これは報われない恋だ。

朝陽天満

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542、ボス戦

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「セイジさん」



 俺が呼びかけると、セイジさんはボス部屋からこっちに視線を移した。



「蘇生薬、出来ました」



 一言だけ伝える。

 セイジさんはその一言に目を見開くと、何かを言おうと口を開き、言葉にならずにまた口を閉じた。

 そして少しの沈黙の後、「そっか」とポツリと零した。



「後は、俺の用意だけか」



 ギュッと口を引き結び、心なしか視線をきつくしたセイジさんを黙って見ていると、近くでその会話を聞いていたクラッシュが一歩前に出た。



「セイジさん。さっさとこの奥にいるやつ倒しちゃいましょ」



 セイジさんの腕を取って、ぐいぐいと進んでいく。

 そんなクラッシュの顔は、何かを決意したようにまっすぐ前を向いていた。





 ボス部屋に入ると、そこには巨大な蛇がいた。

 鱗は黒く、とぐろを巻いたその身体は、広い部屋がとても狭く感じるくらいに長く大きかった。

 その長い身体に刻まれているオレンジ色の模様は、薄暗い洞窟内でも禍々しく光っていた。

 淡い光を放つ瞳は、縦に細い瞳孔をしっかりと俺たちに定め、いつでも攻撃可能な状態みたいだった。

 え、このボス部屋、逃げ場とか攻撃当たらない場所なくない?

 もしこの蛇が尻尾とか頭でぐるっと払った場合、部屋の隅まで絶対に届くよこれ。

 皆の顔も引き締まる。

 リザが舌を出してシャーと威嚇してるのがちょっとだけ和むけど。

 先手必勝とばかりに、陽炎さんとヴィデロさんが飛び出していく。

 クラッシュの剣には白い光がまとわりついている。

 この部屋で『感覚機能破壊薬』を使ったとして、魔物が暴れたら巻き込まれるのは必至だから、俺は一番効果の高いアイテムを封印しないとだめっぽい。くそう。バッドステータスは助かるのに。

