これは報われない恋だ。

朝陽天満

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210、異世界間恋愛

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 今日こそはどこまで跳べるかやってみよう。

 そんなことを心に決めて、手にドイリーを巻いてみた。

 クワットロまでは余裕で跳べたし、MPもそれほど減ってなかったから、今度は砂漠都市まで跳んでみようか。

 初めのころよりはかなり早く描けるようになった魔法陣を描き、砂漠都市の農園を指定してみる。

 目の前の景色が一転してサボテンの生えた砂漠が目に入った。成功。MPは……うわ、半分くらいしか減ってない。これはいい。

 一人ガッツポーズを決めた目の端に、ちょっと驚いた顔の砂漠都市農園主さんの顔が映った。あ、不法侵入ごめんなさい。



「うちのお得意さんは変な魔法が使えたんだね」



 しみじみと呟く肌の黒い農園主さんに苦笑しか出ない。

 ついでとばかりに素材を手に入れて、MPを回復させた俺は、今度はセッテの農園に跳んでみた。

 何で農園に跳ぶのか。それは農園が大抵街の隅っこに位置していてあんまり人目に着かないから。でも不法侵入。ごめんなさい。やっぱりMPは半分くらいだった。トレからここまで一気に跳べるかもしれない。

 MPが大きいってすごいなあ、と改めて思う。



「マックいきなりこんなところで何してるんだよ」



 後ろから声を掛けられて振り向くと、輪廻がいた。すっかりここに居着いちゃってるよね輪廻。



「内緒なんだけど、転移の魔法陣の実験をしてたんだ」

「は? 転移の魔法陣?」

「うん。セイ……ダンジョンサーチャーがよく使う魔法をちょっとした伝手で教えて貰ったんだけど、MPが増えたからどこまで跳べるかなって試してたんだよ」

「うわ、ずっる。俺にも教えろよ」



 ずるいかな。でも二日掛けてここに来るのが一瞬で来れるっていうのはちょっとずるいかもしれない。自分で行ったことあるところにしか跳べないっていう欠点はあるけど。

 でもまず基本は古代魔道語を覚えないと魔法陣も使えないからなあ。



「古代魔道語を読めるようになったら教えるよ」

「古代魔道語……? 何だそりゃ」

「ええと、獣人とエルフがいなくなるまでは普通に使われていた他の大陸の言葉、だったかな。結構いたるところに古代魔道語が書かれてて楽しいよ」

「はぁ……? そんな物あったんだ……『夕凪』ではそんなもん全然教えてくれなかったよ」



 腕を組んで首を傾げる輪廻に、ああ、と納得する。多分『夕凪』はレベル上げしかしてないから、そういう色んな要素を全く知らないんだ。しかもこの世界の人から結構嫌がられてるっぽいからそういうのの情報も入ってこないだろうし。



「どうした輪廻」



 話をしていると、倉庫の裏側からトレアムさんが顔を出した。

 振り返った輪廻が「マックが来たんで話してたんですー」と返すと、トレアムさんがこっちに向かってきた。



「どうしたマック。果物買いに来たのか」

「あ、買います」



 ついつい果物につられる。たっぷり買ってあるんだけど、インベントリは腐らないと思うとついつい買い溜めしちゃうよね。



「それにしても、何でここにいるんだ? トレに帰ったんじゃなかったのか」

「ちょっと魔法の実験をしていて、農園を渡り歩いているんです」

「そうか。ちょっと上がってくか。まだ晩飯を食ってないんだ。食ってけ」

「喜んで」



 夕食に誘われて、俺は即座に頷いた。だってトレアムさんのご飯って絶品なんだもん。もしかして輪廻は毎日トレアムさんのあの絶品料理を食べてるってことかな。それはちょっと羨ましい。

 輪廻と薬師の話で盛り上がりながらトレアムさんの後を付いていき、母屋に入るととてもいい匂いが部屋に充満していた。お腹が鳴りそう。アバターもお腹とか鳴ったりするのかな。

