これは報われない恋だ。

朝陽天満

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53、クエスト発生条件って

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 農園の看板には『ただいま休園』と紙が貼ってあった。

 柵の向こう側には、果樹園のような樹が植えられているのがちらっと見えるんだけど。

 そっか。セッテの農園は果樹園みたいな感じなんだ。初めて来たからちょっと新鮮。



「すいませーん」



 とりあえず誰かいないかと、外から声を掛けてみる。



「すいませーん」

「何だ。売るもんならねえぞ!」



 いきなり中から怒鳴られた。

 柵の間から覗くと、赤ら顔をした人がこっちを睨みつけていた。

 手には酒の瓶らしきものを持っている。



「ここが閉鎖中と聞いて、何か俺にも出来ないかと来てみたんですけど」

「今更かよ……こっちが困ってる時は見捨てていきやがったくせに」



 ケッと唾を吐き、くだを巻く。

 プレイヤーが依頼をスルーしたから。

 そっかやっぱりこういう依頼は受けないとそのまま進行しちゃう系の物だったんだ。

 発生条件とか、そういうのってやっぱりクリアできる人がいると発生するのかな。気になるから今度色々ネットで調べてみよう。



「……困ってた時に手伝えなくて、すいません。俺、トレに住んでて」

「トレだぁ? トレの異邦人さんがうちに何の用だってんだよ」



 だめだ。心閉ざしちゃってる。

 状態を見るどころか、敷地内に入ることも出来なそうだ。

 ここから少しでも見えないかな。と、柵の間から木々を観察する。鑑定効くかな。



『メイレの樹【阻害イニビ症】:甘く丸い赤い実をつけるが、今は幹が病気のため収穫できない』

『アランネの樹【阻害イニビ症】:甘く丸いオレンジ色の実をつけるが、今は幹が病気のため収穫できない』

『ピエラの樹【阻害イニビ症】:甘く細長いクリーム色の実をつけるが、今は幹が病気のため収穫できない』



 よし、何とか鑑定できた。

 でも、カイルさんの所とはまた違った症状なんだな。

 阻害イニビ症って何だろう。何かこの症状に効くレシピ、ないかな。



 農園主さんに睨まれながら、俺はレシピを探し始めた。かなり増えたから、探すのが大変。

 どう考えてもこれは薬師の方のレシピだよな。



「えーと、阻害イニビ症阻害イニビ症……」



 独り言を言いながらレシピを探してると、農園主さんが目を丸くして近寄ってきた。



「お前、阻害イニビ症がわかるのか……?」

「治せる薬を作れるかどうかはちょっと賭けですけど。一応」

「おお……」



 農園主さんは、酒瓶を落として、手で顔を覆った。



「俺の農園を、助けてくれ……頼む」

「出来る限り」



 ピコン、とクエスト欄が光る。レシピを開く傍ら、クエスト欄も開いてみる。



『セッテの農園を救え!



 セッテの農園の樹が阻害イニビ症を発症した。

 現在第三段階まで進行中。

 第四段階になると実が腐ってしまい、病気の樹を焼かないと街の樹木にまで被害が及んでしまう恐れあり。

 第四段階になる前に樹を治そう。



 タイムリミット:2日



 クリア報酬:メイレの実、アランネの実、ピエラの実、レシピ、???

 クエスト失敗:阻害イニビ症が第四段階に進行、セッテの街の農園消滅』



 これって、最初に出されたクエストだときっと第一段階の時点で出されたってことだよな。

 その時、やっぱりクリアできる薬師がいたのかな。いたこと前提で考えると、やっぱりそれを無視したから農園は閉鎖されることになって、それでこの人はあんなに憤ってたってことか。

