194 / 830
191、息子さんでしたか
しおりを挟む俺たちはいったんクワットロに向かった。
宿屋に入り、途中で手に入れた大雑把なワールドマップをテーブルに開くと、図書館で手に入れたあの呪いポイントのスクショを読んでヴィデロさんと二人手元の地図と示し合わせて印をつけていく。
呪いの石像は全部で4つらしいけれど、実際に手に入れた地図を改めてみてみると、4つではなく、7つのポイントがチェックされている。
「一度はライオンさんの石像の洞窟に行こうと思ってるんだ。もしかしたら欠片が残ってるかもしれない。他の欠片が落ちてたらすぐにでももとに戻せるかもしれないし」
「そうだな。ここからだと砂漠都市を経由するよりそのまままっすぐ西に向かった方がいいのかもな。途中森に塞がれるかもしれないが、砂漠都市を経由してしまうと大きく南下してしまうことになる」
中央の山の麓についているバツ印を目指して、ヴィデロさんの指がクワットロから真横に動いていく。そこから扇状に砂漠が広がって行ってるから、そのバツ印がライオンさんの洞窟で間違いなかった。
しっかりとセィ城下街にもバツ印がついてるのを見ると、もしかしたらこのバツ印を回ったら身体が集まるのかもしれない。
「ここはジャル・ガーさんの洞窟で、こっちが多分西の入り口を守ってる熊さんのいる洞窟だと思う。高橋が勇者と一緒に行ったって言ってた場所が確かここらへんだったから。南の洞窟がどこを指すのかわからないけど、そこら辺を回れば身体を全部回収できるかもしれないね」
「全て中央寄りなのが救いだな。じゃあ、まずはこの洞窟に行って、次は南下して砂漠都市の下の方のバツ印に向かおう」
「うん」
ヴィデロさんと一緒に行動すると馬を使えるっていうのがすごく助かる。俺一人だったら歩きか短距離転移のみで、しかも行ったことのない場所には行けないから。
それに、一人だと気ばかりが急いてしまってなかなか進まない自分にイライラしそうだけど、ヴィデロさんといるとそんなことがないのがほんとにありがたい。
寝る前に街で色々と補充することにして、ざっと計画を練り終わった俺たちは街に繰り出した。
「海鮮丼、たくさん買ってカバンに入れて置けないかな」
「それはすぐに悪くなると思うぞ」
「でもこれは時間経過しないカバンだから大丈夫、だと思いたい」
「……現地に来て、作り立てを食べてこその名物だと思うんだが……」
ちょっとだけヴィデロさんに可哀そうな子を見る目で見られてしまった。
そっか。そうだね。魚は鮮度が大切だ。
そんなことを話しながら、海鮮丼屋さんに向かう。すると、前に来た時は閑散としていた裏通りが、見違えるように賑わっていた。
周りには新しいお店とかが出ていて、大通り並みに人が行き来していた。もちろん半分はプレイヤーたち。でも半分はこの街の人たち。
「何か裏通りが発展してる……」
驚きながら二人で足を進めると、寂れたような店構えだった海鮮丼屋はリニューアルしたらしく、綺麗な造りになっていた。外待ち用の椅子が壁際に並んでいて、そこに二人ほど座って順番を待っていた。
両隣にも食堂みたいなものが並んでいたけれど、肉丼屋と野菜丼屋らしく、食材が被ることがなさそうでどの店も盛況のようだった。
「すごいことになってるね」
「ああ……こんなことになっているとは想像もつかなかった」
ヴィデロさんも驚いたような顔で人の流れを見ていた。
二人で海鮮丼屋の待ち椅子に座って順番を待つ。
入り口には『話題の魚の店!』と誰が書いたのか、ポップが張り付けられていた。あの店主さんがこれを書いたのかな。
順番になったので二人で店に入ると、店の中も綺麗にリニューアルされていて、店主一人だけじゃなくてちゃんと店員さんが注文を取っていた。
壁には三種類くらいの丼の名前が貼ってある。
カウンターに座って、忙しく魚をさばいている店主に「二つお願いします」と注文すると、店主が顔を上げて無言でぺこりと頭を下げた。
