これは報われない恋だ。

朝陽天満

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265、新果実美味しい!

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『セッテの果樹園で新しい品種を作ったんだ。もし立ち寄ることがあったら、ぜひ食べに来て』



 新しい品種。とてつもなく惹かれる一言だった。

 すぐに跳ぼうかな、と思って思い直す。今の時間じゃ訪問には向かないよな。明日。

 ワクワクしながら『明日の夕方以降行ってもいい?』とメッセージを返しておいて、欄を閉じる。

 フレンド欄の輪廻は今灰色の文字だから、ログアウトしてるみたいだし。

 よし、と俺は調薬のレシピを開いた。

 何かお土産になるような物を作ろう。そして新しい品種を売ってもらおう。

 前にカイルさんの所でゲットしたレシピで有用そうな物を数点作って、俺はその日ログアウトした。



 次の日、急いで学校から帰ってきた俺は、ワクワクしながらログインした。

 輪廻からの返事メッセージが来ているのを確認して、メッセージ欄を開く。今日はログインしてるからいつでもいいよ、というメッセージを見てよっしゃ! と昨日作ったアイテムをインベントリにしまい込んだ。

 ドイリーを手にセッテまで一気に跳ぶ。目標、セッテの果樹園。

 魔法陣を描き終えると、フッと視界が一変した。目の前には、みずみずしいアランネの実がたわわに実っている。美味しそう。

 樹に生っている果物を見ながら母屋の方を目指して足を進めると、話し声が聞こえてきた。



「……問題は何個献上するかだな」

「うーん。やっぱしないとだめなんすかね。まだこの樹以外は出来上がってないから数少ないのに」

「本当だったらそういうのはしなくてもいいんだが」

「えーそれなのに献上しろとか、おかしいだろ。二個くらいでいいんじゃね?」

「ははは、それはさすがに少なすぎるな。まあ、目をつけられたのが運の尽きだ」

「なんだよそれ。だってこれ、絶対美味いからもっと寄越せとか言われちゃいそうだし」



 ふわあ、あの王様に献上とか。そんなことしないといけないのか。

 大変だなあ、と思いながら二人に声を掛ける。



「え、マック? 何つー所から出てきてんだよ。門はあっちだよ」

「ごめん、早く新種が見たくて文字通り跳んできちゃった」

「久し振りだなマック。よく来たな」

「トレアムさんも元気そうで何よりです」



 ご挨拶もそこそこに、俺は二人が話していた新種を拝見するべく合流した。

 そこにあったのは、桃の実によく似た果物だった。



「すごい、本当に品種とか作れるんだ。桃みたい。いい匂い」



 樹に生ったままの一つに顔を近づけて匂いを嗅ぐ。すごく甘くていい香りがした。

 でも樹に生っている実はまばらで、数はそれほど多くなそうだった。

 二人に断って鑑定をしてみる。



『ペスカの若木:まだ成長しきっていない木。成木になるとたくさんのペスカの実が成る。木全体から甘いいい香りを放つため、実のならなくなった老木も乾燥させることで香木が出来上がる』

『ペスカの実:とても強い甘味の実。香りがよく、実は食用、皮は乾燥させて香り付けに使用され、種は火にくべる事で香となる、実のすべてを満遍なく使用することができる万能な実』



 鑑定内容を声に出して読み上げると、2人は嬉しそうに木を見上げた。



「まだ若木なんだ。手っ取り早く成長させるものあるけど、いります?」



 とはいえ一回工房に帰らないと手元にはないんだけど。



「それは『細胞活性剤』か?」

「そうです。ただ、トレの工房にあるんで少しだけ待ってもらうようになりますけど」



 そう言いながらマジックハイパーポーションを一気飲みする。トレに跳ぶためにMPを回復させると、トレアムさんが「いや」と首を振った。



「まだこの樹は試作段階なんだ。一応出来上がりはしたが、これからもっと改良できればしたいと思っているから、成長過程もしっかりと見ておかないといけないから、『細胞活性剤』は遠慮しておこう」

「そうですか。そうですね。わかりました」



 そっか、細胞活性剤で成長させるのも善し悪しなんだ。でも確かにそうだよな、と納得しながら、俺は昨日手掛けた農園関係で役立つアイテムを次々トレアムさんと輪廻に渡していった。

 新しい品種が出来たお祝いってことで。





 母屋に案内されて、試食どうぞと輪廻にペスカの実を剥いてもらった。

 いい香りを堪能しながら一口頬張ると、甘い味が口の中に広がった。美味しい! 桃の様な甘さを堪能していると、目の前では。



「腕に果汁が垂れてるぞ」

「ああほんとだ。これべたべたになるんだよな」



 ペスカの果汁が垂れた腕をトレアムさんが手に取って、それをほぼ無意識レベルで舐めていた。途端に輪廻の顔が真っ赤になって「な、な……!」と挙動不審になる。それを見たトレアムさんが「勿体ないだろ」なんて言っていて、はっきり言ってペスカの実よりも甘かった。ごちそうさまでした。そのままイチャイチャしていて下さい。