 すぐに美味しそうな野菜たっぷりシチューが目の前に出されて、思わず涎が垂れる。



「すまない輪廻、飲み物入れてくれ」

「へーい。何飲みます? 俺の好きなの淹れていい?」

「ああ」



 サラダらしきものを用意しながらトレアムさんが輪廻に声を掛けるその姿は、仲睦まじい夫婦に見えた。

 息ぴったり。

 一緒に暮らしてるからかな。トレアムさんがよく笑ってる。そして輪廻も。

 一人椅子に座りながら二人の様子を見ていると、もしかして、という考えが浮かんでくる。

 手にトレイを持ったトレアムさんの後ろをついて、輪廻が俺の前の席に座る。テーブルに皿を置いたトレアムさんも輪廻の横に座る。

 見つめ合って笑い合って、口元の汚れを指で拭いてそれをペロッとして。

 シチューは滅茶苦茶美味しかった。でも、目の前の光景に、シチューの味もかすんだよ。ごちそうさま。



 食事の後の片付けをしにトレアムさんがキッチンに向かって行ったので、俺はそっと輪廻に訊いてみた。



「輪廻もしかしてトレアムさんと付き合ってたりする?」



 その言葉に、輪廻の顔が一瞬にして真っ赤になった。

 目はまん丸で、頬に「なんで?!」って書かれている気がする。



「ど、ど、どうしてそんなこと訊くんだよ……っ」

「え、だって雰囲気が夫婦だから」

「いやいやいやいや、なんだよそれ、雰囲気が夫婦って! ない、ないから!」

「え、じゃあ片想い? だって輪廻トレアムさんを好きだろ。トレアムさんも輪廻を見る目つきがすごく優しいし」



 思ったままを言うと、輪廻がテーブルに突っ伏した。



「……なんで」



 だって、二人ともお互いを見る目が、俺を見つめてくれるヴィデロさんみたいだから。 

 それにトレアムさんがプレイヤーにああいう優しい目を向けるって、結構珍しいと思うんだ。一度助けを求めた手を踏みにじられてるから余計に。



「輪廻顔にトレアムさんが好きって書いてあるよ」

「マジかよ……」



 否定はしないんだ。そっか。

 輪廻はちらりとトレアムさんの背中を見てから、腕の中に顔を伏せた。



「だって、でもさ、相手はゲームのNPCだろ? 何で俺こんな……でもほんと優しくて、たまに現実とごっちゃになるんだよ。すっげえ年上でNPCでおっさんで口悪くて人使い荒くて……なんかヤバいと思ってログアウトして彼女呼び出して会ったんだけど、どうもトレアムさんと比べちまって、好きって気持ちがわかんなくなって、結局彼女とそのまま別れたんだよ。俺、マジ何やってんだろ」



 頭を抱えるようにして吐いた溜め息とともに吐き出された輪廻の言葉は、きっと誰かに聞いて欲しかったんだろうと思う。いくらでも聞くよ。

 でも彼女と別れてまで、って輪廻。本気なんだ。……なんか。聞いてるだけで胸がギュッとする。



「俺も、この世界の人と付き合ってるんだ。ずっと一緒にいたいって思ってる」



 顔を伏せたままの輪廻に、そっと教えると、輪廻がちらりと腕の間から俺の顔を覗いた。



「輪廻も見ただろ。この間一緒にいた人。あの人と愛し合ってる。すごく」

「……ああ、あのイケメンか。って、愛し合ってんのかよ」

「滅茶苦茶愛し合ってるよ。大好き。もし叶うならこの世界に住みたいくらい好き」



 俺の惚気に、こもった声で輪廻が笑った。

 そして一言「お前もかよ……」と呟いた。

 告白とかもしてないのかな。彼女と別れちゃうくらい好きって、どれだけ本気なんだよ。そっか。でも、トレアムさんのあの顔を見てると、うまくいきそうなんだけどなあ。

 顔を伏せたままの輪廻の頭をそっと撫でて、思わず含み笑いをする。

 頑張って。輪廻。そして、ヴィルさんも頑張って欲しい。結構いろんな人が異世界間恋愛してるから。希望はヴィルさんしかいないんだよ。

 と俺は、心の中でヴィルさんを応援するのだった。



 二人に見守られながら、自分の工房を目指して魔法陣を描いてみた。セッテとトレを直線距離で見てみると、砂漠都市までの距離と大して変わらないような感じだったから、跳べるかと思って。

 案の定、MPはまだ三分の一くらい残った状態で工房に出た。必殺のドイリーがないと砂漠都市がせいぜいだけどね。どこにでも跳べるセイジさんとクラッシュの魔力のすごさが身に染みてわかったよ。しかもこれが俺の最大魔力だからもう上がることもないのがちょっと残念。まあ、それはいいけど。

 買ってきた大量の果物を倉庫のインベントリに移動して、一息つく。



 さっきの輪廻とトレアムさんの顔を思い浮かべて、思わずにやけそうになる。でも俺達がずっと思ってたこととかグルグル考え込んだこと、きっと同じように悩むんだろうな輪廻。乗り越えて頑張って欲しいなあ。

 なんて思っていたら、ヴィデロさんの顔が見たくなった。まだ時間はあるから門に遊びに行くために、工房を出た。

 道を歩いて門を目指す。

 今日はヴィデロさん仕事かな。

 見えてきた門を一直線に向かうと、鎧を着た人が俺を見つけて手を振ってくれた。

 あの手の振り方はマルクスさんだ。

 駆け寄ると、面を上げたマルクスさんがニヤニヤしながら俺の頭に手を置いた。



「残念ながらヴィデロは中だぜ。しっかしマック面白えなあ。何で兜付けてんのにヴィデロを見分けられるんだよ。ヴィデロじゃないって気付いた瞬間顔が引き締まったぜ」

「だってあの手の振り方はマルクスさん以外ありえないし」



 やべえヴィデロじゃなく俺を見分けてんのか? 俺に心移りしたのか? なんて揶揄ってくるマルクスさんに口を尖らせてる間に、もう一人の門番さんがヴィデロさんを呼んでくれたらしい。呼び鈴がカーンカーンと鳴っていた。

 笑顔で出てきたヴィデロさんにくっつくと、俺は思わずマルクスさんのことを告げ口した。



「ヴィデロさん、マルクスさんが虐める」

「違うっての。マックが俺に心移りしたって」



 マルクスさんが言い終わる前に、いい笑顔のヴィデロさんが腰の剣を目にも止まらぬ早業でマルクスさんの顔すれすれで光らせていた。

 めちゃくちゃいい笑顔で、ヴィデロさんが口を開く。



「寝言は寝る時に言うもんだ。それとも俺が本当に眠らせてやろうか」

「おま……冗談にしては質悪いぜおい」

「お前もな」



 始終笑顔のまま、ヴィデロさんが剣を腰にしまう。でも、醸し出す雰囲気は熟練の戦士のそれだった。カッコいい。好き。



 
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