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742、大変だったんだ
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久しぶりにADOにログインした俺は、急いで獣人の村に向かった。
ヴィデロさんと旅行に行くということで長くログインできないから、と、卵を獣人の村で預かってもらっていたんだ。
ヒイロさんにお願いしたんだけど、その時丁度いたユイルが卵をポンポンとして「ぼく、この子のお兄ちゃんになりたいなあ」と呟いたのは、本当に可愛すぎてどうしようかと思った。お兄ちゃんにぜひなって欲しい。思わず頭を撫でると、ユイルはすごく嬉しそうに笑ったのがまた可愛かった。
「師匠! 卵預かって下さってありがとうございます!」
玄関を開けるなりそう叫ぶと、調薬中だったヒイロさんは「よう」と手を上げてニヤリと笑った。
「いいところに来たなマック。ちょっと手伝わねえか?」
「そんなことより卵は元気ですか」
「そんなこととか言うなよ。新しいレシピ教えるから。それに、卵は今オラン様が預かってるぞ」
「オランさんが?」
どうして、と首をかしげると、ヒイロさんは少しだけ目を逸らしてから、口を開いた。
「ちょっとなあ、一時期卵の中の子の生命力が弱まってよ、慌ててオラン様に助けを求めたんだ」
「生命力が弱まった……!?」
「ああ、今は持ち直したんだけどよ、ああいう卵の子が弱ると、普通の子供が弱るのよりも厄介でなあ。まだ生まれてもいねえから、俺にはどうしようもなくてよ」
「そうなんですか。持ち直した……よかった。大変な時に預けてしまってすいません」
「いいんだよ。逆に俺らに預けててよかったのかもな。マックだと生命力が弱まってもわからねえだろ」
むしろそういう巡り合わせだったのかもな、とヒイロさんは俺の背中をポンと叩いた。
「オラン様の所に行ったら、ここに戻って来てくれな。新しいレシピを教えるから」
「はい」
返事をしてヒイロさんの家を飛び出す。
オランさんの家に行くと、オランさんは卵の入った籠を手に出迎えてくれた。
お礼を言って籠を受け取り、視線を卵に落とす。
見た目は変わりないけれど、一時弱ったなんて。
手の平で撫でると、ほんのり温かい。それは確かにこの中の子が生きている証拠で。
「弱ったって聞きました。対処ありがとうございます」
俺が頭を下げると、オランさんはお茶の入ったカップをテーブルに置いて、俺を座る様に促した。
「むしろ、預かっている時に弱るという不測の事態に陥ったこと、謝罪しなければならないな」
「そんなこと」
「我らには見守る以外やれることはなかった。ヨシューに回復魔法を掛けて貰ったりもしたが、効いているかどうかもわからなかった。そんなときに聖獣を連れた者が遊びに来てくれたのでな、少し手助けをしてもらったんだ」
「聖獣を連れた人?」
「ああ。閃光という気持ちのいい異邦人だ」
「あ、ディーのテイマーさん」
どうやらディーは大分古株の聖獣だったらしく、卵の中の子が弱っている場合は、聖なる領域で魔力を分け与え続ければいいと教えてくれたらしい。
しかもディーは聖域で回復しやすい場所にオランさんと卵を連れて行ってくれたらしい。回復までしてくれたとか。卵も温めてくれたんだって。今度会ったらお礼言わないと。
「その聖域というのが、本来であれば聖獣しか行けない場所でな、俺は特別に入れてもらうことが出来たんだが」
オランさんはそこで一旦言葉を止め、俺の顔をじっと見た。
「マックは一体どこに行っていたんだ……と訊くのはだめだろうか。どうもな、その聖域の気配を、マックも纏っているように見えてならない」
首をひねるオランさんに、俺は思わず乾いた笑いを零していた。
あれか。あの神社か。もしかして、あそこは聖域だったのか?
