これは報われない恋だ。

朝陽天満

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368、三度呪術屋、行きすぎでしょ

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 早速試し切りに行くというユキヒラと別れて、俺はトレの街に帰ってきた。

 錬金とかしたいけど、でも『禍物の知核』は一人では扱えないしなあ。もう一回師匠に助けを求めようかな。まだ『穢れた魔物の核』もあるし。

 それとも新しいレシピを作ってみようかな。そうだ、そうしよう。

 早速俺は新しいレシピの素材を確認し始めた。



「……あ、『幻惑キノコ』がない。トレの森では、こんなの見たことないよな」



 唸りながら、呪術屋から買った素材の本を取り出す。

 『幻惑キノコ』の書いてある場所を探して、そのページを開く。やっぱりこの本便利。



「ええと、セッテの北の方」

「何がセッテの北の方にあるんだって?」

「『幻惑きのこ』が……え、ヴィルさん?」



 独り言を呟いた瞬間、その独り言に質問が投げ付けられた。

 びっくりして顔を上げると、ヴィルさんが立っていた。

 よ、と爽やかに挨拶する顔は、いつ見てもイケメンでヴィデロさんにそっくりだった。



「何だその本。面白い。ちょっと見せてもらえないか?」

「いいですよ。これ、クワットロで手に入れたんですけど」

「へぇ。クワットロの街はそこまで堪能してなかったからな。今度行ってみるか……」



 ワクワクした顔つきで本を覗き込むヴィルさんに、どうぞと差し出す。



「あ、でも、ヴィデロさんに紹介してもらって初めて行けた場所なので、一人で行っても辿り着けないかも」

「じゃあ今度弟に案内してもらおう。報酬は……健吾の学生服の写メなんてどうだ?」

「俺が報酬?! 学生服だと余計に幼く見えちゃうじゃないですか……!」

「そこもまたいいだろ。きっと弟はどんな健吾の姿でも喜ぶよ。健吾もだろ」

「そうですけど……! そうなんですけど……! じゃあ、俺が連れてくのはどうですか?!」



 学生服を着た俺がとても幼いのは自覚してるよ。それをヴィデロさんに送るだなんて、ヴィルさん酷い!

 と悶えて思わずそう叫ぶと、ヴィルさんの顔がぱぁっと華やいだ。



「ほんとか?! じゃあ、あとで行こう! ぜひこういう物が売っている店に行ってみたい! よし、まずは弟に連絡して、そして」



 待て待て待て? 何でヴィデロさんに連絡を? と思って思わず止めたら、ヴィルさんはきょとんとして、「だって弟が情報源の店だろ? だったら弟も誘うのが筋だろ。それに俺と健吾が二人で出歩いたら、弟が嫉妬してしまうからな。嫌われたくないし」とさも当たり前のように言っていた。

 ヴィルさんはいい笑顔のまま工房から出ていって、そのヴィルさんを待っている間、俺は複合調薬をして時間を潰すことにした。

 っていうか俺、今日三度目の呪術屋決定? さすがにレガロさんに呆れられそうだよ……。





 『耐久値上昇薬ディフェンサーポーション』を30個ほど作ったところで、ヴィルさんが帰ってきた。後ろにヴィデロさんを伴っている。



「ただいま健吾。弟を拉致ってきたから、よかったら行こうか」

「拉致ってヴィルさん……楽しそうですね」



 ついついヴィデロさんにフラフラと引き寄せられながら思わず突っ込むと、ヴィルさんがウインクした。



「俺は弟の幸せそうな顔を見るのがすごく好きみたいなんだ。でもな、その顔を見れるのが、健吾と一緒にいる時だけなんだよ。残念ながら俺と二人の時はむすっとした顔しかしなくてね」



 ヴィルさんの言葉に顔を上げてヴィデロさんの顔を覗き込むと、ヴィデロさんはちょっとだけばつの悪そうな、照れてるようなそんな可愛い顔をしていた。こういう顔はヴィルさんの前でしかしないような気がする。ずるい。



