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第二章 影の魔物
20. 閑話休題
しおりを挟む「影形とシリルに、何か関わりが?」
カイルがもっともな疑問を口にする。
問われたジオルグは、静かな目で円卓の面々を見渡す。
最後にエドアルドと目を合わせたが、おそらく当の俺以上に事情を知っているはずの王太子は、澄ました顔で紅茶を飲んでいる。どうやらまだ口を挟む気はないようだ。
「……影形は、古くから月精を守るとされる魔物だ」
「え?」
ジオルグの発言に、俺は小さく声を上げる。
「シリルの額に、月精の徴が現れたのはつい昨日のことだ。影形も早晩、君の近くに姿を現すかもしれないと思っていたが、想像していたよりもずいぶん小さくて弱いので驚いた」
「待ってください、じゃあこの子は魔物なんですか?」
俺が自分の肩の上を指さすと、その仕草に驚いたのか、『シリル(?)』もとい、魔獣もどきの毛玉はびくりと身を震わせた。
魔物は、それ自体が強大な力を持つ存在だ。確かに魔獣にも強いものはいるが、知能の高さという点では及びもつかない。
反対に獣型をとっている魔物もいるので、やはり区別するには姿形ではなく、個々の魔力生成量で判断することになる。
シリルの血統には元々、影形という異能の存在の血が混ざっているため、俺の体から弾き出されたというこの毛玉にも影形の能力があるという理屈はまあ……、わかる。
ただ、実際のこの毛玉のような小さな存在ははたして魔物と呼べるような代物なのか、それとも姿通りの魔獣の扱いでいいのだろうか?
「……いや、魔力量からしても、それは魔物じゃない」
神妙な面持ちで毛玉を見つめながら答えたのは、カイルだ。
「もしそうなら、とっくに結界石の防御魔法が発動している筈で……いや、待てよ。まさか、そのことを見越したうえでのその愛らしい姿なのか? いやでもやっぱり魔力量が……」
眼鏡の奥の紫眼がすっと細められる。涼し気に整った顔立ちをしているせいで、表情を消すと妙な迫力がある。
フン、とジスティが鼻を鳴らして言った。
「さっきまでそいつを見て蕩けてたのに、えらい変わりようだな」
「……可能性を論じただけだ」
「それでも、やっぱり愛らしいと」
「うるさいな」
「ユーディ副団長」
「は、はい」
ジスティを睨みつけていたカイルは、ジオルグに呼ばれて背を正す。
「月精について、何か知っていることは?」
「……月精、ですか」
少し眉を寄せてから、ごく一般的な範囲でならと前置きしてカイルは話し出す。
「先程、閣下が月精と仰ったときに思い出しました。古い月の女神ですね。創世の女神レンドラよりもずっとずっと昔から、精霊種の間で崇拝されていたという」
「そうなのか?」
聞いたことがないな、とジスティが首を傾げると、カイルは眼鏡を押しながらああ、と頷く。
「存在自体が、秘匿されているからな。俺も古い伝承として聞いた事がある程度で、女神について書かれた文献などは、今ではほとんど残されていないようだ」
「それは何故ですか?」
やはり、この世界でも月精を知る者は少ないようだ。俺が訊ねると、カイルはかぶりを振った。
「悪いがそこまではわからない。おそらく人間の魔法史家でも、アーマの賢心院に属する者たちしか知り得ない事だろう。だがさっき、閣下が君の額に月精の徴が現れたと言われた。……それが、我々も知るべきだという君の事情かな?」
「……はい」
あの十年前の草原での出来事は、俺にとっては昨日起こった事のように鮮やかな記憶だ。だが、それ以前のことはほとんど何も知らない。
ジオルグが何故あの夜、あのタイミングで助けに来てくれたのか。何故、月精であるとされる子供が、あの集落に棲むシリルだとわかっていたのか。
さっき聞いた月精と影形の関係も気になる。
「お、ここでようやく本題か」
スクランブルエッグを掬うフォークを止めて、ジスティが俺を見る。
ちなみにそれは、毛玉に心を奪われて胸がいっぱいになってしまったらしいカイルの分の朝食だ。ジスティの前にあった皿は、とっくに全部下げられている。
「そうだな。とりあえず、月精と影形の話は一旦置いておくとして」
エドアルドが、理知的な表情でジオルグを見つめ、厳かな声で言った。
「では、そろそろ話して頂きましょうか。シリルもまだ知らない、月精と呼ばれる存在について」
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