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新たな戦い 15
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翌朝、朝食を済ませた後、天気を見て、本日も男装のサヤは、干し笊を外に出した。
笊に並べられたものは昨日同様、窓辺に並べられ、乾燥させることとなったようだ。
干し野菜の大移動を終えたら、今度はお菓子作りをするとのこと。
「買い物に行ってきます!」
気合いを入れて出かけたのだが……さして時間の経たないうちに、何故かふらついて帰ってきた……。
「ど、どうした⁉︎」
「なんでもありません……お菓子作り、してきます……」
なんでもなくない時のサヤだ……。
だけど完璧に話題を拒否する雰囲気で、口をはさめず見送るしかない。
しかし、午後にはまたエルランドが訪ねて来るわけで、午前中のうちに雑務は終わらせなければならない。とにかくまずは、それを済ませることにする。
時間が空けば、サヤの気持ちも少し落ち着くかもしれないと思ったのもあった。
とはいえ、やはり気になるのは仕方がない。
ルーシーに確認してきてもらうも、サヤは今、買ってきた扁桃(アーモンド)をひたすら刻んでいるという。
「親の仇みたいに、粉微塵なのに、まだ刻んでましたよ?」
「……怒っていたの?」
「そういう感じではなかったですけど……それとなく聞いても答えてくれませんでした……。なんでもないですっ! ておっしゃるだけで」
ルーシーのそれとなくって、きっとあからさまに聞いたんだな……。
「分かった、ありがとう。後で確認してみるよ」
なんだろう……心配だ。
でも、震えていたわけではないし、顔色が悪かった風でもなかったと思う。
とにかく早く仕事を切り上げようと、集中して作業を進めた。
昼手前まで掛かり、仕事を終え、いざサヤのところへと思っていたのだが、なにやら下が騒がしい……。どうしたんだろうかと思いつつ、調理場を目指そうと階下に向かったのだが、途中でなにやら小さな影が飛びついてきて、行く手を阻まれてしまった。
「……どこの子?」
「あぁ、レイ様、申し訳ありません。迷い子のようで……逃げ足が速くて難儀しておりました」
使用人の一人がそう言って小走りにやってくる。廊下の向こうのほうで「いたぞー」と叫ぶ、別の使用人の声もする。
俺は、俺の腹に抱きついているその子供に手を回して、少々持ち上げた。
「こんにちは。はぐれてしまったのかい?」
「ちがうよ。カーチャさがしてるのっ」
サヤの瞳のような、鳶色の髪をした幼な子だった。黄緑色のどんぐりみたいなまん丸な目が愛らしい。肩口くらいまでの髪を、二つに束ねていて、服装は短衣一枚に、腰帯がわりの飾り紐が巻かれている。少々大きなものを無理やり着せている様子だ。裾が長いためか、袴は履いていない。足は裸足だ。
そして思いの外元気で明瞭な言葉。カーチャ……って、人の名前だよな?
首を傾げた俺の首元に、何故か抱きついてきた。
「カーチャのにおいする。でもちがう……」
ふんふんと鼻息が聞こえる……。首元がくすぐったい。
「俺はレイシールだよ。カーチャじゃないんだ」
「しってる!」
ピョンと飛んで、俺から降りる子供。とても身軽だ。まだ幼い……四つか五つか……それくらいに見受けられるのだが……。
「カーチャを探すなら、手伝おうか? どんな人かな? 髪色は?」
「しらない!」
にぱっと笑って元気に答える。
知らない……知らないのにどうやって探すんだ。……探してるんだよな?
「君、このお店には、カーチャって名前の人はいないんだよ。
どこではぐれたんだい? まずはそこに戻ってみた方が良い」
やってきた使用人が、そう子供に言い聞かせるも、その子はぶんぶんと首を振る。
「カーチャいるよ。すぐちかく」
そう言って、ふんふんと鼻を鳴らす。
うーん……まあとりあえずまずは……。
「お名前はなんて言うんだい?」
「ロジェ!」
「ロジェ。良い名前だ」
「ちがうよ。ろじぇだよ!」
「……ロジェは誰と、一緒に来たんだい?」
「トーチャ!」
……トーチャ……。カーチャにトーチャ……これはもしかして……。
「お父さん?」
「うんっ! トーチャときたのっ! あとエーチャ」
「エーチャ……お姉ちゃん?」
「ちがうよ。エーチャだよっ!」
元気に言う。
あー……とりあえずまあ、お父さんと来たことだけは分かったから、よしとしよう。
「ロジェ、お父さん、どこにいるんだい? ロジェ一人でここに来たのなら、心配していると思うんだ」
「……トーチャ?」
こてんと首を傾げる。すると少々の沈黙の後、急にボロボロと涙を零し、更に大声を上げて泣き出してしまった!
「ドーヂャアアァァァァ! ドーヂァドゴオオオォォォ⁉︎」
お、おおぅ、今までお父さんがいないこと気づいてなかったのか?