 セイジさんの手から魔法陣が飛んでいき、魔物の鱗に弾かれる。

 魔法使いさんがド派手な雷を魔物に落としても、魔物は微動だにせず、HPゲージ減少は微々たるもの。

 前衛が切りかかると、シュルシュルと身体を動かして躱し、そのまま前衛を抱え込むように包囲網を展開する魔物は、エリモさんをまんまと尻尾の中に収めて締め付け始めた。



「うわわ……っ、逃げられねえ……!」



 手に持った剣で鱗をザクザクしても、痛みを感じてないのか全然締め付けは緩まないらしい。

 エリモさんを逃がすべく陽炎さんとヴィデロさんとクラッシュが胴体に剣を走らせるけれど、エリモさんは捕まったまま。

 俺も聖魔法の回復魔法を飛ばして、減っていくエリモさんのHP回復に努めていると、蛇の間からリザがちょろっと出てきて魔物の身体を移動していった。



「リザ!」



 ぎゅうぎゅうと締め付けられながら、エリモさんがリザを呼ぶ。

 リザは素早い動きで魔物の頭の上まで移動すると、口をもごもご動かした。

 そして、真下の魔物の顔に向けて、光の球の様な何かをペッと吐き出した。

 初めて魔物が苦しそうに身を捩る。

 咆哮を上げながらリザを振り落とそうと頭を振り回し始め、疎かになった締め付けから、エリモさんはようやく抜けることが出来た。



「あ、弱点は眉間にある模様の所か」



 クラッシュが今気づいたように声を上げる。



「ってどうやってあそこに攻撃しろって言うんだよ」



 自分たちの頭上よりもはるか上にある魔物の頭は、今はヘッドバンキングでもしそうなぐらいにぶんぶん振られている。

 呆然と陽炎さんが呟いた瞬間、魔物の頭から白い物がヒューっと飛んだ。振り落とされてしまったリザだ。

 それを見たエリモさんが慌てて走り、リザをみごとキャッチした。

 クラッシュは剣を握り直し、魔法陣を描いた。

 途端にクラッシュの身体が宙に浮く。宙を飛ぶ魔法陣を描いたらしい。

 それを見ていたセイジさんが口笛を吹き、同じように魔法陣を展開した。

 途端に身体がフワッと宙に浮く。

 全員に空中に浮く魔法陣を飛ばしたらしい。



「さ、空中戦の始まりだな」







 俺は後ろの方でふよふよ浮きながら、ひたすら聖魔法を唱え続けた。

 前衛の人たちは、すでに空中戦闘をマスターしたかの如く自由自在に動いて、魔物の攻撃を難なく躱しつつ、ひたすら攻撃している。

 リザも宙に浮きながら、短い足をじたばたさせつつ、さっきと同じものを次々口から飛ばしている。多分アレ、何かの攻撃魔法だと思う。魔法使えるんだ。すごいな。

 ヴィデロさんは、壁を蹴ることで強引に方向転換をしては、その勢いで魔物に攻撃を加えていた。多分一番HPを削れてるのがヴィデロさんだと思う。動くスピードも速いし、周りとの連携もばっちりですごくかっこいい。

 見惚れそうになるのを叱咤しながら、俺は減ったMPを急いで補充した。



 クラッシュが弱点を見抜いたものの、魔物も自由自在に身体を動かすため、その弱点に攻撃を加えるのはかなり難易度が高かった。

 それでもこっちも自由に動けるようになった分、反撃は食わなくなったし、どこにでも攻撃できるようになったことから、戦闘は終始俺たち有利に進んだ。

 魔物のHPがクラッシュの一撃で赤になる。

 途端に、魔物が部屋を揺るがすほどの咆哮を上げた。

 スッと身体が重くなり、いきなり重力が掛かる。

 魔法陣の効果が切れたらしい。

 皆が落下したけれど、その落下で怪我をする人はさすがに誰もいなかった。

 丁度俺の横辺りをふよふよしていたリザも同じように落ちてきたので、慌てて手を伸ばす。

 足とお尻に衝撃を受けつつも何とか立ち上がると、魔物の目が今まで以上に光っていた。

 リザがじたばたと手足を動かす。



『オカシイ、ススマナイ』



 俺に支えられたまま、リザが首を捻る。ああ、まだ飛んでる気分だったんだね。

 一瞬和んだところで、ギュッと身体が掴まれたような感覚に陥った。

 魔物と目が合った。それだけで、一切魔物の尻尾に捕まってはいないのに、身体が金縛りみたいに動かなくなった。もしかして何かスキルを発動してるのかな。他の人は……と動かない顔で視線だけ巡らすと、周りの人は特にそんなこともなく、魔物に攻撃し始めていた。

 リザが俺の手をぺちぺち叩く。ごめん、今動けなくて離せないんだ。

 口を開こうにも、声も出ない。



『ココ。ココ! ウゴカナイ!』



 リザが声を上げたことで、ようやく周りが俺の異変に気付いた。

 慌ててセイジさんが魔法陣を飛ばしてくる。

 一度目は俺の身体に触れる前にバーンと魔法陣が割れて、二度目で俺の身体を包み込む。

 魔法陣の光に包まれて、ようやく俺は動くことが出来るようになった。

 何だったんだ今の。リザを掴んでいた手を離すと、リザがチョロ、と俺の腕を登ってきた。



「厄介だな。石化までしやがるのか」

「今の石化だったんですか!?」



 セイジさんの呟きにびっくりする。今のが石化だったんだ。視線に入っていた手もローブの袖も別に石にはなってなかったんだけど。

 石化って全身石像みたいになることじゃないんだ。



「身体が硬くなることを総合して石化って呼んでるんだけど、知らなかったのか? っと、陽炎もか」



 舌打ちして、セイジさんが魔法陣を飛ばす。

 陽炎さんも別に石になっているわけじゃなくて、不自然に動かなくなっただけだった。色も何も変わってない。これ、戦いに集中しちゃうと気付くの遅くなりそうだ。危険すぎる。



「目を見るなよ」



 後衛陣にそう言い置いて、セイジさんは前線に走って行った。





 アドバイスは貰ったけど、魔物の方を向いていると目を合わせないのって結構難しくて、視線をずらしながら聖魔法を唱えると、目標が定まらず命中率がぐっと下がった。魔法もこういう弱点があったんだ、なんて、こんなところで気付きたくなかった。

 もう一度宙に浮く魔法陣を飛ばしてもらった人たちはまたも空中戦を開始し、俺と魔法使いさんは後方で視線を逸らしつつ魔法を飛ばすのだった。時々しっぽや毒っぽい液体が飛んでくるのが地味に辛い。ボス戦侮れない。





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