 なんか、クエスト発生条件がそろうとこういうことが起こるっぽい線が濃厚になってきた。

 それに農園の消滅って。焼かないといけないって書いてあるから、文字通り樹を全部焼き払って農園をなくすってことなんだろうな。これはひどい。



 考えながらも、レシピを探す手と目は必死で動かす。

 そして、莫大なレシピも終盤に差し掛かったころ。

 『阻害イニビ症治療薬』を見つけた。



「……あった。さすがカイルさんのお祖父さん」



 あの本の山の中にレシピが埋もれてたらしい。トレの街の農園には果樹系がないから正直あるとは思わなかったんだけど。よかった。

 早速開いて、材料を確認する。



「月見草、キュアポーション、薬草、アランネの実、ささら草、つつきら草の管」



 アランネの実とささら草、つつきら草の管持ってない。というかささら草とかつつきら草の管とか、見たことない。トレ周辺にはない草だよ。

 ここら辺に自生してる草ならいいけど。

 と農園の隅の方を検索サーチしてみる。丁度柵の内側に、つつきら草があった。でも、管ってなんだろう。



「あの、すいません、そこにあるつつきら草なんですけど、管ってありますか?」

「つつきら草の管は今の時期はとれねえ」

「え?! 取れない?!」



 農園主さんの言葉に、そういうこともあるんだ、とがっくりと肩を下げる。どうしよう。これじゃ作れない。



「必要なのか」

「はい。どうしても」

「じゃあ、ちょっと待ってろ」



 そういうと、農園主さんは、閉鎖されていた門に近づいた。

 目の前で、門が開いていく。



「入れ」



 顎をクイッと上げて、俺を招き入れてくれる。

 俺は早速足を踏み入れた。



「倉庫に乾燥させた管がある。あれは乾燥させて砕いて水に溶かして畑に撒くといい栄養になるんだ。管になった瞬間に収穫してる」

「そうなんですか。よければ少し分けてくれませんか」

「どれくらい必要だ」

「ええと、作ってみないと何とも言えないのですが、ひとつの薬剤を作るのに、3本」



 一つの薬で樹何本に効くのかは作ってみないとわからないし。材料がなかったから作ったことないし。

 でも、簡易調合キットで作れるかな。それが問題だ。



 農園主さんの後に続いて、大きな倉庫みたいなところに入った。 

 待ってろと言われたので倉庫内を見ながら待っていると、農園主さんが大きなコンテナを一つ持ってきた。

 その中には、指一本くらいの太さのストローを5センチの幅でぶつ切りにしたような、筒状の物が山ほど入っていた。へえ、これがつつきら草の管かあ。



「あと必要なもんはなんだ」



 ぶっきらぼうに聞いてくる農園主さんは、俺に手を貸してくれるみたいだった。



「あとは、アランネの実、ささら草です」

「アランネの実はあっちに収穫したものがある。ささら草は、街を出て山の方に行った湖のほとりに生えてる」

「ありがとうございます」



 アランネの実っていうのは、俺がさっき宿屋の女性から貰った実だった。オレンジみたいな感じの。

 それがコンテナいっぱいに入っている。でも、これしかないんだって。収穫の時期なのに、って農園主さんが悔しがってた。

 確かに、さっき見た樹には、実が沢山生ってた。でも病気だから収穫できないって。

 アレを放っておいたら、腐って他にも害をなす物となり果ててしまうんだ。それは、きついな。



 俺はアランネの実を確認しながら、チャット欄を開いた。

 相手は、雄太。



『ちょっとお使い頼まれて』



 送っていくらも経たないうちに、雄太からの返信が来た。



『素材集めか? 今『マッドライド』と一緒にいるから、なんでも取ってこれるぞ。強い魔物の素材系も』

「たすかる」



 思わず口に出してしまった。

 ハルポンさんが『鑑定』持ってるっぽいから、間違うなんてこともないはずだし。



『街を出て山の方に行った湖のほとりにある、ささら草っていう草を取ってきて欲しいんだ。結構大量に必要かも』

『わかった。ささら草な。湖なんてあったかな』



 雄太からの返信に、ちょっとだけ不安になる。

 俺は顔を上げて、こっちをじっと見ている農園主さんに聞いてみた。



「湖までの地図とかって、ありますか?」

「待ってろ」



 不機嫌な顔をしつつも、農園主さんはすぐさま動いてくれた。

 奥の部屋に入っていって、すぐに戻ってくる。

 そして、湖までの地図を俺に差し出してくれた。

 早速スクショして、それをチャットに添付する。



「ありがとうございます」

「あとは何が必要だ」

「今のところは大丈夫です」

「わかった」



 そして農園主さんはまたもちょっとだけ離れたところで立って、俺を見ていた。

 まだ警戒はしてるんだろうなあ。ったく、依頼スルーとかするなよ。困ってるから依頼を出すんだから。



 ブチブチ心の中で文句を言ってると、雄太からチャットが来た。



『俺らの知らない道だった。でも地図を見たら、行けるようになった。感謝。早速行ってくる』

『大至急。取ったら農園まで来て』

『了解』



 よし、これでささら草も大丈夫。

 先にやらないといけないことをしないと。

 このテーブルは使っていい、と指示された机の前に陣取り、次々と材料を並べていく。

 薬草と月見草はカイルさんが育てた最上級の物を惜しげなく使う。キュアポーションはもちろんSランク。

 さすがというかなんというか、この農園から出てきた素材も、状態がすごくよかった。

 次に、必ず持ち歩いている簡易調合キットを取り出して、テーブルにセット。

 レシピを開いて、まずは薬草をゴリゴリ擂り始めた。

 どれくらいの樹があるかわからないけど、時間が経ってるからたぶん全部が病気になってると思う。そうじゃなかったら、農園主さんはあんなところで酒を飲んでくだ巻いてたりしないはずだから。



「ここの樹、全体で何本くらいありますか?」

「67本だ」



 即答えてくれる農園主さんにお礼を言って、手の動きを速める。

 俺がひたすら薬草を擂ってるときも、農園主さんはじっと動かずこっちを見ていた。



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