じゃあ、あの小さな鳥は。
「あの子は、君?」
卵を撫でながら口を突いて出た言葉に、オランさんが「やはり繋がっていたか」と嘆息した。
俺は神社での出来事をオランさんに話した。
人に話すことで出来事を整理できるのか、あの時はただヴィデロさんが一瞬で消えた不安と鳥のことでいっぱいいっぱいだったのが、どれだけおかしなことが起こったのかを自分でもようやくハッキリ把握することが出来た。
オランさんは、わけのわからない俺の話を口を挟まず最後までじっと聞いてくれた。そして最後に一言。
「諧調の称号を持つ者というのは、厄介であり、面白くもあり……それが常なのだとしたら、波乱も多いということか」
しみじみとそう言った。
波乱は多くなくていいです。そんなの常じゃなくていいです。心から。
ため息とともにそう零してオランさんを笑わせた後、俺はヒイロさんの所に戻って無事新レシピをゲットした。
『加熱薬ヒートポーション』というそれは、あの辛い実『レッドガルスパイス』から出来る調薬アイテムだった。飲むと体温が上昇し、低体温時に処方するらしい。気温が低い時に摂取するといいんだとか。気温が低いととにかく身体の動きが悪くなるんだってさ。冬眠とかあるもんね。
それを沢山作らされて、ヒイロさん家のストックに収まったのはまあ、想定内。
工房に戻った俺は、とりあえず卵の危機を救ってくれたディーにお礼が言いたいな、とつながりがありそうな人を探してみた。
そういえばテイマー掲示板も最近見てないや。もしかして書き込みしてるかもしれない。リザの成長写真を載せてくれてたりするから楽しみにしてたのに。
テイマーつながりだと、エリモさんとか霧吹さんとか、閃光さんと繋がってないかな。フレンド登録してなかったのが悔やまれる。
テイマー掲示板を開きながら悔やんでいると、バン、とリザの写真が載っていた。
リザはとうとうエリモさんの腰くらいまでの大きさに成長していた。長さ的に。リザがエリモさんの足に引っ付いている写真だから大きさがわかりやすい。可愛い。
大分流暢に話すんだって。リザ見たいなあ。スクロールしていくと、ノワールの写真もあった。小さな子犬になって霧吹さんに抱っこされてる写真は、見てるだけで顔がデレっとなる。ノワールも可愛いなあ。元が小山くらいある大きさだなんて思えない。きっとディーも大きさ変わるんだろうなあ。ネーヴェ、小虎サイズになってくれないかな。大きいままニコロさんの横で寛いでたんだよなあ。
写真で見る聖獣たちは可愛くて、ついつい読み耽ってしまう。皆聖獣には好意的で、中には「俺も欲しいいいいいいいい」という絶叫コメントや、出会い方の考察を書いていく人とかまでいて、なかなか面白かった。
でもディーの写真はなくて、閃光さんらしき書き込みもいまいちわからなかった。
リザを堪能して画面を閉じると、俺は丁度フレンド欄の名前が白くなってるエリモさんにチャットを飛ばした。
閃光さんを知ってる? と。
ヴィデロさんから借りている羽根をつけて卵に聖魔法を掛けていると、ピロンという通知音が鳴り響いた。
エリモさんからだった。
『閃光はフレ登録してる。何か用事でもあったのか? 連絡は着くけど、今日はまだログインしてねえみたいだな』
連絡着くんだ。よかった。
ホッとしながら、閃光さんさえよければ今度会ってお礼が言いたい、という旨を書いて返信すると、すぐに『訊いてみるから』と返って来た。ありがたい。
「お礼が言えるよ、よかったね。卵……名前って、今付けてもいいのかな。それとも生まれて来てからの方がいいかな。ヴィデロさんにあとで相談してみよう」
卵を撫でながら独り言ち、俺は卵回復を再開した。
ヴィデロさんと旅行に行くということで長くログインできないから、と、卵を獣人の村で預かってもらっていたんだ。
ヒイロさんにお願いしたんだけど、その時丁度いたユイルが卵をポンポンとして「ぼく、この子のお兄ちゃんになりたいなあ」と呟いたのは、本当に可愛すぎてどうしようかと思った。お兄ちゃんにぜひなって欲しい。思わず頭を撫でると、ユイルはすごく嬉しそうに笑ったのがまた可愛かった。
「師匠! 卵預かって下さってありがとうございます!」
玄関を開けるなりそう叫ぶと、調薬中だったヒイロさんは「よう」と手を上げてニヤリと笑った。
「いいところに来たなマック。ちょっと手伝わねえか?」
「そんなことより卵は元気ですか」
「そんなこととか言うなよ。新しいレシピ教えるから。それに、卵は今オラン様が預かってるぞ」
「オランさんが?」
どうして、と首をかしげると、ヒイロさんは少しだけ目を逸らしてから、口を開いた。
「ちょっとなあ、一時期卵の中の子の生命力が弱まってよ、慌ててオラン様に助けを求めたんだ」
「生命力が弱まった……!?」
「ああ、今は持ち直したんだけどよ、ああいう卵の子が弱ると、普通の子供が弱るのよりも厄介でなあ。まだ生まれてもいねえから、俺にはどうしようもなくてよ」
「そうなんですか。持ち直した……よかった。大変な時に預けてしまってすいません」
「いいんだよ。逆に俺らに預けててよかったのかもな。マックだと生命力が弱まってもわからねえだろ」
むしろそういう巡り合わせだったのかもな、とヒイロさんは俺の背中をポンと叩いた。
「オラン様の所に行ったら、ここに戻って来てくれな。新しいレシピを教えるから」
「はい」
返事をしてヒイロさんの家を飛び出す。
オランさんの家に行くと、オランさんは卵の入った籠を手に出迎えてくれた。
お礼を言って籠を受け取り、視線を卵に落とす。
見た目は変わりないけれど、一時弱ったなんて。
手の平で撫でると、ほんのり温かい。それは確かにこの中の子が生きている証拠で。
「弱ったって聞きました。対処ありがとうございます」
俺が頭を下げると、オランさんはお茶の入ったカップをテーブルに置いて、俺を座る様に促した。
「むしろ、預かっている時に弱るという不測の事態に陥ったこと、謝罪しなければならないな」
「そんなこと」
「我らには見守る以外やれることはなかった。ヨシューに回復魔法を掛けて貰ったりもしたが、効いているかどうかもわからなかった。そんなときに聖獣を連れた者が遊びに来てくれたのでな、少し手助けをしてもらったんだ」
「聖獣を連れた人?」
「ああ。閃光という気持ちのいい異邦人だ」
「あ、ディーのテイマーさん」
どうやらディーは大分古株の聖獣だったらしく、卵の中の子が弱っている場合は、聖なる領域で魔力を分け与え続ければいいと教えてくれたらしい。
しかもディーは聖域で回復しやすい場所にオランさんと卵を連れて行ってくれたらしい。回復までしてくれたとか。卵も温めてくれたんだって。今度会ったらお礼言わないと。
「その聖域というのが、本来であれば聖獣しか行けない場所でな、俺は特別に入れてもらうことが出来たんだが」
オランさんはそこで一旦言葉を止め、俺の顔をじっと見た。
「マックは一体どこに行っていたんだ……と訊くのはだめだろうか。どうもな、その聖域の気配を、マックも纏っているように見えてならない」
首をひねるオランさんに、俺は思わず乾いた笑いを零していた。
あれか。あの神社か。もしかして、あそこは聖域だったのか?
