これは報われない恋だ。

朝陽天満

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562、地図ほぼ完成……よりも衝撃のヴィルさん宅の奥の部屋

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 次の日バイトに行くと、俺はヴィルさんにギアを渡された。



「ログインして、一緒に獣人の村に行ってくれないか? 確認したいことがあるんだ。あと、もしできるのであれば、地図を完成させたい」

「それは布の集まり状況次第によりますけど。何かあったんですか?」



 いきなりこういうことを頼まれること自体珍しく、俺はドキドキしながらログインした。

 するとすぐに隣からヴィルさんがやってくる。



「ちょっとギルドに行って布が納品されてるか確認してきますね」

「ああ」



 ヴィルさんに待っていてもらって、ギルドに依頼の確認に行くと、職員さんは納品された布を出してくれた。

 全部で100枚近くあった。すごい。結構集まったんだな。

 感心しながらお礼を言ってすぐに工房に戻ると、ヴィルさんの肩にヴィル鳥が止まっていた。



「あれ?」



 視線を向けると、ヴィルさんは鳥にちらりと視線を向けて、「佐久間だ」と教えてくれた。とうとう佐久間さんも駆り出されたんだ。



「今日は通常の業務は停止中だ。半日くらい休んでも問題ないだろ」



 そう言うと、ヴィルさんは俺を促して、自分の建物の方に俺を迎え入れた。

 そして、奥の一室に案内される。

 その部屋は、これでもかと隙間なく本が詰め込まれた本棚に埋もれた部屋だった。

 っていうか個人でこんなにも書物をゲットするなんて、普通はあり得ない気がするんだけど。



「すっご……これ、どうやって手に入れたんですか……?」

「買ったり、依頼を達成して貰ったりとかか。あとは、仲良くなった人たちがくれたりとかしたな。情報と交換ってのもあったな」



 まるで図書館の一室の様な書物量に驚いていると、ヴィルさんがなんてことないように答えてくれた。って、なんかいつの間にやら交流が凄いことになってる気がする。情報と本を交換とか。

 結構広い部屋に所狭しと並んでいる本棚の間を抜けていくと、奥にテーブルがちょこんと置かれていた。

 ヴィルさんはそのテーブルの上に乗っていた本を椅子の方に移動すると、広くなったテーブルに地図を開いた。



「これをどうやって大きくするんだ?」



 ワクワクした顔で俺を振り返る。



「ここだと本が濡れそうなんですけど」

「濡れるようなことをするのか」

「聖水で洗濯するんで」

「洗濯……」



 どんなことをするのか想像できなかったらしいヴィルさんが首を傾げていたので、俺はさっき手に入れて来た布をインベントリから取り出した。



「なかなかに壮絶な見た目の布だな」



 触っただけで汚れそうな汚さの見た目に、ヴィルさんはちょっと顔を顰める。

 聖水を一本取り出すと、俺はその布に聖水を掛けた。

 布は見る間に真っ白になっていく。

 その劇的な変化に、ヴィルさんは目を見開いた。



「すごいな。確かに洗濯だと言えば洗濯かもしれないが……浄化、と言った方がいいんじゃないか? 聖水を使っているわけだし」

「でもこの布の山に魔法陣で水をジャーっと流して、全部が綺麗になるまで祈りを唱え続けるから、やっぱり洗濯っぽいですよね」



 その光景を想像したのか、ヴィルさんは口を覆って肩を震わせた。

 それじゃあ、と入ってきたところとは違うドアに俺を促す。ってかそんなところにドアあったんだ。本棚と本棚の隙間にひっそりとドアが隠れていて、ぽっちゃりな人は絶対にお腹がつかえて通らないってくらいの隙間を通って奥に行く仕様になってる。と思ったら、本棚が詰まりすぎててドアに重なってるだけだった。向こうに向かって開くドアだからこそできる芸当だ。

 するっと奥に進んでいったヴィルさんの後ろを追ってドアを潜ると、そこには色々な植物が所狭しと育てられていた。そこにはちゃんと給水設備もあって、水の中で育つ植物まで育っている。なんだここ。

 ふわあ……と部屋内を見回していると、ヴィルさんが笑ながら「口が開きっぱなしだぞ」と注意してきた。いけないいけない。別世界に入り込んだ気分になっちゃってたよ。



「すごいですね……本棚といいこの部屋といい」

「ああ。俺にとってはこの世界はADOというゲームの世界じゃなくて、研究対象の世界だからな。調べれば調べるほどに奥が深くなるこの世界はなかなかに面白いところだ」



 そっか。ヴィルさんにとって全て研究につながるからこんなことになってるのか。さすが研究一筋な人だな、と感心しながら、流しに近付いた。

 ヴィルさんの手にあった地図を預かって、『ホロゴーストの端切れ布』と共に流しに置くと、俺はまたしても魔法陣を描いて魔法陣から水を流し始めた。

 そして手を組んで、祝詞を唱える。

 後ろでヴィルさんが「その魔法陣まるでシャワーみたいだな」なんて感心してたけど、小さい範囲の雨のつもりだったんだよね。でも確かにシャワーみたいだ。



 布が全て綺麗になると、またしても地図と綺麗な布が一体化してほぼすべてが埋まった。大陸の周りの海にちょっとした欠けとか穴あきはあったけど、大陸は全部埋まってる。



「出来ました」



 布を広げてヴィルさんに見せると、ヴィルさんは「流石」と拍手をくれた。



「多分、これは転移魔法陣の鍵の様なものだ。おかしな魔素を感じるからな。それを確認するために、獣人の村に行こうか。転移して貰えないか?」

「いいですよ」



 頷くと、ヴィルさんはヴィル鳥に向かって「佐久間」と一言呟いた。



『了解』



 鳥がピヨと鳴いて、視界の隅でログが流れる。

 今日はヴィル鳥じゃなくて佐久間鳥なのか、と思わず呟くと、鳥がピヨと鳴いた。



『アキちゃんって呼んでくれ』



 そのセリフ、一番最初に逢った時にも言われたことがあったけど、本気で言ってたのかな。冗談だと思ってたよ。

 ヴィルさんは、「アキちゃんからの連絡を待ってから行こう」と佐久間鳥の喉もとを指で撫でた。



 しばらく後に『もういいピヨ』という佐久間さんからの連絡があったので、俺たちはジャル・ガーさんの所に跳んだ。

 待っている間に佐久間さんが何をしていたのかを訊くと、研究所にひとっ走りしてジャル・ガーさんに部屋を閉めて貰うための信号を送ったとのこと。

 人がいなくなった時の合図は、ちゃんとあのモニターが拾っている波形の変化でわかるとか。どんな原理なんだろう。っていうか普通にこっちとあっちでの意思疎通をしてるヴィルさんたちって実は滅茶苦茶すごい人たちなのかもしれない。俺、あの会社に就職していいのかな。

 俺たちが洞窟に出てきた時には、すでにジャル・ガーさんの石化は解かれていて、横にはケインさんが立っていた。

 プレイヤーはいない。ケインさんがお引き取りを願って部屋を封鎖したらしい。だから直接ここに跳ぶようヴィルさんに言われたのか。



「ようマック、ヴィルフレッド。待ってたぜ。俺も一緒に行っていいか?」

「もちろん。希代の英雄の知恵も借りたいところだからな」

「その呼び方はやめてくれ……柄じゃねえよ」

「とりあえず村に向かうから掴まってくれ」



 ジャル・ガーさんも一緒に村に行くらしい。っていうかある程度何かを知ってるのかな、と横をチラ見すると、ヴィルさんが口角を上げて俺を見ていた。



「昨日のうちに一度あの地図のことを訊きに来ていたんだ」



 さすが行動速いですねヴィルさん。



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