これは報われない恋だ。

朝陽天満

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397、「飛翔」本領発揮

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 クラッシュにはだいたいの場所を教えていたので、ほぼ正確に俺が指し示した地図の場所近くに跳んだ、らしい。

 セィの南と言っても、大陸ギリギリの位置なせいか、プレイヤーも現地の人も誰も周りにはいない。見渡す限りの岩肌。森はすっかりなくなっているし、初めて足を踏み入れる場所なので、マップでは周りはどうなっているのか全くわからない。自分の足で歩いてきたなら、その道はマップに載るんだけど、ショートカットしたしね。

 わかるのは、そこらへんに歩いている魔物がセィの魔物より格段に強いってことだけだった。早速魔物が出てきた瞬間戦闘組が嬉々として飛び出していったから、そこまで強さはわからなかったけど、感知の感覚が普通にボス並みだった。



 ヴィルさんが「ここが気になる」と指し示した場所は、セィ城下街のずっと南に行った、地図によるとそこだけ出っ張った地形の海に面したギリギリの場所。

 今の所周りには海のような物は見当たらない。

 でも、目の前には崖があった。崖の向こう側は霧が発生していて見えず、その崖も下は全く見えず、ただ風の音がまるで魔物が吼えているように聞こえて来るばかり。

 場所が間違っているのかと思うと、ヴィルさんは間違ってはいないと言う。



「地図上だとなんとなくしか気にならなかったが……多分、何かあるのは崖の下だ」

「崖の下……どうやって行けばいいんだ崖の下なんて」



 ヴィルさんの言葉に、全員一斉に崖下を覗き込む。うん、崖が深すぎて下が暗い。高所恐怖症だったらこれだけで何かがガリガリ削られる高さだよ。



「……岩を伝ってとか、降りられる気がしない……」



 俺が呟くと、横でヴィデロさんが「前みたいに支えてやろうか?」と笑った。

 二人で真っ逆さまとか笑えないんだけど。



「俺が二人連れてくとして、海里とブレイブも二人、ユイは……ミネさんをよろしくな」



 飛翔を使える雄太たちが、何事もなくそんなことを決めていく。さっさと決めてしまったのは、ユイに男を運ばせないため、らしい。さすが雄太。でも海里はいいのかな、とふとハルポンさんを見ると、ハルポンさんは複雑な顔をしていた。そっか。ハルポンさんも増田の姿を知ってるんだった。そしてブレイブの姿も。複雑だろうなあ。海里に運んでもらうにしてもブレイブに運んでもらうにしても。



「じゃあ私がヴィルさんを抱えて最初に飛ぶね。もう一人は、誰がいいかな。乙さん? 抱えられながら弓って使える?」



 海里にそんなことを提案されて、乙さんが「もちろん! 海里ちゃんに運んでもらえるなんて光栄!」と喜んでいた。ハルポンさんは真実を教えていないらしい。平和だ。ブレイブに射殺されそうになってるけど大丈夫かな?

 ハルポンさんはそっと雄太の近くに移動していた。そして、「よろしく」と声をかけていた。かくして、雄太の両脇にはハルポンさんと長光さん、海里の両脇にはヴィルさんと乙さん、ブレイブの両脇にはムコウダさんと俺と一緒に上で待つとちょっとごねたヴィデロさん、そしてユイとミネさんが寄り添った。

 一斉に崖に飛び出していく。

 飛翔って便利。なんだかんだで雄太も飛翔のレベル上げてるみたいだな。



 定員オーバーで残されてしまった俺とクラッシュは、ポツンと崖上から飛び出していった皆を見送るほかなかった。

 どうして俺たちが残ったかというと、消去法というかなんというか、腕の両脇で俺とヴィデロさんがイチャイチャするのが嫌だから先に片方連れて行ってしまえという雄太の確固たる意志だった。

 俺としてはヴィデロさんが無事下に着くならどっちでもいいんだけど。クラッシュも最近はかなりエミリさんの実力に近付いてきたとか本人が言ってるし。それってちょっと強すぎるよクラッシュ。だから俺一人くらいなら余裕で護れるそうだ。

 それに、ここが重要なんだけど、崖の下に何か大物がいそうな気配がするんだよね。それは結構皆感じていて、ヴィデロさんもそのせいでごねるのをちょっとで済ませたらしい。1人が俺たちを迎えに来る間に、魔物を倒しておくんだって。





「飛翔かあ。ああいうの便利そうだね。ねえマック、魔法陣の飛べるようなやつないの?」

「俺は知らない。基本のに入ってるかな。全部をちゃんと見た事はないんだ。最初の方で手いっぱいだったから」

「じゃあ探してみようよ」



 二人で岩に座り込み、魔法陣魔法の本を取り出す。

 頭を寄せてページを繰っていると、途中で中心に『浮遊』という言葉が入った魔法陣を見つけた。途中二つほど補助言語が入ってたけど、あとは真っ白。これを完成させれば俺たちも飛べるかも。



「浮遊かあ。このままだと浮くだけだよね。自由に動けないとだから、『自在』『魔力制御』『消費減少』は入れて……あとは、うーん……クラッシュ、古代魔道語で『重力』とかってどう表すの?」

「『重力』はこんな文字。魔法陣構築って面白いね。俺、そのままセイジさんに教えて貰ってたから、構築ってほとんどしたことないんだ。じゃあさ、風系の言葉も入れてみようよ。『追い風』とか。それと『速度制御』『スピードアップ』『抵抗減少』とか?」

