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717、ご挨拶
しおりを挟む「ただいま」
ドキドキしながら家のドアを開ける。
奥から母さんの「おかえり健吾」という声が聞こえてきて、ほんの少しだけその声に勇気を貰った俺は、玄関のドアを押さえて、ヴィデロさんに「どうぞ」と促した。
横を通ってうちの玄関に入るヴィデロさんに目がいって、本日何度目かの不整脈が発動する。
だって、だって! オーダーメイドで作ったスーツを着たヴィデロさんが思った以上にかっこよくて!
朝着替えたヴィデロさんを見た瞬間心臓が止まりそうになったのを始めに、ニコッと笑うヴィデロさん、胸を押さえてしゃがみ込む俺を心配そうにのぞき込むヴィデロさん、ネクタイを指で弄るヴィデロさん全てに被爆した俺は、しかしそれからもスーツヴィデロさんを見慣れることなくここまで来てしまった。
かっこいい! かっこよすぎだろ! ヴィデロさんくらいガタイのいい人が着るスーツの攻撃力、高すぎる……!
「ケンゴ、そこまで見惚れてくれるのは嬉しいけど」
玄関のドアを開けたままヴィデロさんに見惚れてしまっていた俺に、ヴィデロさんが苦笑顔を向ける。
「あ、う、うん。でもかっこよすぎて無理、ダメ、俺死にそう」
顔を覆って思わず呟くと、「なにいってんのよ健吾。お客様をお待たせして。早く入りなさい」とかなり間近から聞こえてきた。
え、と顔を上げると、母さんが目の前に立っていた。待って、今の思いっきり聞かれた!?
ぐわっと羞恥がこみ上げて、ヴィデロさんに見惚れて赤くなっていた頬はさらに燃えるように熱くなった。
「ごめんなさいね、玄関先で立たせてしまって。どうぞおあがりください。健吾の母です」
「初めまして。ヴィデロ・ラウロです」
スッと背筋を正したヴィデロさんは、母さんに向かって最上級の騎士の礼をした。確か王宮で皆がやってた形だ。スーツでそのかっこいいキメポーズ反則級だ。
ケンゴ、と手をとられて、俺はハッと我に返った。ダメだ。今日のヴィデロさんはいつもより輝いて見えてついつい我を忘れる。
母さんの前で本日第一発目の失態をかましてしまった俺は、せめて父さんの前ではきりっとしていよう、と深呼吸をして靴を脱いだ。
リビングに行くと、ソファーにはすでに父さんが座っていた。
「おかえり健吾。家を出ていったと思ったら、こんなに早く紹介したい人がいるだなん……て」
父さんは最後まで言葉を言うことが出来なかった。俺を見て、俺の後ろに立ったヴィデロさんを見て、言葉がなくなる。
ヴィデロさんはかっこいいからね。
「……ま、まあ、座りなさい。今母さんがお茶を淹れてくれるから……えっと、そちらの方は」
「ヴィデロ・ラウロと申します」
「ラウロ……ああ、もしかして、健吾の会社の社長さん……?」
「父さん違うよ。それはヴィデロさんのお兄さん」
「ああ、そうか。会社の先輩か! なんだ。俺はてっきり健吾が恋人を連れて結婚します! とか言いに来たのかと思ったよ」
見るからにホッと胸を撫で下ろしたであろう父さんには悪いけど、まさにその通りなんだよ。
「なんだ健吾、遊ぶものでも取りに来たのか? 父さんわざわざ有給出して休み貰っちゃったよ。でもまあ、健吾もまだ18だもんな。まだ結婚とか早いよな」
「ちょっとお父さん何言ってるのよ。さっさと椅子を勧めなさいよ。健吾、そこに座って。ラウロさんもどうぞ。手作りのケーキです。もし手作りが苦手でしたら遠慮なさらず言ってくださいね」