その時に丁度裏のドアが開いて、魚の氷漬けを抱えたカトレさんが入って来た。
「今日捕れた魚持ってきたぞ。ははは、今日も盛況だな!」
カトレさんの言葉にも、店主は一つ頷いただけだった。うん、口下手だ。
思わずヴィデロさんと顔を合わせて和んでいると、カトレさんがヴィデロさんを見てハッとした顔をした。
「あんた、前に高橋君と一緒にいた人じゃないか?! ってえと隣がマック君……?」
すごく不審な目で見られてしまった。確かに前に会った時はもっと大人な俺だったし。
挨拶と返事をすると、カトレさんはカウンターの中から俺とヴィデロさんに向かって手を差し出した。
「高橋君とあんたらがこの店を宣伝してくれたから、店構えをこんな綺麗に出来たよ! その節はありがとな! ここに人が集まったのが周りにも影響してここらへんも発展してよお。もしかしたらクワットロがもっともっと大きな街になるかもな! なあジーモ! この子だよ、この子が魚料理にフルーツソースかけて食わせてくれた子だよ。あとあのコルザの油を使った魚料理を作ったっていう!」
「いやあの、俺何も宣伝できてないって言うか」
「けいじばん? ってのに載ってたって言いながら来る客が増えてな! ジーモ! それからあれよあれよって間にここら一帯がこんなにな!」
握手をした瞬間、手をぶんぶんさせて大興奮のカトレさんの言葉に、店主さんが顔を上げた。
さっきまでの人見知りはどこ行ったと突っ込みたくなるほどに俺をまじまじと見る。
そして、一旦口を開いて、そして閉じて、また開いた。
「……君は、セッテに行ったことがあるのか……?」
考えた末に、そうポツリと訊いてくる。
はい、と返事をすると、また少しだけ考えてから、口を開いた。
「宿屋で、飯を食ったのか……?」
「食べました! めっちゃ美味かったです! 帰りにお弁当を作ってもらっちゃったんですけど、絶品で! 奥さんがすごく優しいんですよ! でもってご主人は寡黙で職人肌で、なんかなかなか会えないところに息子さんが……息子さん?」
セッテで優しくタオルを貸してくれた女性を思い出しながら話していくうちに、あることに気付く。もしかしてこの人。
「息子さん、ですか……?」
思わず指さしてそう訊くと、店主さんは黙って頷いた。
そして何事もなかったかのように、俺から目を逸らしてまた手を動かし始めた。すぐに注文した物が俺とヴィデロさんの目の前に置かれる。そして、そっとその横に果物を切った小皿が付けられた。これ、頼んでないけど。
驚いていると、カトレさんが来た時の勢いのままに店主さんの背中をバン! と叩いた。
「なあにサービスなんて粋なことしてるんだよ! 成長したなあジーモ! んじゃ魚はいつもの所に入れとくから早めに使っちまえよ! じゃあな、二人とも!」
怒涛の様に去っていったカトレさんを、店の中にいたほぼ全員が呆気にとられたような顔をして見送った。
店主さんはもうこっちを見ることもなく黙々と作業を開始し、店員さんは忙しくテーブルの間を歩き回っている。
俺とヴィデロさんは顔を見合わせて、もう一度店主さんを見てから、目の前の料理に手を伸ばした。
馬を繰り道なき道を進む道中、ヴィデロさんはずっと俺の頭に顎を乗せていた。
「俺、あの店主があんなに話すの、初めて聞いた」
「え……?」
溜め息とともに降って来た言葉にん? と思っていると、ヴィデロさんがローブ越しに俺の頭にちゅ、とキスをする。
「いつもは会計の後一言ありがとうというだけなんだ、あの人。でもなんでマックはそういう人とああいう風に……ごめん、やきもちだ」
はぁ、と溜め息を吐くヴィデロさんを思わず振り返って覗き込むと、ヴィデロさんは苦笑していた。
俺もあの店主さんと話が出来るとは思ってなかった。でも、すごい偶然というか巡り合わせってあるんだなって。