じゃあ、あの小さな鳥は。
「あの子は、君?」
卵を撫でながら口を突いて出た言葉に、オランさんが「やはり繋がっていたか」と嘆息した。
俺は神社での出来事をオランさんに話した。
人に話すことで出来事を整理できるのか、あの時はただヴィデロさんが一瞬で消えた不安と鳥のことでいっぱいいっぱいだったのが、どれだけおかしなことが起こったのかを自分でもようやくハッキリ把握することが出来た。
オランさんは、わけのわからない俺の話を口を挟まず最後までじっと聞いてくれた。そして最後に一言。
「諧調の称号を持つ者というのは、厄介であり、面白くもあり……それが常なのだとしたら、波乱も多いということか」
しみじみとそう言った。
波乱は多くなくていいです。そんなの常じゃなくていいです。心から。
ため息とともにそう零してオランさんを笑わせた後、俺はヒイロさんの所に戻って無事新レシピをゲットした。
『加熱薬ヒートポーション』というそれは、あの辛い実『レッドガルスパイス』から出来る調薬アイテムだった。飲むと体温が上昇し、低体温時に処方するらしい。気温が低い時に摂取するといいんだとか。気温が低いととにかく身体の動きが悪くなるんだってさ。冬眠とかあるもんね。
それを沢山作らされて、ヒイロさん家のストックに収まったのはまあ、想定内。
工房に戻った俺は、とりあえず卵の危機を救ってくれたディーにお礼が言いたいな、とつながりがありそうな人を探してみた。
そういえばテイマー掲示板も最近見てないや。もしかして書き込みしてるかもしれない。リザの成長写真を載せてくれてたりするから楽しみにしてたのに。
テイマーつながりだと、エリモさんとか霧吹さんとか、閃光さんと繋がってないかな。フレンド登録してなかったのが悔やまれる。
テイマー掲示板を開きながら悔やんでいると、バン、とリザの写真が載っていた。
リザはとうとうエリモさんの腰くらいまでの大きさに成長していた。長さ的に。リザがエリモさんの足に引っ付いている写真だから大きさがわかりやすい。可愛い。
大分流暢に話すんだって。リザ見たいなあ。スクロールしていくと、ノワールの写真もあった。小さな子犬になって霧吹さんに抱っこされてる写真は、見てるだけで顔がデレっとなる。ノワールも可愛いなあ。元が小山くらいある大きさだなんて思えない。きっとディーも大きさ変わるんだろうなあ。ネーヴェ、小虎サイズになってくれないかな。大きいままニコロさんの横で寛いでたんだよなあ。
写真で見る聖獣たちは可愛くて、ついつい読み耽ってしまう。皆聖獣には好意的で、中には「俺も欲しいいいいいいいい」という絶叫コメントや、出会い方の考察を書いていく人とかまでいて、なかなか面白かった。
でもディーの写真はなくて、閃光さんらしき書き込みもいまいちわからなかった。
リザを堪能して画面を閉じると、俺は丁度フレンド欄の名前が白くなってるエリモさんにチャットを飛ばした。
閃光さんを知ってる? と。
ヴィデロさんから借りている羽根をつけて卵に聖魔法を掛けていると、ピロンという通知音が鳴り響いた。
エリモさんからだった。
『閃光はフレ登録してる。何か用事でもあったのか? 連絡は着くけど、今日はまだログインしてねえみたいだな』
連絡着くんだ。よかった。
ホッとしながら、閃光さんさえよければ今度会ってお礼が言いたい、という旨を書いて返信すると、すぐに『訊いてみるから』と返って来た。ありがたい。
「お礼が言えるよ、よかったね。卵……名前って、今付けてもいいのかな。それとも生まれて来てからの方がいいかな。ヴィデロさんにあとで相談してみよう」
卵を撫でながら独り言ち、俺は卵回復を再開した。
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