これは報われない恋だ。

朝陽天満

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484、がんばれ日暮さん

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 ブロッサムさん率いる門番さんたちは、無事門に帰ってくることが出来た。

 俺はロイさんたちと共に門の所で待っていた。

 ロイさんは皆を見た瞬間怒った顔を浮かべて、「心配させるんじゃねえよ!」と怒鳴っていた。



 だってそれはもうすごく心配してたから。工房から門に向かった俺の姿を見た瞬間、門の所に立っていたロイさんがすごいスピードで駆け寄ってきたくらいだもん。



「どうしてマック一人がこっちから……! まさか……!」



 ロイさんは皆が魔物にやられて俺も死に戻って街に戻ってきたと思ったらしい。すごい形相だった。



「違うよ、ごめんなさい。連絡が遅くなって。ヴィデロさんたちは全員無事だったよ。怪我一つないから安心して。俺は別ルートで一人送ってきただけ。森の方から全員一緒に帰ってくるから、出迎えに来たんだ」

「……そうかあ、良かった……」



 俺の報告を聞いて、ロイさんは安堵の息を吐いて、大通りの真ん中にしゃがみ込んだくらいだ。

 連絡遅れて本当にごめんなさいって誠心誠意謝ったよ。





 見回りに出ていた皆を次々労うと、ロイさんはブロッサムさんの手に自分の拳をこつんとぶつけた。



「お疲れさん」

「いや、今回はマックがいなかったら絶対に見つけるこたあ出来なかったし、あいつらも戻ってくることが出来なかったと思う。マックをねぎらって欲しい」

「マジか。俺さっき怒鳴っちまった。マック、ごめんな」

「だから、連絡が遅れた俺が悪かったんだってば」



 反対にロイさんに謝られて、恐縮する。

 マックも来いよと誘われて詰所の中に入ると、調理場の中からミンスさんの「お疲れさん」という声が飛んできた。



「時間くって腹減っただろ。すぐ食うか?」



 穏やかな声に迎え入れられて、俺たちは食堂の椅子に座った。俺もいいのかな。

 ヴィデロさんを見上げると、ヴィデロさんが「マックも夜飯食べてないだろ」と頷いてくれた。

 目の前に出てきた食事を一口食べて、前よりも劇的な味の違いにちょっと目を見開く。

 ミンスさんの方を向くと、丁度目が合って、ミンスさんが肩を竦めた。



「団長が予算をぶん取ってきてくれてね。もう少しましな料理を皆に食べさせられるようになったんだ。マックのおかげだって聞いたよ。ありがとう。あと、今度もう一人ここに人が入ることになるらしいから今から楽しみなんだ」

「それはよかったです。俺は何もしてないですよ。辺境の勇者と王女様が動いたからです」

「うわあ……すごい人たちが動いたんだね」



 俺たちの会話に、美味しそうにご飯を食べていた人たちが一斉に驚いた顔をして手を止めていた。



「ここだけじゃなくて、辺境もだったのか……そりゃ、やべえな……」

「何考えてるんだか、中央は」

「あそこは魔物の被害がほぼないから仕方ねえんじゃねえの?」

「でもなあ」



 そっか、辺境まで待遇が悪かったってことに驚いてたのか。

 確かに、こことは段違いに魔物が強いもんなあ。俺瞬殺されるだろうし。ヴィデロさんは一撃で倒せるけど。

 魔物と戦って余裕で勝つヴィデロさんを思い出して、思わず顔を緩める。



「もう大丈夫だっていうからさ、食べちまえよ。おかわりもあるからな。早い者勝ちだけど」



 ミンスさんの言葉で、皆ハッとなって食べることを再開した。上手い。

 すぐさま空になった皿をミンスさんに差し出しに行くのを見送って、俺も美味しい食事を再開した。

 ヴィデロさんは明日は門に立つらしくて、俺一人が工房に戻ることになった。

 婚姻の儀を挙げたっていっても、あんまり変わってないのが悲しい。でも俺がログインできるのは夕方から夜だけだから、その間のヴィデロさんの食事が出るここの方がいいんだよなあ。

 真夜中の道を二人で歩きながら、俺は繋いだヴィデロさんの手をギュッと握った。

 手のひらの温度があったかくて、思わず本音が漏れる。



「新婚ラブラブしたい……」

「ははは。そうだな」



 ヴィデロさんはおかしそうに声を出して笑った。

 その顔大好き。俺がそんな顔をさせてるのかと思うと、すごく誇らしいし幸せだ。

 まだまだ活動中のプレイヤーの間を縫って歩く俺たちの道中は、ヴィデロさんの笑顔のおかげですごく幸せいっぱいだった。



 工房に着くと、ヴィデロさんが珍しく隣の建物を見上げた。

 そして「あいつはこの世界にいるのか?」なんて訊いてくる。

 フレンドリストを見ると、ヴィルさんの名前は灰色を示していた。



「いないみたい。ヴィルさんに会いたかったの?」

「ああ。マックの言っていたジャル・ガーの腕を壊した奴らの事、あいつに言うのが一番早い様な気がして」

「あ、確かに。俺あとで連絡取ってみるね」

「そうしてくれ。消える前にマックに何かしないとも限らないのが心配で」

「大丈夫だよ。俺、かなり強くなったからさ。ここら辺でレベル上げしてるような奴らには負けないよ」



 安心させるようにドヤ顔でそういうと、ヴィデロさんはじっと俺を見下ろして、でも心配そうに俺を抱き締めた。



「ひとり一人だったらそうかもしれない。でも一人対多人数の場合は、どれだけ一人が強くても、苦戦を強いられることもあるんだ。それが心配で。マックが高橋たちと行動を共にしてるんだったらまだよかったんだが」

