これは報われない恋だ。

朝陽天満

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229、相棒は『ジョブおっさん』

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 クラッシュの店はそこそこに人が入っていた。

 クラッシュはプレイヤーと応対していたので、手で挨拶して奥の部屋を指さす。

 意味が通じたらしく、クラッシュはうんと一つ頷いた。

 そっと柱と鉢植えの横を抜けるようにして、奥の扉に向かった。



 居住区に入ると、俺は早速持参したお茶を取り出して、古代魔道語の本を一冊手に取った。

 背表紙を見て、比較的ちゃんとした文字で読めるやつ。古代魔道語レベルは結構上がったんだけど、それでもまだ20には届いてなくて、読めない文字も結構ある。片言の日本語をしゃべる人が平仮名しか読めない感覚ってこんな感じなのかな、なんて実感してしまう。辞書とかあればいいのに、そんな便利な物は全くないからなあ。地道に覚えていくしかないのかな。





 今は魔大陸と化した大陸の古い話が淡々と書かれた本を二冊ほど読んだところで、クラッシュが部屋に入ってきた。



「どう、読めそう?」

「うん。読んだ。魔大陸にまだ人が住んでた時の王都のことが書かれてた。もしかして王都って、魔王が現れたところ?」

「そうなんじゃないかな。って言っても、今はこの国だけしか残ってないけど、昔はこの国の何倍もの広さの土地に色んな種族が住んでたらしいからね。大きな大陸内にいくつも国があったらしいよ。でも全てが魔王に飲み込まれたみたいだけど。最後に残ったこの大陸も、周りが海に囲まれてたから今まだ残ってるって感じだし。魔王は倒されても倒されても、形のない物から出来上がるからまた現れるらしいんだよ」

「そうなんだ……最後の希望を何とかしたくて宰相の人は俺たちを招き入れたのかな。色々な身体能力が限界突破できるから」



 何せ魔素で出来てるから、レベルが上がれば上がるほど強くなるし。

 まあ個人個人で限界もあるけどね。俺のMP上限みたいに。



「そうかもね。もしかしたら異邦人たちに魔素を払ってほしかったりして。でももしその念願が叶って魔素がなくなって海の向こう側の大陸がまた住める土地になったとしても、今度は俺たちの人口が少ないから土地を持て余すんだろうなあ」



 ポツリと呟くクラッシュの言葉に、確かにこの世界が破滅に向かっている、ということを感じた。

 魔王の穢れた魔素が海を侵食しつくしたら、今度こそここにも来るってことかな。そしたらここも人の住めなくなる土地になるのかな。

 今ここが無事人の住める土地なのは、進出しようとした魔王を勇者たちが食い止めたから、未だサラさんが身体を張って食い止めているから、なのかもしれない。

 宰相の人は、実は魔王が倒されたんじゃなくてただ眠ってるってことは知らないはずだ。だからきっと純粋に消極的な守りに入っちゃった人たちを鼓舞するような感じで異邦人を受け入れたのかもしれない。

 出来ることなら、平和な世界になって欲しいのに。そうすれば、ヴィデロさんと安心して暮らせるから。



「でもどうして勇者たちはたった四人で魔大陸に行ったんだろう。強い人もたくさんいたはずなのに」



 冷めたお茶の入ったカップを弄びながら呟くと、クラッシュがキッチンから摘めるお菓子を出してきて、俺の前に置いてくれた。目の前の椅子に座って、自分で淹れたお茶のカップをテーブルに置くと、クラッシュは「それはね」と口を開いた。



「魔大陸の魔素に耐えられる身体の人がいなかったから。過剰に魔素を摂取しちゃうと人は正気ではいられなくなるから。母さんたちは、魔大陸の魔素に耐えられる魔力を持っていたんだって」

「たった四人が世界の希望……」

「王家にだけ伝わる魔素を測る魔道具によって選ばれた四人が、王命で魔王討伐に向かったんだって。断ったらこの大陸自体が魔素にやられて人の住めない世界になっちゃうから、母さんも断れなかったらしいよ。俺もね、本当はそんな危険なところに行って欲しくなかった。母さんは無事帰ってこれたけど……でもセイジさんと、サラさんは……」



 視線を落とすクラッシュは、走り回っているセイジさんを案じているようだった。



「クラッシュはサラさんに会ったことってある?」



 少しだけしんみりした空気を払拭するために努めて明るい声を出すと、クラッシュは顔を上げて口元をほころばせた。



「あるよ。俺が二歳の時、母さんが旅立つときに、皆そろって一度うちに来たことがあるんだ。そして水色の綺麗な長い髪の人が笑顔で俺を抱き上げてくれて。その人の隣にいたの、今思えば、セイジさんだったんだよなあ。何で気付かなかったんだろう。俺、一度見たことあったのに」

