これは報われない恋だ。

朝陽天満

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433、好きすぎるゆえにすれ違い

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 少し経ってから、トレアムさんと輪廻が戻ってきた。

 二人の両手には俺の注文品が山ほどある。

 バターはかなり大きな塊を二つほども持ってきてくれたので、ありがたく購入させてもらった。



「相変わらずいい香り。これでふわふわドーナツ作ったら、絶対に美味しいよ」



 バターの香りを嗅いで、思わずそう呟くと、トレアムさんが「ふわふわドーナツ……」と呟いた。

 その顔を見ていた輪廻が、首を傾げた。



「トレアムさんふわふわドーナツってのが好きなのか?」

「ああ、いや、小さいころにそんなお菓子を母親に作ってもらったことがあったな、と」



 懐かしいな、と目を細めるトレアムさんを見て、輪廻がこっちを向いた。



「なあマック、そのふわふわドーナツ、作り方教えてくれるか? ちょっと食べてみたい。な、トレアムさん」

「そうだな」



 輪廻の目がキラキラとしている気がする。

 なんか、トレアムさんに食べさせたいって言ってるように聞こえるのは気のせいかな。 

 もちろん否やはないので、俺はトレアムさんのキッチンを借りることにして、この場でふわふわドーナツを作ることになった。多めに作ってヒイロさんに持って行ってあげよう。さっき欲しいって言ってたし。





 俺は、購入したバターをさっそく取り出して、材料を並べていった。

 手順を説明しながら、実践していく。

 そんなに難しくないので、油を熱して沢山揚げていくと、山のようなふわふわドーナツが出来上がった。

 しかもトレアムさんの所のバターを使ったせいか、すごく香りがいい。ほこほこと膨らんだドーナツを一つ手に取って、パクっと食べてみると、ふわっと花の香りが口に広がった。うん。最高。

 半分はインベントリにしまって、半分を皿に山盛りにする。



「やっぱりこれ、ジャムを付けるとまた違った美味しさがあるかも。後でジャムを作ろう」



 どうぞと二人にドーナツを差しだしながら、そんなことを呟くと、トレアムさんが「ジャムならうちで取り扱ってるぞ」と瓶を数個持ってきてくれた。

 ここで取り扱っている果実すべてのジャムが出てきて、思わず歓声を上げる。

 全てをありがたく買い取らせてもらってから、おもむろにアランネのジャムの瓶を開けた。これ、ちょっとだけ酸味が付くのもワンポイントで最高だと思うんだ。



「わ、なにこれ、うっま!」

「ああ、懐かしいな」



 二人も早速ふわふわドーナツに噛みついていた。輪廻が目を丸くして、トレアムさんが目を細めて、何もつけてないノーマルふわふわドーナツを味わっている。

 喜んでもらえて何よりだよ。



「美味いな。マックの作った物の方が俺の母親の作ったこれより数倍美味い」

「そうなんですか。トレアムさんの料理は絶品だから、絶対にトレアムさんのお母さんも料理が上手そうなんですけど」

「うちの母はとても不器用だったな。父がいつでも食事の用意をしていたので、あまり包丁を持ったのを見た事がなかった。そんな母が一つだけ作れたのが、こういうお菓子だった。形は不揃いで、揚げ上がりの色もバラバラだったし、揚げすぎて硬くなったり揚げ時間が足りなくて中身に火が通らなかったりも当たり前だったが、不思議と嫌いにはなれなかった。俺が美味しいと食べると母が嬉しそうに笑っていたから、それが俺も嬉しくてな」



 しんみりと思い出を話すトレアムさんの声に、俺と輪廻は耳を傾けた。

 ご両親は既に他界しているらしく、一人でこういうものを作ることなんて普段はしないからたまにはいいもんだな、とトレアムさんは苦笑した。



「悪いな、しんみりさせてしまったか」

「……」



 輪廻がぐっと唇を噛んで、トレアムさんの服をギュッと握る。

 俺が、と口が動いた気がしたけれど、そのあともう一度唇を噛みしめた輪廻は、その後の言葉を何とか呑み込んだみたいだった。

 トレアムさんはそんな輪廻のことを見下ろして、そっと噛み締めている唇に指を這わせた。



「そんなに噛んだら歯形が付くぞ」

「……」

「輪廻」

「……」

「輪廻」



 優しく囁くように名前を呼ぶトレアムさんに降参したかのように、輪廻が噛み締めるのを止めた。

 そして、俺を見て、トレアムさんを見上げて、「も、無理」と呟いた。



「無理。ダメ、そんな風に声かけられただけで、なんか心臓潰れそう。ずっと一緒になんていれないから無理って言ったじゃん」

「ずっとじゃなくてもいいって言っただろ。輪廻がここにいれる時だけでいいんだ。その時だけ、俺といてくれればそれでいいんだ」

「だって、そんなの」

「それでも、輪廻が自分の世界に帰っているときは、輪廻の身体がここにあるんだろ。そうしたら、ここに、帰って来るじゃないか。それでいいから、俺と一緒になってくれ」

「俺はずっと一緒にいたいの! だから、俺が辛いの! わかってくれよ……」

「それは、俺も同じ気持ちだ。でも、輪廻がずっとこっちにいれないなら、せめて、その輪廻の人生のほんの少しの時間は俺も関わっていたい。少しでいいんだ。少しだけ、輪廻の時間を貰えるなら、それで俺は幸せだから」

「だから、俺が良くないんだっての! マックの前で何言ってんだよ……っ」



 顔を手で覆った輪廻の頭を抱え込むようにして、トレアムさんが輪廻を抱きしめた。輪廻は抗うことをせずに、されるがままでじっとしている。

 お互い好きだからこそのすれ違いに、俺は何も言えなかった。

 話し合って妥協点を、なんていうのは簡単だけど、気持ちってそう上手く行かないんだよな。

 俺はそっと席を立って、トレアムさんに「帰ります」と口だけで伝えた。

 トレアムさんが頷いたのを見て、俺はその場で魔法陣を発動させた。







 モントさんの畑に転移した俺は、逃げ出すように出てきたのを少しだけ後ろめたく思いながら、モントさんの母屋のドアをノックした。









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