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282、長老様とご挨拶
しおりを挟む「この蔦を引くと、エルフの門番さんが出てくるんだよ」
雄太がそう説明しながら目の前に垂れ下がった蔦を引いた。
瞬間、スッと音もなくエルフの人が現れた。
エミリさんやクラッシュと同じ、尖った耳をして、同じように整った顔をして、感情の乗らない顔で俺たちを見回した。
「あなたたちは……」
雄太の顔を見て、エルフの人が無表情を少しだけ崩した。
目を細めて口元を少しだけ持ち上げただけで、冷たかった雰囲気が一気に華やぐ。
「お久しぶりです。今日は俺の親友をここに連れて来たんだけど、里に入ってもいいですか?」
「親友ですか」
雄太の言葉に、エルフの人がこっちに目を向ける。口の形が戻っちゃったせいか、俺たちを品定めしてるように感じる。
「初めまして。マックと言います」
「どうも」
俺とヴィデロさんが頭を下げると、エルフの人は一度頷いて、里への道を作ってくれた。
サッと草が避けるんだよ。そこを通れってことだよな。面白い。
早速足を踏み入れた雄太たちの後をついて、俺とヴィデロさんもエルフの里に足を踏み入れた。
そこは、とても幻想的な里だった。
至る所に植えられている木は、まるで観賞用であるように綺麗な形に整えられている。
足元は玉砂利の様なものを敷き詰め、歩くための道だけは石が敷かれている。ポツポツと建ち並ぶ建物は全てが植物で出来ており、まるで日本の古い家屋を思わせる。
所々に見たこともない花が咲き、里の中を歩くエルフの人たちは皆、穏やかな顔つきをしている。
俺たちのことは歓迎してくれてるようで、すれ違う人たちは「よくここまでこれたね」「大変だったでしょう」と声をかけてくれた。
雰囲気もとても風流で歩いているだけでも目に楽しいんだけど、鑑定をかけながら道を歩くと、とても、とても……。
「高橋、ちょっとだけ、そこら辺の素材を」
調べたい手に入れたい禁断症状が……!
うずうずして、思わず足元の花に手を伸ばすと、雄太が「持ち出し禁止だぜ」と一言冷や水を浴びせてきた。
そうだった。そんなことを前に聞いた。
こ、こんなに沢山素敵素材があるのに……!
シッカリとサラさんのレシピ持ち込んだのに! 錬金釜だって、忘れずインベントリに突っ込んできたのに!
「ああああ、目の前にこんなに『雪森草』が咲いてるのに……! 持って帰れないのは辛い……!」
野生の雪森草の群草地を目の前に、俺は諦めないといけない辛さに悶えた。
その言葉に、ヴィデロさん以外の全員が驚いた顔をしていたのに、俺は気付かなかった。
その全員、の中にはもちろん道行くエルフの方々も含まれていて。
「あなた、その素材の名前がわかるの?」
「おい、この子は長老の所に連れて行った方がいいんじゃないか?」
「そうね」
その相談が耳に飛び込んできて、俺はハッとした。
「マック、その謎素材、何でわかるんだ? ハルポンさんだってどう頑張って鑑定してもわからなかったのに」
雄太に突っ込まれて、自分のやらかしたことに気付いた。
そっと雄太たちに、俺の副業、今はメインに持ってきてるけど、が『錬金術師』だと教えると、雄太たちはものすごく不審者を見るような目つきを俺に向けてきた。
「錬金術師? 何だその職業。初めて聞いたんだけど」
「クラッシュに変な釜を買わされてから、錬金術師になっちゃったんだ」
「なんだよその新興宗教の詐欺の手口みたいななり方。っつうか錬金術師ってどんなんなんだ?」
「釜に謎素材とかぶち込んでグルグル回すと何かが出来上がる的なやつ。素材がわかるのは、多分その職を持ってるから、じゃないかなあ」
わけわかんねえ、と雄太が唸る。そんな雄太を気遣ってか、ブレイブが雄太の肩をポンポンと叩いてから、含み笑いした。
「さっき使ってたあの目潰しも実は錬金した奴だろ」
「うん」
「道理で売ってもらえないわけだ」
なるほど納得、とブレイブが頷く。
唸っていた雄太がキリッと顔を上げて、じろりと俺を見た。
「何でそんな面白そうなことを隠しておくんだよ」
「言えないじゃん。錬金術師って、多分俺しかいないっぽいし。なんていうか、錬金釜って魔王出現にも関わってきてる重要な物みたいなんだよ。もし悪いことに使おうとしたらダメ、みたいな感じで。そこらへんは詳しくないけど」
必死で4人に説明していると「失礼します」と後ろから声が掛かった。
「もしよろしければ、皆さま長老様に会ってくださいませんか?」
さっき里に入れてくれた雄太の知り合いのエルフの人が頭を下げて来た。
皆様ってことは、雄太たちもってことかな。
チラッと雄太の方を振り返ると、雄太が「よし、行くぞ」となぜか気合いを入れていた。
案内と共に里の大通りを歩く。やっぱり景色はとても綺麗で、たまに舞う花弁が風流だった。
エルフの人は、ただ歩くだけじゃなくて、向こう側には畑があり、こちら側には店があると説明してくれる。ちょっとした里の事も色々と教えてくれて、道中はかなり充実していた。
何より、四季折々、という感じで歩くごとに変わっていく木の様子がまた楽しい。鑑定して回りたい。何とかして持って帰れないかな。
「マックちょっと挙動不審だぜ」
雄太に突っ込まれても仕方ないじゃん。宝の山なんだから!