「クラッシュの今の言葉全部速度上げるやつじゃん。飛んでて速度上がるとか、死に戻る未来しか見えない」

「だからこその『速度制御』でしょ。ブレーキつければいいじゃん」

「それよりも魔力をどうやって抑えるかとかそっちの方も考えないと、俺すぐ魔力切れで墜落するよ」

「あ、じゃあ『魔力節約』と制御を合わせれば、スピード出さないときは魔力抑えられるんじゃない?」

「もとよりスピード出す気はないよ!」



 クラッシュの頭の中では、空を飛ぶ魔物の姿が浮かんでいるらしい。どうしてもあの風を切って飛ぶ鳥型魔物みたいに飛びたいらしく、すごくワクワクした顔をしていた。 

 そりゃクラッシュは魔力がすっごく膨大になったからどんな感じにでもできるけど。俺は限られてるんだよ。



「とりあえず一回描いてみようよ」



 言うが早いか、クラッシュは立ち上がってすぐさま魔法陣を描いた。

 ふわ……、とクラッシュの身体が浮き上がったので、成功か! と喜んだのもつかの間、クラッシュは眉をハの字にして「失敗だ」と地面に降り立った。



「なんかね、移動できない。そうだよね。魔法陣に移動関係全然入れてなかったもんね。移動できなきゃスピード出す文字いくら入れても跳べるわけないよね」

「『自在』っていうのは?」

「多分、思うままに「浮く」ってなっちゃったんだと思う。浮かんだから」



 難しいね、と二人で頭を悩ませて、中心近くに『移動自在』『制御自在』を入れてみた。

 今度は俺が試し描き。

 魔法陣を描いた瞬間、足がふわっと浮いた。地面がないせいかすごく不安定な感じが何とも気持ち悪い。

 それに、魔法陣を描き上げた時点ではそこまでMPが減らなかったものの、動いてみた瞬間ぐいぐいMPが減り始めた。これじゃとてもじゃないけど崖下まで飛べないよ。

 溜め息を吐いて足を地面に下ろす。魔導書は当たり前だけど、今の魔法陣では合格にはならなかった。まだまだ改良の余地ありだよ。

 諦めて雄太がもう一度迎えに来るのを待とう、と本をインベントリにしまったところで、クラッシュに腕を取られた。



「じゃあ今ので降りようか」

「確かに飛べたけど、俺が飛んでられるのはせいぜい1分ってところだよ! 無理!」

「大丈夫。俺の魔力に物言わせて一気に降りよう。そして今度二人でもっと効率よく飛べるよう研究しよう。楽しいから!」



 満面の笑みで、俺が止める間もなく魔法陣を描いたクラッシュは、そのままふわりと浮いたかと思うと、崖下に俺と共に飛んだ。

 その際俺の口から飛び出した悲鳴は、きっと崖中に反射して響いたと思う。恥ずかしい。



 クラッシュに支えられて飛翔よりはゆっくりと降りていくと、下から海里が迎えに来てくれて、宙で合流した。魔物は一瞬で光となって消えたと、海里は満面の笑みで話してくれた。



「ところでなんで飛んでるの?」

「魔法陣魔法でちょっと」

「じゃあ、私はいらないかな?」

「そんなことないよ。マックを受け取ってくれる? 試してみたいことがあるんだ」



 クラッシュが無造作に俺を海里に向かってポイっと放り、海里は難なく俺を受け取った。

 っていうか足元がない状態でそんなことしないでくれ!

 高所恐怖症じゃなくても肝が冷えるんだよ!

 落ちたらキラキラ死に戻り決定じゃん!



 真っ青になって海里の腕に収まった俺を見届けると、クラッシュは態勢を変えて、「ちょっと制御試してくる!」といきなりスピードを上げて下に突っ込んでいった。



「うわあ……さすが店主さん。度胸が凄いね」

「……海里は真似するなよ」

「今はね」



 比較的ゆっくりと海里と降りて、無事皆と合流出来た俺は、地面に足が着く安堵感に思わず盛大な溜め息を吐いた。宙で放り投げられたの、トラウマになりそう……。

 そんな俺の心を抉った張本人は、鳥の魔物のようなスピードで自在に宙を飛んでいた。



「すごいけどこれ、魔力食うね」



 俺の近くに降りてきて満面の笑みでそんなことを言うクラッシュに、俺は無言でこめかみぐりぐり攻撃を仕掛けたのだった。







 崖の下に聳え立っていたのは、大きな岩の亀裂だった。多分ダンジョン。

 中から魔素的な物がじわじわと感じられる気がする。



「こんなところにダンジョンなんてあったんだな」

「色々あるらしいよ。たまにいきなり現れるダンジョンとかも稀だけどあるみたいだし。でもここは……長年放置された物っぽいね」

「この崖の先は海しかないと俺たちは教わってきたからな」

「だよね。崖の下にこんなところがあるなんて誰も思わないよね。すっかり海だと思ってたもん俺も」

「ってことは、海はさらにそっちの岩の向こうになるのか?」

「そうだね。ちょっと見てこようか?」



 ヴィデロさんとクラッシュの会話を聞いて、さっきの所がこの大陸の端っこだと思われていたんだと知った俺。

でも後ろ側にも壁はあるから、あの霧の中にはもう少し地面があるってことかな。

 でもそんな端っこと思われる場所に躊躇いなく突っ込んでいく俺たちは、ここの住人であるヴィデロさんとクラッシュにはどんな風に映ってるのかな。

 呑気に「入るぞー!」なんて掛け声をかけている辺境組を見ながら、俺はどんなことがあってもヴィデロさんだけは守ろうと拳を握った。





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