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18.月明かりの浜

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 波が砂浜に打ち寄せる音が聞こえる。
 そうだ。ウィリアムと一緒に海に飛び込み、ひたすら泳いだのだ。

 海水に濡れた重い体を白い砂の上に持ち上げると、すぐ後ろにウィリアムがうつ伏せに倒れていた。
 肩には折れた矢が、刺さったままだ。

 まったく動かないウィリアムの頬に、恐る恐る触れる。
 柔らかい肌には、まだわずかに体温があった。

「ウィリアム……」
 どうすれば良いのか分からず、頭が混乱する。
 周りを見渡せば、月明かりを反射する海と背後に茂る木々だけで、人の気配はない。

 よろよろと立ち上がり、足が海に浸かっているウィリアムの重たい体を砂浜に引き上げる。
 辺りを歩き回ったが、草の上で休ませるしかなさそうだ。

 ウィリアムの体を砂浜に引きずらせ、草むらまで運ぶ。
 海水で濡れた服を脱がせようとしたが、肩に刺さっている矢が邪魔をする。

 ウィリアムが右腰につけていたダガーで、矢を短く折る。
 足に刺さっている矢も折り、砂混じりの海水をたっぷりと含んだ服を完全に脱がすと、ウィリアムの身体中の傷が月明かりの下にさらされた。
 酷い……
 深い刀傷はまだ乾いておらず、血が滲み出ている。
 
 心に苦しいものが込み上げてくる。
 こんな私に忠誠など……
 お前は逃げられただろうに……

 夜風が吹き、海水に濡れた体に寒気が走った。
 ウィリアムを温めなければ……

 海水でずぶ濡れの服を脱ぎ、ウィリアムの服と共に、木の枝にかけておく。
 ウィリアムの横に体を付け、腕と脚でウィリアムを包み込むと、ウィリアムの鼓動が腕に伝わってくる。

 ……神よ。どうか、どうかウィリアムを救いたまえ……

 私は打ち寄せる波の音を聞きながら、ウィリアムの鼓動が消えぬようにと、その体をさすりながら夜を明かした。

   ※

 鳥の声に目を覚ますと、あたりは朝の白い光に包まれていた。
 いつの間にか寝てしまっていたようだ。

 抱きしめているウィリアムの胸が、呼吸でわずかに上下している。
 体を起こし、ウィリアムの様子を見ると、昨日の黒い瘴気はなくなっているが、土気色の肌に紫の血管が網の目のように浮き出ている。

 陽の元で見る傷も酷い。
 やじりは刺さったままであるし、剣による傷も砂混じりに汚れ、開いたままだ。

 水……水を探してこなければ……

 昨夜干した半乾きのスラックスを着込み、ウィリアムのダガーを手に砂浜を囲む森に入っていく。
 ここは沖合の島のようだ。島の大きさ的に、人は住んでいなそうだ。

 浜から十五分程進むと、海に流れ込む小さな川があった。
 その川の上流へ向かうと、岩肌から水が滲み出ている所を見つけた。

 手にすくって水を飲み、乾ききった喉を潤す。
 早くウィリアムに水を届けなければ……

 周りを見渡すと、子供の頭ほどの大きな実がなっている木を見つけた。
 あれをくりぬけば、容器にできるかもしれない。

 高さ三メートル程か。木に登るなどしたことはないが、他にこれといった水を入れられるものが見つからないのだから致し方ない。
 気をつけながら一番下の枝に手をかけ、そこまで登ろうとするが、靴が滑った。
 裸足になり、木肌を踏み締めながら登って行く。

 実のなるところまで登ると、流石に高さが怖くなる。
 万が一手を滑らせたら、ウィリアムのところに戻れない。

 慎重にダガーで実を切り離し、茂った草むらに投げ落とす。
 近くの枝に移り、三つ実を落としたところで木を降りることにした。
 ズルリと足が滑りヒヤリとしたが、なんとか木を降りることができた。

 ダガーで硬い実をくり抜くと、中は柔らかな白い果肉が詰まっていた。
 少し食べてみると、まぁ美味くはないが、食べれなくもない。
 二つの実の中身は食べれるだけ食べ、くり抜いたところに水を汲む。

 急ぎウィリアムのところに戻ると、ウィリアムが横になったままこちらに目線を向けた。
「ウィリアム……」
 水の入った実を砂に立て、その頬に触れる。
 ウィリアムの目から昨日の狂気は消え、いつもの優しい漆黒の瞳がこちらを見上げている。
「……殿下……ご無事で……」
 ウィリアムがわずかに微笑んだ。

「ウィリアム、すまない……逃げよと言ったのに……」
 私は自分のズボンをギュッと握りしめた。
「そんなこと、できるわけがありません」
 ウィリアムがカサついた唇で少し笑う。

 ウィリアムは逃げよと言っても、助けに来いと言ってもどちらにせよ来てしまったのかもしれない。
 狂戦士という、敵陣を突破できてしまう力を持っていたのも災いした。
 
 なぜ、今ザゴラが攻めて来てしまったのだろうか。
 なぜ、この戦いの前に私なんかに出会ってしまったのだろうか。
 こんな力など一生封印して使わずに済んだのなら……

「――水を探してきた」
 水を入れた実を一つ手に取り、ウィリアムの半身を抱え起こす。
 ウィリアムの体は重く、熱を持っている。傷が膿んできているのかもしれない。

 口に少しづつ水を注ぎ込むが、実が大きすぎてウィリアムの口の横から溢れてしまう。
 自分の口に水を含み、ウィリアムに口付けて飲ませると、ゴクリと上手く飲んでくれた。
 何回にも分けた最後の一杯を流し込み、ウィリアムの湿った唇を愛おしくむ。

 舌を口内にわすと、ウィリアムの熱い舌が弱々しく私の舌に絡んできた。

 ウィリアムのせいを感じたくて、口付けを止めることができない。
 ウィリアムを横たわらせてあげなければ……
 ウィリアムの体はボロボロだ……こんなことをしている場合では……

 分かってはいるが、込み上げる感情がそれをはばむ。
 首の角度を変えてより深く舌を絡ませると、ウィリアムの舌が私の舌奥をなぞり、恍惚とした快楽に全身が震えた。

 ――好きだ……
 ――あぁ、私はウィリアムのことを愛してしまっている……

 ――すまない……
 ――ウィリアム、お前のことが好きだ……

 ゆっくりと唇を離し、ウィリアムに目を向けると、優しい瞳がこちらを見ていた。
 
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