「それは健吾もだけどな。仕事の時はそりゃもうキリッとしてそんなデレ顔は見せてくれないんだ。例外が、君の話題が出た時くらいか」



 今度は俺が照れ顔を見せる番だった。そうかな。そうかも。

 テレっとした顔を引き締めるように頬を手の平でぐりぐりすると、その手を抑えるようにヴィデロさんが俺の手を取った。そして頬にちゅ。好き。

 後ろの方でほらなっていう声が聞こえた気がしたけど気のせい気のせい。



 三人で、俺的には本日三回目となる呪術屋に出発した。と言っても魔法陣で一瞬。ほんと便利。でもヴィデロさんと二人で来るときは馬で来るのもいいよね。むしろそっちの方が。

 なんて思いながらドアをノックすると、中からレガロさんの「どうぞ」という声が聞こえた。

 ヴィルさんは店の外装を見て、「これはまた趣のある店だな」なんてすごく感心している。

 俺たちが店に入る後をついて来たヴィルさんは、中に入った瞬間にまたも「素晴らしい……」と声を上げていた。



「おや、さっき振りですねマック君。ヴィデロ君も、ようこそいらっしゃいました。そして、そちらは初めましてでしょうか、『デプスシーカー』」

「初めまして。ヴィデロの兄のヴィルです。単なる『探求者シーカー』なので、名前で呼んでもらえませんか」

「かしこまりました、ヴィル様。ここはクワットロ第二の雑貨店、『呪術屋』です。あなた様の弟君とは懇意にさせていただいております」



 レガロさんはすんなりとヴィルさんをヴィデロさんの兄と認めると、いつもの接客用の笑顔で一歩引いた。



「さて、ヴィル様。今日はどういったご用件でしょうか」

「どうもマックの持っていた素材の書を見た瞬間、ここに来たくてしょうがなくなってしまったんです。なので、目的という目的はないんですよ。強いていえば……弟の幸せそうな顔を見たかった、と言ったところでしょうか」



 冗談めかしてそう言うと、ヴィルさんはヴィデロさんに向かってウインクした。様になってるけど、ヴィデロさんはちょっとだけ呆れた様な顔をヴィルさんに向けている。

 弟のデートを邪魔する兄、っていうのを楽しんでそうだなあ。

 ヴィルさんは興味深げに店の中を見回すと、「ん?」と声を上げて「失礼」と言って店の奥の方に足を進めていった。

 そして、本が並んでいる棚の前に立つと、手を伸ばして一番上の本を手に取った。

 レガロさんに中を見てもいいか確認してから、開く。



「……これは、この世界の全体地図か……?」

「おや、よくお気づきですね。さすがです」



 ヴィルさんの呟きに、俺とヴィデロさんも驚いた。この世界の全体地図って、ここグランデ王国だけじゃない魔大陸も載っている地図ってことだよな。見たい!

 ワクワクしてヴィルさんに近付いていくと、ヴィルさんは俺たちに気付いたのか、ほら、とそのページを見せてくれた。

 確かに、この世界全体の地図が載っていた。

 ここグランデ王国は、世界全体の四分の一にも満たないそこまで大きくない大陸だった。そして、やっぱりというか、東端に位置していた。広い。魔大陸、広すぎる。これって、魔王はどこにいるんだろう。大陸のどこら辺にサラさんは眠ってるんだろう。ヴィルさんの手にある本を食い入るように見ていると、ヴィデロさんもじっとその地図を見て、ぽつりとつぶやいた。