その凄まじい泣き声に、少々慄いてしまったのだが、泣く子供をそのままにしておくこともできない。
「ロジェ、泣かないで。一緒にお父さんを見つけに行こう?
大丈夫、すぐに会えるから」
「ドーヂャアアアァァ!」
「ロ、ロジェ……良い子だから。泣いてると可愛いおめめが溶けてしまうよ」
泣き声を聞きつけたのか、ハインとサヤが視界の端に見え、こちらに向かって来る。
とりあえずこの子の父親を探すために、二人の手を借りようと思ったのだけど……。
「サヤ、何か子供が喜びそうな……」
「カーチャ!」
ロジェは、何故か、そう叫び……ハインにしがみついた。
ピタリと泣き止み、むしろ大喜びだ。満面の笑顔で宣言する。
「カーチャいたよ!」
「……いや、お母さんじゃないよ。ハインは男だからね?」
「カーチャだよ!」
「……………………何事ですか」
「いや、どうもね、お母さんを探して、お父さんとはぐれたみたいな……」
そして謎のエーチャは説明のしようがない。
ハインはことの不可解さに、しっかり眉間にしわを寄せて、怖い顔でロジェを見下ろしていたのだけれど、ロジェは気にする様子もない。まだ涙の残る瞳で、笑顔を振りまく。
そんなロジェに、サヤまで「かわいいっ」と、笑顔になる。
「お名前はなんて言うの?」
「ロジェだよ!」
「ロジェちゃん。良いお名前ね」
「ちがうよ。ろじぇだよっ」
……ロジェとしか聞こえないのだけどなぁ……。
「ロジェちゃん、お父さんが迎えに来るまで、お菓子食べて待ってようか」
「おかし⁉︎」
「うんそう。ちょうど焼きあがったところだから」
「たべるー!」
気を利かせたサヤの言葉に、ロジェはとても良い笑顔だ。お菓子で釣っている間に父親を探してくださいと、視線で訴えてくるサヤに、俺とハインはコクリと頷いて応えたのだが……。
「……ロジェちゃん、お兄さん、お仕事あるからこっちにおいで」
「カーチャはいっしょじゃなきゃやだよ」
「……そのお兄さんは、ハインさんってお名前なの」
「わかった。ハイン! ハインはカーチャだよ!」
「…………」
結局会話は成立せず、ハインも返してもらえず、サヤと共に二人、応接室で子守をすることになったのだった。
笊に並べられたものは昨日同様、窓辺に並べられ、乾燥させることとなったようだ。
干し野菜の大移動を終えたら、今度はお菓子作りをするとのこと。
「買い物に行ってきます!」
気合いを入れて出かけたのだが……さして時間の経たないうちに、何故かふらついて帰ってきた……。
「ど、どうした⁉︎」
「なんでもありません……お菓子作り、してきます……」
なんでもなくない時のサヤだ……。
だけど完璧に話題を拒否する雰囲気で、口をはさめず見送るしかない。
しかし、午後にはまたエルランドが訪ねて来るわけで、午前中のうちに雑務は終わらせなければならない。とにかくまずは、それを済ませることにする。
時間が空けば、サヤの気持ちも少し落ち着くかもしれないと思ったのもあった。
とはいえ、やはり気になるのは仕方がない。
ルーシーに確認してきてもらうも、サヤは今、買ってきた扁桃(アーモンド)をひたすら刻んでいるという。
「親の仇みたいに、粉微塵なのに、まだ刻んでましたよ?」
「……怒っていたの?」
「そういう感じではなかったですけど……それとなく聞いても答えてくれませんでした……。なんでもないですっ! ておっしゃるだけで」
ルーシーのそれとなくって、きっとあからさまに聞いたんだな……。
「分かった、ありがとう。後で確認してみるよ」
なんだろう……心配だ。
でも、震えていたわけではないし、顔色が悪かった風でもなかったと思う。
とにかく早く仕事を切り上げようと、集中して作業を進めた。
昼手前まで掛かり、仕事を終え、いざサヤのところへと思っていたのだが、なにやら下が騒がしい……。どうしたんだろうかと思いつつ、調理場を目指そうと階下に向かったのだが、途中でなにやら小さな影が飛びついてきて、行く手を阻まれてしまった。
「……どこの子?」
「あぁ、レイ様、申し訳ありません。迷い子のようで……逃げ足が速くて難儀しておりました」
使用人の一人がそう言って小走りにやってくる。廊下の向こうのほうで「いたぞー」と叫ぶ、別の使用人の声もする。
俺は、俺の腹に抱きついているその子供に手を回して、少々持ち上げた。
「こんにちは。はぐれてしまったのかい?」
「ちがうよ。カーチャさがしてるのっ」
サヤの瞳のような、鳶色の髪をした幼な子だった。黄緑色のどんぐりみたいなまん丸な目が愛らしい。肩口くらいまでの髪を、二つに束ねていて、服装は短衣一枚に、腰帯がわりの飾り紐が巻かれている。少々大きなものを無理やり着せている様子だ。裾が長いためか、袴は履いていない。足は裸足だ。
そして思いの外元気で明瞭な言葉。カーチャ……って、人の名前だよな?