「でもセイジさんは若いままだったんだろ? しかも賢者は討伐の時にやられたとか聞いていたら、あんまり本人と結びつかないと思うけど。ましてや二歳」



 って、クラッシュは記憶力っていうかそういうのはいいんだったっけ。赤ちゃんの時から自我があったんだっけ。エルフってすごい。

 俺、二歳の時は何してたのかな。全然覚えてないや。



「すっごく美人で儚げな雰囲気だったのに、セイジさんの背中を手でバンバン叩いたり、母さんと大笑いしてたり、私もこんな可愛い子が欲しいとか言って俺をひたすら振り回したりして、見た目と行動が全然そぐわない人だったよ。でも、楽しい人。この人と一緒に行くなら、母さんは絶対に大丈夫だろって思ったもん。だから俺も大人しく父さんと一緒に待っていられたんだ。父さんはただ待ってるのが苦痛だったらしくて俺を連れて、相棒の人と色んな所をうろうろしてたけど」

「クラッシュのお父さん、相棒さんがいたんだ」

「うん。今で言う冒険者ってのだからね。だからこそ母さんは帰ってきてから冒険者ギルドを立ち上げたんだよ」

「そうだったんだ……皆、大変だったんだな」



 クラッシュから思わぬ裏話を聞いてしまった。

 サラさんはそんな性格だったのか。でも、エミリさんに魔女鍋を作ったりとかする人だもんね。よく考えたら儚げな性格じゃないよ。絶対。



「父さんの相棒の人、シグルドっていうすごく身体の大きくて顔に大きな傷がある人なんだけど、マックは会ったことあるかもよ。ウノの街で流れて来る異邦人に色々教えてるらしいから」

「大きな体の傷がある人……って、ああ! 知ってる! ウノの冒険者ギルドの中で、最初に声を掛けてくれる人だ! 俺達の間では『職業ジョブおっさん』って親しまれてて、俺かなり話したよ。冒険談とか結構聞いた」



 そうそう。伸びやすい職業ジョブとかスキルを教えてくれる人が始まりの街にいたんだよ。

 オープニングが終わると、作られたアバターがウノの街に顕現するんだけど、そこからまず冒険者ギルドで登録と説明を受けようっていうクエストが発生するんだ。だからプレイヤーはまず冒険者ギルドに辿り着いて登録して、受付の職員さんに色んなこの世界での説明を受ける。それをクリアすると、報酬として初期装備の簡単な防具と剣、そしてちょっとしたお金がもらえるんだよ。そこから好きなことを始めるんだけど、何をしようか迷ってる人に、大柄で片目を傷で塞がれてるおじさんが声を掛けてくるんだ。「お前、剣が伸びるぞ。頑張れ」とか「やることに悩んでるなら手に職をつけてみろよ」とか。それを伸ばすとすごく伸びやすいって言われていて、皆一度は声を掛けるんだよ。なぜかその人は、これをしたい! って決めてゲームを始める人には声を掛けないから、そういう仕様だと思ってたんだけど、そうだよな。ここはゲームじゃないから、きっとあの人が悩んでる人の顔を見分けるのが上手いんだよな。



「マックも声を掛けられたんだ」

「うん。俺、ここに来た当初、高橋と一緒に行動しようと思ってたのに、高橋はもうすでに組んでる人がいて、しかも魔物をぶった切る系装備しててさ、俺はそこまで魔物を倒したいとは思わなかったからどうしようかなって思ってたら、その人が「お前、器用そうだな。何なら生産の方に行ったらどうだ? 絶対にすげえもんが作れるぞ」って言ってくれて。だからこそ俺は薬師やってるんだよ」

「そっか。あの人、人を見る目は確かだからなあ。マックも助言を貰ったんだ」



 俺の話を聞いたクラッシュは、嬉しそうに笑った。すごく好きなんだなあ、そのお父さんの相棒さん。俺もあのおっさんは気に入ってたんだよな。ウノでレベル上げてる間、結構話をしたし。気さくですごくいい人なんだ。

 クラッシュのお父さんの相棒さんだったのか。もしかして、相棒の奥さんであるエミリさんを助けるためにあそこにいるのかもしれないな。



「そういえば世界を歩くのをやめたのは、相棒がいなくなったからだって、言って……」



 おっさんの話で思い出したことをつい口に出して、俺はハッとして声を途切れさせた。

だって相棒、クラッシュのお父さんだって今教わったばっかりで。俺、何言っちゃってるんだろう。

と気まずく黙り込んだら、クラッシュが無理やり俺の口にお菓子を詰め込んだ。



「うん。父さんが死んでから、もう引退するって言って、ウノに向かったんだ。冒険者としてギルドに登録しに来た人を鍛えるって言って」



 悲しいことを思い出させてごめん、と謝ろうとしたのに口一杯で喋れなくてもぐもぐしていたら、クラッシュが誇らしげにそう言った。

 その顔は、前に見た亡くなったお父さんを思い出して泣きそうになっているクラッシュの面影はなく、ちょっとだけ前より男前になった力強い表情だった。

 俺は手元にあった本を棚に戻すと、お詫び代わりにクラッシュに夜ご飯を作ってあげるため、キッチンに立った。

 それを見たクラッシュが歓声を上げてミルクを使った物がいいだのカイルの所の新鮮野菜をたっぷりよろしくだの注文を付けてくるのを背中で受け止め、勝手知ったる他人のキッチンで料理を開始するのだった。

 前にカイルさんに教わったシチューだから、味はおりがみつきです。

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