丁度お茶を持ってきた母さんが呆れた様な声を父さんにかける。
勧められるまま父さんの前のソファーにヴィデロさんと共に腰を下ろすと、お茶をテーブルにセットし終えた母さんも父さんの横に座った。
「本日は私のために時間を割いていただきありがとうございます」
母さんが座ったのを見て、ヴィデロさんはスッと背筋を正してから、頭を下げた。俺も一緒に頭を下げる。こんな風に改まって両親に頭を下げるなんて、初めてだよ。さっきまではヴィデロさんがかっこよすぎて忘れてた緊張がほんの少しずつ戻ってくる。
「改めて来てくださってありがとうございます。ほら、お父さんも挨拶」
「え、あ。いらっしゃい?」
やっぱりまだこの状態を把握してない父さんは、かなり俺たちの態度に困惑しながらなんとか口を開けた。
「今日は、ケンゴとの結婚を了承していただきたく、挨拶に伺いました」
真顔のままのヴィデロさんの言葉に、母さんは普段通りの顔を、父さんは衝撃を受けた様な顔をした。
「けっこん」
「はい。私は……」
オウム返しな呟きの父さんを、母さんが肘で突く。ヴィデロさんは言葉を止めて、ちらりと俺を見て、フッと顔を綻ばせた。あ、好き。
その笑顔で、ヴィデロさんも緊張してたんだってことが分かった俺は、本日もう何度目かわからないトキメキに打ち抜かれていた。
「ケンゴと出会ってから、幸せというものを知りました。ケンゴは私にとってなくてはならない大事な人です。どうか、一生ケンゴと添い遂げることをお許しください」
スッと重なった手が、俺の手をギュッと握る。
お互いのドキドキがそこから伝わる気がして、俺も握り返した。
「添い遂げる……」
呆然と、父さんはヴィデロさんの言葉を聞いていた。
「え、ちょっと、待ってくれ。健吾の……彼氏さん?」
「あなたちょっと今頃? 遅いわよ。ちゃんと健吾は紹介したい人がいるって今日のアポ取って来たじゃない。そこで察しなさいよ」
母さんが呆れた様な声で父さんに突っ込む。でもやっぱり父さんの脳内はまだ処理しきれていないみたいだった。
「彼氏……ああ、そういえば、ヴィデロ君は、健吾の理想な身体をしてるよな……父さんが、筋肉をつけなかったからか?」
「父さんが筋肉付けてどうするんだよ」
「だって健吾、小さいころ父さんに事あるごとに筋肉を勧めて来たじゃないか! 父さんが筋肉付きにくい体質だったばっかりに……! こんなに早くに結婚!」
「根本が間違ってるから! それに俺の結婚に父さんの筋肉関係ないし!」
俺と父さんの会話に、ヴィデロさんがこっそりフフッと笑ったのが聞こえてきた。見れば、母さんも笑ってる。
「そうか、ケンゴはお父さんに似たんだな」
「そうなのよ。ほんと動きから考えからかなりそっくりなのよ。おかしいでしょ」
「とても素敵な家族だと思います」
「ふふ、ありがとうございます。実はね、あなたのことは、健吾から聞いていたのよ」
笑いながらそんなことを言う母さんに、俺と父さんはともに動きを止めた。
え、待って。いつ。俺そんなヴィデロさん自慢なんて母さんにした覚えないよ。
困惑していると、母さんが「インフルエンザで寝込んだ時よ」と教えてくれた。
あ、あああああ。熱に浮かされて俺、何言ってたんだっけ! なんかそんなことあったような気がするけど、母さんがその後何も言わないから夢かと思ってた!