「でもさっきのマックの鑑定で「若木」って出てたじゃないですか。せめて成木になってからじゃダメなんすかね。今全部の実をなくすのはちょっとなあ」

「それは掛け合ってみよう。モントに連絡を入れないとな。馬を飛ばすか……輪廻、しばらくここの留守を預かってもらえるか。明日には帰って来る」

「もちろん」



 輪廻の言葉を聞いて、トレアムさんは早速、と外套に手を伸ばしていた。

 これからセィの街に馬で飛ばすとなると、結構時間かかりそうだよな。



「俺が送っていきましょうか? 一瞬で着けますよ」



 ここからセィだったら二人でも何の問題もなく着くし、さっきMPも回復したしと申し出ると、トレアムさんは少しだけ困惑した様な顔をした。



「送ってくって?」

「だから、転移の魔法陣で」

「……」



 首を傾げて訊いてきた輪廻に答えると、2人はしばらく沈黙した。そして、トレアムさんが覚悟を決めたようにこっちを向いた。



「出来るのなら、頼む」

「わかりました。じゃあ俺に掴まってください」



 左手を差し出すと、トレアムさんは一度輪廻と視線を合わせてから俺の手を握った。



「じゃあ輪廻、行ってくるね」



 複雑そうな顔をした輪廻に手を振って、魔法陣を描いていく。

 描き切ったところで、モントさんのタルアル草の横に俺たちは出現していた。隣から驚愕の声が聞こえてきたからそっちを向くと、トレアムさんはこれでもかというくらい目を見開いていた。

 驚かせてすいません。



 気を取り直したトレアムさんが、モントさんの農園の方に足を進める。

 俺も付いていくと、モントさんは畑の中心で何かを撒いていた。



「モント」



 トレアムさんの呼び声に、モントさんが驚いたように顔を上げた。そして、トレアムさんの横に俺がいるのを見て、ニヤリと笑った。



「いきなりなんだと思ったが、マックの仕業か。ようトレアム。元気そうだな。定例会以来か」

「ああ。いきなりすまん。少し相談したいことがあって」

「おう、茶でも飲みながら話を聞くか」



 立ち上がって、モントさんが来いよと顎をしゃくる。

 じゃあ俺はおいとましよう。ってせっかくセィに来たんだから、そっと王宮に忍び込んで書庫で読書としゃれこむのもいいかも。

 帰りは送った方がいいかな。



「今日中だったら、セッテまで送りますよ。これから王宮の書庫に行ってくるんで、もし終わったら……どうしよう。王宮に来てとか簡単に言えないですよね……」

「いや、大丈夫だ。帰りはモントの馬を借りることにする。ここまで連れて来てくれてありがとう。今度ペスカの木が安定したら、買いに来てくれ」

「もちろんです。ぜひ沢山買わせてください!」



 いつ安定するのかな、とワクワクしながら答えると、トレアムさんが苦笑して、自身のカバンからペスカの実を一つ取り出した。



「ここまで連れてきてくれた礼だ。これしかないのが申し訳ないが、貰ってくれ」

「え、ほんとに? いいんですか?」

「もちろんだ」



 やった!

 トレアムさんから実をひとつ手に乗せてもらって思わず小躍りした俺。それをばっちりモントさんに見られてしまって、豪快に笑われたけど気にならない。嬉しいから。



 母屋に入って行ってしまった二人と別れて、貴族街に抜ける方の門から出た俺は、一路王宮を目指し、足を進めた。

 ここから先はどこに跳べば人気がないのかわからないから、安易に跳べないんだよね。あれかな。宰相の人の所に跳べば大丈夫かな。でも今日の用事は書庫だけだしなあ。それとも宰相の人も何か情報持ってたりするのかな。でもまあそれはまた今度。今日は書庫書庫。

 ようやく着いた入り口で通行証を見せて堂々と王宮に入り、書庫に向かう。書庫でも通行証を見せて、古代魔道語の部屋に通してもらった。外の書物も色々見てみたいけど、こっちが優先。

 何かあればいいなあ。



 背表紙をダーッと見てそれっぽい物がないか探す。前より読みやすい気がしたのは、きっと古代魔道語のレベルが上がったから。

 部屋の中を一周して、それっぽい題名の本は2冊ほどしかなかった。もしかして物語みたいな形で出てきたりもするのかな。それだったら調薬系の本だけじゃなくてもっと手広く読まないといけない。厳選した二冊を開くと、期待した内容じゃなくて、全然違うものが書かれていた。ってことで、手当たり次第にシフトチェンジ。

 しばらくの間、俺は読書に没頭した。







 速読フル回転で片っ端から本を読み、手に入れた知識は、魔大陸の物が多かった。

 目当ての蘇生薬が出てくるものはほぼなし。でもなぜか2%だけ成功率が上がっていた。どの本で増えたのかは全くわからない。

 ふぅ、と息を吐いて、今まで視線を落としていた本を閉じる。

 まだまだ読んでない蔵書はたくさんある。広くはない部屋とは言っても、やっぱりびっしりと詰まっている本の数はなかなかに多くて、一回の訪問ですべて読むことは無理なのはわかっていたけど。

 俺は本を棚に返して、伸びをした。背中が凝ってる気がするのは、集中して読んでたからかな。

 ふと時間を見ると、そろそろ夜中に差し掛かろうかという時間。

 一度ここを離れて、そろそろトレに帰ろうかな。



 書庫を出て、鎧を着た騎士さんたちが立つ廊下を歩いて王宮を出てきた俺は、王宮前の一本道の向こうから宰相の人がお供を連れて歩いてくるのを視界に入れてしまい、このタイミングの悪さに溜め息を呑み込むのだった。



 



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