里の居住区らしきところを抜け、林の間に出来ている道を進む。雄太たちはこの林の手前までしか進めなかったらしい。こんなところに道があるなんて知らなかったと言っていた。そのことについても、案内の人が目くらましの魔法をかけているんだと説明してくれた。長老様が奥に住んでいるからって。
なんとその長老様は、魔大陸がまだ魔大陸じゃないときから生きているんだって。ジャル・ガーさんと同じ歳くらいなんだろうか。
林を抜けると、とても大きな樹がそこに鎮座していた。樹齢何年なのか想像もつかない大きな樹の周りに、まるでそれを守るかのように細長い建物が建っていた。
一番下の階はまるっきり壁がなくて、大きな樹の幹を建物の外からも見ることができた。
なんかこの建物、この樹を守ってるのかな。
そして、その吹き抜けの部屋に、一人小さな人が座っていた。
その人が長老様らしい。
凄く柔らかい笑顔で、俺たちを迎えてくれた。すごく優しいおばあちゃん、って感じだ。まるで平安時代の女の人みたいに、髪の毛をとても長く伸ばしていた。洗うの大変そう。
長老様は、俺の顔を見て、一言。
「あら、とても懐かしい気を感じるわ」
懐かしいって、どういうことだろう。
首をかしげつつも長老様に挨拶すると、長老様はニコニコと「よく来てくれましたね」と俺達を歓迎してくれた。
立ったままお話しするのも大変でしょうから、と長老様は俺たちをその見晴らしの良い部屋に上げてくれた。
部屋に入ると、奥にある大樹の幹がさらによく見えた。でも今度は上の方が見えなくなる。
「あの子はこの世界の護りの樹よ。若い子なのだけれど、他の子たちはもうすっかり枯れてしまって、この子だけが残っているのよ。この子がいるおかげで、この地の地脈が正常に整えられているの。それの補助を私たちエルフが行っているのよ。あの林で、誰ひとり欠けることなくこの場所に案内出来て、とても嬉しく思います」
俺たちはまたも長老の言葉に首を傾げた。
連れて来てくれたエルフの人も縁側というか部屋の隅に座り、実は、と真実を明かしてくれた。
この大きな樹に害意のある者があの林を抜けようとすると、林が侵入を拒むかの様に攻撃してくるらしい。鋭い枝を剣や矢の代わりにして、命あるまま林を抜けることを阻止するんだとか。
それを聞いて、俺たちは少しだけ青くなった。この話を先に知ってたら怖気づいてここに来る道を通れなくてエルフの皆さんに余計な疑念を抱かせるところだったよ。
「ようこそいらっしゃい、エルフの里へ。あなたたちは私たちの仲間のエミリの知り合いね。特にあなた。とても強い結びつきを感じるわ。エミリの子をとても好いてくれてるのね。そちらのあなたも。嬉しいわ」
長老様が俺とヴィデロさんを交互に見て細めていた目をさらに細め、弧を描いた。本当に嬉しそうなその顔につられて、俺もついつい微笑んでしまう。
「クラッシュにはとてもよくしてもらってます。エミリさんにも。ここに来るように勧められたのも、エミリさんからなんです」
俺がそう言うと、長老様はあら、と口元を手で覆った。
「エミリったら、自分はなかなか里帰りをしないくせに、人様には勧めるのねえ。道中大変だったでしょう。でも、ここに無事辿り着けたということは、エミリの見る目は確かだったということね」
長老様はコロコロとひとしきり笑うと、スッと笑いを引っ込めた。
「あなたが、サラの錬金釜を持っている子ね。会ってみたかったわ」
「サラさんを知ってるんですか?」
長老様の言葉に、俺は食いついた。
錬金術師としてのサラさんのことも聞いてみたかったし、蘇生薬のことも聞いてみたい。
ドキドキしていると、長老様は「こちらが招いたのに何もお構いしないのは無礼よねえ」と言ってパチンと手を叩いた。
すぐにエルフの人が俺たちの前にお茶を持ってきてくれる。
「もしこんなおばあちゃんの話に飽きたら、里の方に遠慮なく遊びに行ってくれていいからねえ」
お花の形を模したねりきりのようなお菓子を差し出してくれながら、長老様が雄太たちを見回してそう言った。まさに話が聞きたくて来たから、飽きるなんてありえないよ。
いただきます、とお茶に手を伸ばして一口口に含む。
口の中にふわっと花の優しい香りが広がった。ほの甘いそのお茶は、まるで花そのものを食べているようなそんなお茶だった。
それぞれがお茶を堪能する。こんなお茶、初めて飲んだよ。すっごくふわっといい気分になる。
凄く美味しい。このお茶、里の方に売ってないかな。買いたい。
お菓子も、里に咲く花で作ったお菓子らしい。甘い中に少しだけ酸味が入っていて、何とも言えない美味しさだった。
これ、俺も作れないかな。すっごく可愛い。クラッシュとエミリさんに食べさせたいなあ。ヴィデロさんもこのお菓子を美味しそうに食べてるから、もし作り方がわかったら作って食べてもらおう。
そんなことを考えていると、長老様が俺たちの顔を見まわして、ニコニコと頷いていた。
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