首を傾げた俺の首元に、何故か抱きついてきた。
「カーチャのにおいする。でもちがう……」
ふんふんと鼻息が聞こえる……。首元がくすぐったい。
「俺はレイシールだよ。カーチャじゃないんだ」
「しってる!」
ピョンと飛んで、俺から降りる子供。とても身軽だ。まだ幼い……四つか五つか……それくらいに見受けられるのだが……。
「カーチャを探すなら、手伝おうか? どんな人かな? 髪色は?」
「しらない!」
にぱっと笑って元気に答える。
知らない……知らないのにどうやって探すんだ。……探してるんだよな?
「君、このお店には、カーチャって名前の人はいないんだよ。
どこではぐれたんだい? まずはそこに戻ってみた方が良い」
やってきた使用人が、そう子供に言い聞かせるも、その子はぶんぶんと首を振る。
「カーチャいるよ。すぐちかく」
そう言って、ふんふんと鼻を鳴らす。
うーん……まあとりあえずまずは……。
「お名前はなんて言うんだい?」
「ロジェ!」
「ロジェ。良い名前だ」
「ちがうよ。ろじぇだよ!」
「……ロジェは誰と、一緒に来たんだい?」
「トーチャ!」
……トーチャ……。カーチャにトーチャ……これはもしかして……。
「お父さん?」
「うんっ! トーチャときたのっ! あとエーチャ」
「エーチャ……お姉ちゃん?」
「ちがうよ。エーチャだよっ!」
元気に言う。
あー……とりあえずまあ、お父さんと来たことだけは分かったから、よしとしよう。
「ロジェ、お父さん、どこにいるんだい? ロジェ一人でここに来たのなら、心配していると思うんだ」
「……トーチャ?」
こてんと首を傾げる。すると少々の沈黙の後、急にボロボロと涙を零し、更に大声を上げて泣き出してしまった!
「ドーヂャアアァァァァ! ドーヂァドゴオオオォォォ⁉︎」
お、おおぅ、今までお父さんがいないこと気づいてなかったのか?
その凄まじい泣き声に、少々慄いてしまったのだが、泣く子供をそのままにしておくこともできない。
「ロジェ、泣かないで。一緒にお父さんを見つけに行こう?
大丈夫、すぐに会えるから」
「ドーヂャアアアァァ!」
「ロ、ロジェ……良い子だから。泣いてると可愛いおめめが溶けてしまうよ」
泣き声を聞きつけたのか、ハインとサヤが視界の端に見え、こちらに向かって来る。
とりあえずこの子の父親を探すために、二人の手を借りようと思ったのだけど……。
「サヤ、何か子供が喜びそうな……」
「カーチャ!」
ロジェは、何故か、そう叫び……ハインにしがみついた。
ピタリと泣き止み、むしろ大喜びだ。満面の笑顔で宣言する。
「カーチャいたよ!」
「……いや、お母さんじゃないよ。ハインは男だからね?」
「カーチャだよ!」
「……………………何事ですか」
「いや、どうもね、お母さんを探して、お父さんとはぐれたみたいな……」
そして謎のエーチャは説明のしようがない。
ハインはことの不可解さに、しっかり眉間にしわを寄せて、怖い顔でロジェを見下ろしていたのだけれど、ロジェは気にする様子もない。まだ涙の残る瞳で、笑顔を振りまく。
そんなロジェに、サヤまで「かわいいっ」と、笑顔になる。
「お名前はなんて言うの?」
「ロジェだよ!」
「ロジェちゃん。良いお名前ね」
「ちがうよ。ろじぇだよっ」
……ロジェとしか聞こえないのだけどなぁ……。
「ロジェちゃん、お父さんが迎えに来るまで、お菓子食べて待ってようか」
「おかし⁉︎」
「うんそう。ちょうど焼きあがったところだから」
「たべるー!」
気を利かせたサヤの言葉に、ロジェはとても良い笑顔だ。お菓子で釣っている間に父親を探してくださいと、視線で訴えてくるサヤに、俺とハインはコクリと頷いて応えたのだが……。
「……ロジェちゃん、お兄さん、お仕事あるからこっちにおいで」
「カーチャはいっしょじゃなきゃやだよ」
「……そのお兄さんは、ハインさんってお名前なの」
「わかった。ハイン! ハインはカーチャだよ!」
「…………」
結局会話は成立せず、ハインも返してもらえず、サヤと共に二人、応接室で子守をすることになったのだった。
応援ありがとうございます!
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