめん、なさい。どこでお会いしましたか?」
申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、もう素直に聞くしかない。そう考えて健介はウンシアに尋ねた。
「奴隷商人の幌馬車で一緒だったし、そのあとの檻の中でも一緒だったよ」
いやいやいや。
さっきも思い返してみたが、子供や女性はいたが、こんな大きな青年はいなかった。そもそも、これだけの体躯だったなら、奴隷商などに捕まるはずがないだろう。
そんな考えが表情にあらわれてたのか、ウンシアは寂しそうな顔で見つめてくる。無垢な琥珀色の瞳が健介の瞳をまっすぐに射抜いた。
(やめてくれ! そんな目でみないでくれ)
罪悪感がひどい。
だが、覚えていないものは覚えていないのだ。
「ご、ごめんなさい」
何が悪いのかわからないのに、すぐ謝ってしまうのも健介の悪い癖だった。問題の先送りにしかならない。
だが、何かに気づいたのか、ウンシアは「あ!」と声を上げて、恥ずかしそうに俯いた。
「僕のほうこそ、ごめんなさい。あの、あったときはもっと小さかったから。それに目の色も薄い青だったし……覚えて、ない? 幌馬車に乗っていた男の子」
今度は健介が「! あっ」と声を上げる番だった。
いた。確かにいた。獣人の少年が。
まだ小さな子供で、ビー玉のような目の色をした、猫耳をした少年が。
いや、それはない。
あの出来事は一年以内の話だ。
あの少年がこの青年になるのなら、あと五年は必要だろう。
そんな疑問が顔に出ていたのか、ウンシアが説明をする。
「獣人は栄養さえ足りていれば、数えで十の歳にはほぼ成体になるんです。でも、僕はちょっと栄養が足りてなくて、発育がよくなくて……。でも、あの時保護されてからは、いい人たちが助けてくれて」
こんなに大きくなりました、ということなのだろう。
それにしても、急激に大きくなりすぎていて、面影が一ミリもない。
透き通ったアンバーゴールドの目をきらきらとさせて、話しかけてくる。その間も美しい白髪の間からぴんと立ち上がった耳が可愛らしく動いていた。
薄暗い馬車の中でも、檻の中でも、あの少年の髪色が何色だったのか、健介は覚えていなかった。
「あ、その。覚えている……ます。大きくなったね」
そういうのが精一杯だった。
たとえ覚えていたとしても、あの少年に健介は「会いたかった」と言われるほどのことをした記憶はなかった。むしろ、話しかけてくれて、パンをくれた少年の好意を自分がいっぱいいっぱいで無視した。大人げない態度を取ったのだ。
なぜ、ウンシアが健介に「会いたかった」などと、ましてや「探していた」なんて、どうして言うのかわからなかった。
もしかして!と、健介は入口の扉を勢いよく振り向いたが、開け放たれた扉の前には誰もいなかった。
「おじさん」と形容されるのは自分と……、ゾイ?
シュナは絶対に「おじさん」とは呼ばれないだろう。この青年が十歳の少年なら、百歩譲って言われないことも無いかもしれないが、よくて「お兄さん」だろう。
そうなると、自分かゾイ。
ただ、先ほどまでゾイと話していた人物が今更、「会いたかった」などと言うはずもなく、おそらく、たぶん、きっと……、健介に向けて言った言葉なのだろう。
誰だか知らないが。
「あら、ケンちゃん知り合いだったの?」
おっとりとゾイが尋ねてくるが、全く知り合いではない。
「いいえ……」
と困惑の表情で返すと、ゾイも困惑した表情をした。
「ウンシア……だったかしら? ケンとお知り合い?」
ゾイが今度は獣人の青年に対して尋ねる。
「はい!」
ウンシアと呼ばれた青年は満面の笑顔で答えた。
(えぇ……)
健介の困惑は深まるばかりだった。そもそも自分は獣人などいない異世界からきて、来て早々に違法奴隷商人に捕まって、そのあとは救護院で世話になった。
それまでの間にこのような体格の優れた、顔立ちも整った獣人の青年と知り合っただろうか。
いや、ない。
奴隷商の檻の中にはもちろんいなかったし、そこから助け出された時にもし仮にいたとしたら、それは騎士である。ここで掃除をするなどと言いだすような身分ではないのだ。
なら、助け出された後に世話になっていた救護院にいたのか。その時は衰弱していたことと、異世界の衝撃で若干記憶があいまいだが、「会いたかった」と言われるほどの関係を気づいた人はいなかったし、まして獣人なら忘れないだろう。
「ずっと探してたんだ、おじさんを。僕のこと覚えてない?」
耳を伏せて、寂し気に尋ねられるが、ちょっと頑張って記憶を探ってみても、どうにも健介の記憶の中にはこの美形のケモミミ青年はいなかった。
「あの、ごめん、なさい。どこでお会いしましたか?」
申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、もう素直に聞くしかない。そう考えて健介はウンシアに尋ねた。
「奴隷商人の幌馬車で一緒だったし、そのあとの檻の中でも一緒だったよ」
いやいやいや。
さっきも思い返してみたが、子供や女性はいたが、こんな大きな青年はいなかった。そもそも、これだけの体躯だったなら、奴隷商などに捕まるはずがないだろう。
そんな考えが表情にあらわれてたのか、ウンシアは寂しそうな顔で見つめてくる。無垢な琥珀色の瞳が健介の瞳をまっすぐに射抜いた。
(やめてくれ! そんな目でみないでくれ)
罪悪感がひどい。
だが、覚えていないものは覚えていないのだ。
「ご、ごめんなさい」
何が悪いのかわからないのに、すぐ謝ってしまうのも健介の悪い癖だった。問題の先送りにしかならない。
だが、何かに気づいたのか、ウンシアは「あ!」と声を上げて、恥ずかしそうに俯いた。
「僕のほうこそ、ごめんなさい。あの、あったときはもっと小さかったから。それに目の色も薄い青だったし……覚えて、ない? 幌馬車に乗っていた男の子」
今度は健介が「! あっ」と声を上げる番だった。
いた。確かにいた。獣人の少年が。
まだ小さな子供で、ビー玉のような目の色をした、猫耳をした少年が。
いや、それはない。
あの出来事は一年以内の話だ。
あの少年がこの青年になるのなら、あと五年は必要だろう。
そんな疑問が顔に出ていたのか、ウンシアが説明をする。
「獣人は栄養さえ足りていれば、数えで十の歳にはほぼ成体になるんです。でも、僕はちょっと栄養が足りてなくて、発育がよくなくて……。でも、あの時保護されてからは、いい人たちが助けてくれて」
こんなに大きくなりました、ということなのだろう。
それにしても、急激に大きくなりすぎていて、面影が一ミリもない。
透き通ったアンバーゴールドの目をきらきらとさせて、話しかけてくる。その間も美しい白髪の間からぴんと立ち上がった耳が可愛らしく動いていた。
薄暗い馬車の中でも、檻の中でも、あの少年の髪色が何色だったのか、健介は覚えていなかった。
「あ、その。覚えている……ます。大きくなったね」
そういうのが精一杯だった。
たとえ覚えていたとしても、あの少年に健介は「会いたかった」と言われるほどのことをした記憶はなかった。むしろ、話しかけてくれて、パンをくれた少年の好意を自分がいっぱいいっぱいで無視した。大人げない態度を取ったのだ。
なぜ、ウンシアが健介に「会いたかった」などと、ましてや「探していた」なんて、どうして言うのかわからなかった。
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