「ジャル・ガーはどこら辺からこの大陸に逃げて来たんだろうな……」

「それだ!」



 ヴィデロさんの呟きに、ヴィルさんが喜色満面で声を上げた。



「呪術屋オーナー、この本を、売っては貰えないだろうか」

「かしこまりました。この本を手にするとはお目が高い。そうですね。お代は……あなたの持ちうることが出来る情報を二つほど」



 レガロさんがそう提案すると、ヴィルさんは少しだけ首を傾げた。



「持っている、ではなく、持ち得る、なんですね……難しいな。もしよければ、何かこの国の詳細な地図でも見せて貰えれば」

「かしこまりました」



 レガロさんはすぐさま、俺の持っている地図よりももう少しだけ東にずれている、ちゃんとコースト村の辺りまで入っている地図を取り出してきた。

 ヴィルさんはその地図をじっと見て、全体を眺めてから、小さくうなずいた。



「ここら辺と、ここら辺は行ってみたいと思います。今のところは、その二つ」



 ヴィルさんが指さしたのは、辺境のちょっと西側にある壁を越えた辺りと、セィ城下街のさらに南の所。地図には何も書かれていない場所だった。何かがあるのかな。



「ありがとうございます。十分な報酬です。では、その書をお持ちください。魔大陸のことが少しは詳しく載っていると思われます。ですが、あなたは魔大陸には……」

「一度だけ足を踏み入れたことがあります。ただし、現実ではなく、特別な力が加わって。そしてそこでは俺の力じゃ全く歯が立たないことも肌でわかりましたので、多分行くことはないと思います。ですが、大事な者たちがきっと足を踏み入れることになると思うので、対策の手助けでも」



 えっと、ヴィルさん、どこまで掴んでるんだろう。俺、ヴィルさんに魔大陸に行くなんて言ってないよね。赤片喰さんとかにも言ってないはずだし、何で知ってるんだろう。

 怪訝な顔をしていると、レガロさんが手を伸ばして、ぽん、とヴィデロさんの肩に手を乗せた。

 そして何事もなかったかのように手を退けて、いつものようにピシッと立った。



「お役に立つことを願っております。そして、『デプスシーカー』、あなたは、何が起こっても、受け入れ、迅速に対応して下さい。それを期待しております」



 レガロさん特有の何を考えているのか全く分からない笑顔でそう締めくくったレガロさんに、ヴィルさんは爽やかな笑顔で「できる限りは」と答えていた。

 もう少し店を見たいというヴィルさんの願いで、俺とヴィデロさんは少しだけ奥のスペースで待つことになった。今日ここに座るの三度目だよ。流石に来すぎだよね。ごめんなさい。

 心の中で謝っていると、レガロさんが飲み物を用意してくれた。すっかり喫茶店みたいな気分だよ。美味しいからいただくけど。この飲み物、対価を払った方がいいのかな。



「マック君、少しだけ、「祈り」を唱えてもらってもいいですか?」



 対価のことを考えた瞬間の言葉だった。

 対価代わりの「祈り」かな。

 俺は快諾して、手を組んだ。

 ヴィルさんが楽しそうに店の中を歩いている中、俺の祝詞の声が響く。

 お茶がキラキラ輝いたから、きっとレガロさんは水魔法の水を使ってお茶を淹れたんだね。聖水茶いっちょ上がり。



「マック君、聖剣の件なのですが。少しよろしいでしょうか」

「あ、はい」



 祈りが終わると、レガロさんは少しだけ声を潜めてそう訊いてきた。

 なんだろう、とドキッとする。何か不備でもあったのかな。



「マック君も、一本持っておくことをお奨めしておきます。素材の形を変え、「聖なる剣」「滅なる石」の二つが手に入ったら、ここに持ってきてください。いらないというのであればいいのですが、もしよろしかったら、聖剣を一本。身を守るとても素晴らしい武器ですから」



 それはもしかして、俺の持ってる短剣と『滅呪の輝石』を組み合わせて聖なる短剣を作れってことかな。確かに闇系の魔物にはすごくいいかもしれないけど、あれ、攻撃用じゃないんだよな。

 考えつつも、曖昧に頷いておく。だってまだ『滅呪の輝石』作ってないし。ヴィデロさん、作るの手伝ってくれるかな。そしたら張り切って作るんだけど。絶対に一人じゃ無理だってのはわかってるから。

 俺のそんな変な頷きにも、レガロさんは満足げに笑みを深くした。



 
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