「あっちはあっちでレベル上げで忙しいんじゃないかな。もし囲まれそうになったらちゃんと逃げるから」

「そうだな……」



 ちゅ、と軽いキスをして、ヴィデロさんは帰って行った。

 幸いだったのは、ヴィデロさんが一緒の時に会ったわけじゃないってことかな。っていうか丁度居合わせてたまたまお酒を売ったってだけで絡んでくるのかな。さすがにそこまではしないって思いたい。

 スノウグラスさんにもらった超いい素材を倉庫のインベントリにしまいながら、俺は無意識に溜め息を吐いていた。

 一人になると思い出す、ジャル・ガーさんの落ちた腕。そこからオランさんの並べられたバラバラ石像が頭をよぎって、復活した瞬間のあの光景を思い出しそうになる。

 頭を振って浮かんできそうな光景を振り払った俺は、おとなしくベッドに向かってログアウトすることにした。





 ログアウトすると、もう深夜だけど、と一応今日あったことをヴィルさんにメッセージとして送ってみた。

 こんな時間にごめんなさい、と思って送信すると、すぐに携帯端末が着信を知らせる音楽を鳴らした。



『夜分にごめんな。さっきのメッセージを読んだよ。大変だったな』

「ヴィルさん……」

『今運営にも連絡を取って、日暮が相手の行動を調べて、然るべき処分を下すそうだ。もう通報はしていたんだろ。健吾とは違うIDのユーザーから全く同じ内容の通報が入っていたから、すぐに動いたみたいだよ』

「ありがとうございます。ヴィデロさんが、ヴィルさんに一応言っておいた方がいいって助言してくれたから」

『え、弟が……? そうか。わかった。頼りにしてくれていい』

「はい。いつでも頼りにしてます」



 妙に弾んだ声になったヴィルさんとの通話を切って、俺はようやくホッと安堵の息を吐いた。





 次の日、バイトでヴィルさんの所に行くと、日暮さんが来ていた。

 なんでも、あの事件が起きた時の状況を教えて欲しかったらしい。

 あのパーティーを言いくるめて短期でパーティーに潜り込んだらしく、これから素行調査をするらしい。

 5人のうち3人が中学生だったらしくて、すぐに垢BANするのは難しいらしいんだ。しかも壊したのはその三人の中学生。一応二人の大人メンバーは軽くだけど止めはしたらしい。だから、もしかしたらすぐに垢BANは難しいって言ってた。でも二度とあの石室には入れないんじゃないかな。他の所で何かしでかさないといいけど。

 軽くADOのルールを教えないといけないらしくて、まだ一度も一緒に行動してないらしいのに、もううんざりした顔をしていた。「運営メンバー辞めたいって思うのはこういう時だよ」なんてぼやいてたから、きっと純粋にADOを楽しむことは、もう日暮さんには出来ないのかもしれない。運営怖い。俺は絶対に運営にはならない。

 哀れな顔した日暮さんは、話ついでにご飯を食べて帰る気満々だったらしく、一番に席に着いていた。沢山大鍋にシチューを作ったからいくらでも大丈夫だけどね。特別に野菜たっぷりだよ。白菜が蕩けて美味しそう。





 次の日学校に行くと、増田が例のけんたろさんが書き込みした掲示板を携帯端末で見せてくれた。

 俺は一度も見たことない掲示板だったけど、すごく沢山の書き込みがしてあった。



「これ、『ある有名薬師が遭遇』って、郷野だろ?」



 なんてズバリ聞かれたけど、何でわかるんだ。

 驚いていると、雄太も「気付くに決まってんだろ」と突っ込みを入れてくれた。

 コメントを読んでいくと、丁度一人で石室の中にいた時のこともちゃんと書き込みされていて、無礼な三人が集まったやつらに剣を向けた途端頭上にHPバーが出てきたから、その場にいた人がやっつけたらしい。残りの二人は呆れたように見ていただけとか。ちゃんと教育しろよと突っ込んだら、その二人はただ単に成り行きでパーティーを組んだだけで、教育する義務はないとかしれっと答えたんだとか。

 ああ、日暮さんがうんざりした顔をしたのわかった。こんな人たちと一時期でも一緒に行動するなんて、確かに嫌だ。しかも日暮さんはちゃんと常識を教えないといけないとか。それでもダメな場合は警告して垢BANだとか言ってたから、苦労が偲ばれるよ。頑張れ、日暮さん。





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