「遠いところにいる恋人だって。一緒にいるためにはここに帰って来れないくらい遠い場所にいるんだって。でも、あなたがここにいるってことは、色々解決したのね。今はラウロさんと一緒にいるの?」
「あ……はい。兄の所に世話になっていて」
「そう、良かった。ちょっと心配していたの」
「心配……?」
「母としてね。健吾と結婚するってことは、あなたも私たちの息子になるってことでしょ。だったらやっぱり楽しいのがいいじゃない」
「母さん!? 俺は結婚の許可を出した覚えは……!」
「往生際が悪いわよお父さん。さっきから健吾、ちらほらヴィデロ君に見惚れてるじゃない。ベタ惚れじゃない。今まで誰かを好きとかそんな色っぽい話聞いたことなかったのに」
「俺はね、母さん、健吾が可愛い奥さんを連れて帰って来るのを夢見て」
「ヴィデロさんは可愛いじゃん!」
往生際の悪い父さんの一言にモノ申す! と突っ込みを入れると、ヴィデロさんが「ケンゴ」とやんわりとストップをかけてきた。
母さんも父さんに強めの肘うちを入れてから、俺に残念な子を見る眼つきを向けてきた。「問題はそこじゃない」と。
父さんは少しの間脇腹を押さえて呻いて、ごめん、と一言誰にともなく謝った。
「健吾、健吾はどうなんだ。結婚するってことは、一人に決めてしまうってことだぞ。まだ健吾は18だ。こんなに早く人生を決めて、後悔しないのか?」
「俺が一人に決めるってことは、ヴィデロさんも俺に決めてくれるってことでしょ。最高だよね」
父さんの質問に本音で答えると、またしてもヴィデロさんと母さんが笑った。父さんは絶句していた。
「健吾……そんなに筋肉が好きか……」
「え、そこ!? いや、筋肉はすごくいいと思うけど、ヴィデロさんはそれだけじゃなくて」
「顔? 確かに、すごく……いや、物凄くイケメンだけど」
「顔もいいけどね! たまに見惚れちゃうけどね! それだけじゃなくて」
「そこはかとなく感じる高貴な雰囲気か? なんていうか、仕草が上流って感じがするが」
「結構気さくだよ。冗談も言うし揶揄うし。でもそこがいいの。あと、すごく優しい。強いし……むしろ悪いところが見当たらない」
「確かに……悪くはなさそうだが」
うーん、と唸る父さんは、それでも結婚していいよ、とは言ってくれない。
それよりも母さんが全面味方なのがとても心強かった。
「父さん、お願いします。俺、ヴィデロさんと幸せになりたいよ」
「ううう」
「父さんに許してもらえないと、多分俺ヴィデロさんと結婚しても手放しで幸せになんてなれない」
「……ヴィデロ君のご両親にはもう挨拶しているのか」
ううう、と唸りまくった父さんは、溜め息を吐いて、ようやくヴィデロさんを真っすぐ見た。
ヴィデロさんは静かな表情で、首を横に振った。
「私の父は、すでにこの世に存在しません。私が17の時に病で亡くなりました。でも、父の墓標には、すでに愛する人がいること、報告しています」
「……そうか。悪いことを訊いたね。お父さんがいないのか」
ヴィデロさんの答えを聞いて、険しい顔をしていた父さんが、フッと眉のしわを消した。
その視線がさっきとは違って心配そうな物に変わる。
雰囲気が変わったことはヴィデロさんも察したらしく、ヴィデロさんもフッと表情を緩めた。
「決して悪いことじゃありません。父は私にとって憧れであり、自慢の父でしたから」
「そうか。自慢の父か……。ここで駄々をこねる俺は、健吾にとってダメな父親なのかもな」
「ケンゴはご両親が大好きだと伺いました。見ていて、とても仲がいいのがわかります。私の父は、私に愛情は持っていてくれましたが、厳格で、和やかに話をするということはありませんでした。多忙で、時間が空くと剣の手解き、食事はマナーを叩きこまれ、他愛ない話をするということがほぼなかった。そんな父を尊敬していたのは本当ですが、親子で笑い合う温かい関係、そんな物に憧れていた時もありました。その憧れが、ここにあります」
「ヴィデロ君……」
「ケンゴと共にいると、その温かい、何物にも代えがたい幸福という感情が次々湧き上がってくるんです。それは、ケンゴがとても優しくて、温かいから。ケンゴのそんなところも、意外と頑固なところも、芯が強いところも全て愛しています。ケンゴがこんなにも素晴らしいのは、お二人がケンゴを慈しみながら一緒に過ごしたからなのはとてもよくわかります。私は、ケンゴと一生を添い遂げたい。けれど、お二人の気持ちを無視してケンゴを攫うことは出来ません。俺は、いえ、私は、ケンゴに幸せになって欲しいんです。ケンゴが幸せだと、私も幸せです。だから、お義父さん……」
じっとヴィデロさんに見つめられて、父さんがぐっと息を詰める。
「わかった! 認める! ここで更に反対したら、俺だけ悪者じゃないか」
まっすぐあの綺麗な瞳に見つめられて、とうとう父さんが折れた。
そして、ちょっとだけ視線をずらして、コホン、と空咳をした。
「……ヴィデロ君が健吾と結婚したら、俺の事、本当の父親だと思ってくれても……」
あ、デレてる。
思わず口にすると、同時に母さんもまったく同じタイミングで同じことを小さく呟いた。
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