「前にね、この羽根が壊れちゃったときにさ、あの人のお母さんがすごく親身になってくれたんだ。あと、あの人のお父さんが料理人で、すっごく美味しくて大きなお弁当を作ってくれて。滅多に会えないところに息子さんがいて、その息子さんと俺を重ねちゃったとかあの人のお母さんが言ってたんだけど。確かに、セッテとクワットロじゃちょっと遠いよね。でも俺、あの店主さんがああ言ってくれなかったら気付かなかったよ。お父さんも寡黙な人で、今思うとすごくそっくりなのに。今度セッテに行ったら息子さんは元気だったって教えたい」
説明をしつつ、セブンに羽根を壊されたときのあの女性の顔と、帰り際にサムズアップしてくれた旦那さんの顔を思い出して頬を緩めていると、おでこにちゅ、と唇が降ってきた。
俺が話しやすいようにと、ヴィデロさんは馬のスピードを少しだけ落としてくれている。
「マックが俺に惚れてくれたことが奇跡のような気がしてきたよ」
「それを言ったら俺の方だよ。ヴィデロさんが俺を好きになってくれたのが奇跡だよ」
告白されなかったら、きっと今も俺は普通にゲームとしてこの世界を楽しんで、ヴィデロさんは門番さんとして俺に接してくれている毎日を送っていたと思う。
こんな風にこの世界の深い所に関わって、あっちとこっちを繋ぐ一端に関わって、ヴィデロさんと同じ未来を望むなんて、ちょっと前までの俺では考えもつかなかった。
だって、ヴィデロさんに会うまでは誰かと付き合ったりとか、そもそも誰かを好きになったりとかしたことなかったゲーム一筋の単なるガキだったし。今もガキなのは変わりないけど。
色々な偶然が重なって今があるっていうのは、やっぱりこれもレガロさんの言う運命ってやつなのかな。俺、まだ間違えないで運命の糸を手繰り寄せることが出来てるのかな。
途中何度か休憩を入れつつ、馬さんとヴィデロさんに頑張ってもらって、日暮れには件の洞窟に辿り着いた。お尻痛い。
馬さんに待っててもらうように言って、木には結ばずに洞窟に足を踏み入れる。
魔物が出たら馬さんがしっかり逃げれるように、木には結んじゃダメなんだって馬屋の人が言ってた。その代り、これを吹けばちゃんと帰ってくるよと言われて、馬笛を渡されたんだ。
洞窟の中は、少し暑くて、空気が乾燥していた。
足場はほぼ砂で、歩きにくい。
出てくる魔物は砂漠に出る魔物とほぼ変わりないから、ヴィデロさんがほぼ一人で蹴散らしていた。戦闘は俺出番なしだよ。ヴィデロさんほんと強い。
順調に奥まで進み、時に砂に足をとられ、時に横から吹き出す蒸気にビビりながら進むと、ジャル・ガーさんの部屋と同じような造りの扉が現れた。
「ここが石像があったところかな」
「ああ。開けてみるか」
二人で扉に手を掛けて、全身を使って扉を開ける。
すごく重い扉は、ギイ、ギイという耳障りな音を立てながら、少しずつ開いた。
二人が入れるくらいの幅が開くと、俺達は中に入った。
すごく、いやな感じがした。
感知を使うと、祭壇の所からそれはひたすら漂っていた。
石像は、辛うじて右足だけが祭壇の上にポツンと残っている。
鑑定を使うと、『壊れた石像の一部(右足下部)』となっていた。太腿と合わさりそうでほっとした。でもこの足だけで複合の呪いに掛かるらしく、残された足からすごく嫌な感じの気が出ていた。
セィで使ったのと同じ手を使ってその足をインベントリに回収すると、俺たちはさらに周りを見て回った。
でもやっぱり右足しか残されていなかった。残りは左足なんだけど。どこに持ち去られたんだろう。セィのあの建物にもっとあったのかな。それとも、他にバツ印の付いた場所にあるのかな。
ちょっとだけ残念に思いながら、祭壇の洞窟を抜け出した。
応援ありがとうございます!
171
お気に入りに追加
8,368
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる