これは報われない恋だ。

朝陽天満

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642、雄太と二人ってかなり珍しい

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 工房に帰り着いた俺は、今日はもう調薬はしたくない、とキッチンに立つことにした。

 盛大に何かを作りたい。ヴィデロさんを美味しい笑顔にしたい。最近仕事が詰まりすぎて、ヴィデロさんにご飯を買ってきてもらってばっかりだったから。

 そう思った俺は、前にレガロさんの所から買った素材図鑑を取り出した。

 説明と生息地が載ってるので、かなり便利。でも最近は知ってる素材しか使ってないから、全然開いてなかったんだ。



「独特の甘みが強い。とろみが出るので汁物には不向き……これなんかいいかな。独特の甘みって、もし料理に合わなかったらお菓子にしてもいいよなあ。あとは、ツーンとするような鼻を突き抜ける辛さ……? ワサビかな?」



 まだ取り扱ったことのない素材が沢山載っていて見てるだけでワクワクしてくる。

 このラファーノの根っていうのと魚を一緒に食べたら絶対美味しいんじゃないかな。取りに行ってこようかな。



「……辺境街北部の森の奥」



 う、と目を半眼にする。

 辺境かあ。一人で行ったら、死に戻る未来しか見えないよ。

 でもなあ、と唸る。

 フレンド欄を開いてリストを見ると、雄太はログインしていた。他の三人はログインしてはいないみたいだけど。でもなあ。何かクエストがある時ならまだしも、こんな超個人的な採取に誘うのもなあ。



「ダメもとで護衛頼んでみようかな。でも忙しいかもしれない」



 というわけで、雄太にチャットを飛ばしてみると。



『俺一人で超暇だったんだよ。どこまでもついてく』



 という返答が来たので、ホッとしながら辺境に跳んだ。





 他の三人は午後まで講義があるらしい。

 雄太は今日は午前中の一コマ目で終わったから先に帰って来てログインしてたとか。一コマ目……ああ、なんか本当に大学生してるんだね。

 昨日は講義選択のオリエンテーションをして一日ずっと大学だったらしいけど、今日からは通常の講義開始とか。ユイとは三つくらいしか講義が被ってないらしい。同じ大学に行ってるのに、行くのにも帰るのにも待ち合わせないとあんまり一緒にならないとかなんとかかんとか。っていうかそういうシステムが馴染みなさ過ぎて全然意味が解らない。

 お前は何してんのとか訊かれて、俺の会社生活を答えると、雄太は「仕事中にログインできるっていうのがまず信じられない」んだそうだ。俺もそう思うけど、ヴィルさんの会社だからな。

 二人で並んで辺境の街を歩き、前に来た時美味しかった食堂で腹ごしらえをしながら素材本を二人で見てると、後ろから雄太に声がかかった。



「お、今日は珍しくパーティーメンバーいないんだな」

「ああ。でも俺今日はこいつと二人でパーティー組んでるから」



 雄太はニヤリと笑って俺の肩をテーブル越しにバンバン叩く。

 それを見た見知らぬプレイヤーは俺を見下ろして、フッと笑った。



「なんだよ、生産組のお守りか?」

「いや、主戦力」

「はは、冗談キツイぜ。俺らの方が絶対強いからこっち来いよ」

「無理だっての。大事な約束なんだよ。邪魔すんなよ」

「つれねえなあ。今日こそ誘おうと思ったのによ」

「遠慮しとくよ」



 チッと舌打ちしたプレイヤーは、じろりと俺を見てから、雄太から離れて行った。

 っていうか何。雄太モテモテ?

 思わず呟くと、雄太は滅茶苦茶顔を顰めた。今の顔面白い。スクショしたからユイに送ろう。



『ってか実際モテてるわけじゃねえよ。あいつら上位職に就いてないからプレートを支給された俺らを仲間に引き込もうとしてるだけ』



 食後のお茶を飲んでいると、目の前の雄太からチャットが届いた。

 口には出せないんだね。なるほど。向こうの方のテーブルに陣取ってるもんね。



『あいつら『夕凪』?』

『違う。でも似たようなもんかな。仲良しこよしなライバル同士ではある』

『辺境もめんどくさいね』

『まあな。しかもあいつら、一度勇者の家に乗り込んで行って、死に戻りさせられたから、余計に絡んでくるんだよ』



「うわあ……」



 思わず声に出すと、雄太に溜め息を吐かれた。

 勇者の家に乗り込むとか。無謀もいいところだろ。それこそ殺ってくれって言ってるようなもんじゃん。

 そんな人たちに絡まれる勇者も気の毒に。

 でも、まだログインして活動してるってことは、勇者には指一本触れることすらできずに瞬殺されたってことかな。勇者なら造作もないよなあ。でもきっと運営のほうのグレーゾーンには入ってそうな気がする。勇者だけじゃなくて雄太たちも気の毒に。





「んじゃ、素材採取に行くか」

「うん。護衛よろ」

「あとで薬草渡すから、それで例のブツを作ってくれたらよし」

「はいよ」



 大分高さの違う肩を並べて、拳をぶつけると、俺と雄太は食堂をあとにした。

 大通りを逸れて裏路地に行った瞬間魔法陣で辺境街を抜け出す。

 行ったことのあるギリギリの北の森に跳んで、マップと採取地図を照らし合わせようとそのページを開くと、横からひょいと覗き込んだ雄太がこっちだ、と指さした。



「多分この位置からして、壁の端ギリギリくらいだな。馬借りてくりゃよかったか……。よし、時間は有限だ。マック、覚悟しろ」

「え、なにを……」



 雄太は一つ頷くと、身構えた俺を逃げる間もなくとっ捕まえて、荷物よろしく担ぎ上げた。

 そして……。

 またしても、森に俺の悲鳴がこだまするのだった……。





 目的地には、そんなにかからずついた。歩いていれば多分一時間くらいは優にかかっただろう距離を、あろうことか雄太は飛翔を使って最高スピードで飛び抜けてしまわれた。だからどうしてあれで木にぶち当たらないんだよ。担ぎ上げられたまま飛ぶのって、目が回るんだぞ。なんていうかもう、もう……胃が、ミックスされて……。



 スタミナを見ると、ただ担ぎ上げられていただけなのに、ほぼなくなっていた。この気持ち悪さと眩暈の原因は、スタミナ不足かな?

 でも気持ち悪くてスタミナポーションを飲む気にならないかも。と青い顔をしていたら、雄太に有無を言わさずスタミナポーションを飲まされた。

 スタミナが復活して歩けるようになっても、なかなか気分の悪さは抜けなかったけどな。そこで大笑いしてるお前、覚えてろよ……!





「はー、いつ聞いてもマックの悲鳴は笑える。何で交通ルールを叫ぶんだよ。ここはスピードに関しては法律ねえんだよ」

「だからって人体が出していいスピードじゃない……」

「ユイも海里もブレイブも、飛ばせるところがあると嬉々として飛ぶぞ。俺が一番遅いくらいだ」

「お前ら全員スピード狂だよ」



 よろよろと歩きながら素材を探すと、早速魔物が出てきた。

 ちなみに、飛翔で飛んでる時は、ほとんどの魔物がスピードについてこれずに、エンカウントしないで終わる。便利と言えば便利なんだろうけど……俺は慣れる気がしない。

 雄太は軽く大剣を振り回して、一人でも簡単に魔物を倒してしまった。さすが。

 その間に素材を探す。



「ないなあ……」

「その本の情報が間違ってるんじゃないのか?」

「そんなはずないよ。だってこれ、レガロさんから買ったものだもん」

「ああ……じゃああるはずだな」



 雄太もレガロさんに絶対の信頼を置いていた。

 二人できょろきょろと範囲内を探していると、目の前にそびえたった壁の端っこが見えてきた。

 外に出る門の所と同じように、二階に休憩室があるらしく、円筒状の建物には入り口がついていた。でもまわりには誰もいない。



「こっちの方にはあんまり人が来ないの?」

「ああ。どっちかというと、壁の向こうで皆レベル上げしてる」

「なるほど。北より西ね」



 入ってみたいと言うと、雄太もノリノリでドアを開けた。

 実は雄太も壁の端っこには初めて来たんだって。もっと東寄りの森とか壁向こうとかばっかりで。

 誰もいない建物には、らせん状に上に行く階段があった。一階は特に何もなく、なんとなく寂れた雰囲気だけが漂っている。

 二人でらせん階段を上っていくと、そこには、誰かが拠点にしてると思われる荷物がかなりたくさん散乱していた。



「なんだこれ。ここ、独占してるってことか?」

「でもこの荷物、しばらく弄られてないっぽいよ」



 荷物の上にはうっすらと砂ぼこりが被っている。ちょっとずらしてみると、しっかりと荷物の跡がわかるから、誰も弄ってないんじゃないかなっていうのがわかる。

 一応鑑定してみると、その荷物は『消え去った異邦人の遺物』と出てきた。



「消え去った異邦人の遺物……?」



 鑑定眼の結果に、雄太も首を捻る。



「もしかして、垢BAN食らったプレイヤーが隠し置いておいたもの、とか」

「そんなことあるの?」

「さあ。でも開けてみるか?」



 勝手に開けていいのかな、と思いつつ、麻袋のような荷物を開けてみると、そこにはちょっと立派そうな瓶に入った『ハイポーションランクB』が大量に入っていた。

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