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疑惑
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その頃、執務室では。
「ふむ……」
「いかがされました、ジョシュア様?」
側近のアランは主人の違和感に気がついていた。
先程から……具体的に言うとマイアが来てから主人の様子がおかしい。
「マイア嬢。噂では悪女、礼儀知らず、金の亡者、売女、豚などと……かなり酷いものだったが。礼儀作法も問題なく、また見目も美しく、決して悪人のような様子は見受けられなかった。お前はどう思う?」
「おそらくですが。ジョシュア様と同じかと」
「俺と同じ?」
「ええ、ジョシュア様も社交を断つために悪い噂を流している。
マイア嬢も何らかの理由があり、悪い噂が流布されているのではないかと」
ジョシュアは考え込む。
自分は仮にも公爵という立場だ。
多少の悪い噂が流れた程度で格は落ちない。
しかしマイアは伯爵令嬢。
悪評など流れようものなら、家の存続に関わる。
あえてハベリア家が悪評を放置していたとは考えにくいが。
「……失礼します」
疑問に思っていると、さらなる判断材料がやってきた。
先程までマイアの世話をしていたセーレ。
彼女はどこか嬉しそうな表情を浮かべて執務室に入ってきた。
より深く考察するべく、ジョシュアはセーレに尋ねてみる。
「マイア嬢は?」
「お風呂に入って、夕食までお休みになっています。
ずいぶん疲れていたようで、一瞬で眠りに落ちてしまいました」
「目の下のクマが酷かったからな」
どうすればあんなに伯爵令嬢が寝不足になるのか。
ジョシュアとしては甚だ疑問だった。
肉体労働させられていたとしか思えない疲労だ。
「ところで、セーレ。マイア嬢についてはどんな印象を受けた?」
「旦那様も気になっておられたのですね。私にはどうしてもマイア様が悪評高い令嬢とは思えません。なんだか無邪気な子どものようで……かといってマナーがないわけでもなく、他人に失礼な態度を取るわけでもなく」
「そうだな。俺もそのような印象を受けた」
「そういえば、マイア様は『お風呂に入ることが何年ぶりか』と呟いていらっしゃいました。その後、慌てて言い繕っていましたが……」
彼女の言葉を聞いた瞬間、ジョシュアの中にあった予測が決定的になった。
貴族の娘が何年も風呂に入らないなどあり得ない。
ボロボロな容姿に、ほとんど持たされていなかった手荷物、風呂にすら入れない環境──ここから導き出されるのは、実家の環境の酷さ。
「アラン」
「はい、僕もジョシュア様と同じことを考えているかと」
「さすがだな。では、ハベリア家の詳細を探れ。密偵部隊の使用許可証も出す」
ジョシュアの言葉を聞いたアランは目を丸くした。
主人は迷いなく引き出しから書類を取り出し、その上にさらさらとペンを走らせる。
「密偵まで動かすとは……ジョシュア様にしてはやけに本気ですね?」
「契約上だとしても俺の妻となる女性だ。
もしも俺の予想が的中していれば、到底許されたことではない。
そして何より……マイア嬢が不憫すぎる」
「相変わらずですね」
やはり、ジョシュアの心根は。
どこまでも優しく揺るがないのだとアランは確認した。
どこか怒気の籠ったジョシュアの声色。
どんな人間であろうとも、理不尽な理由で傷つくことは許さない。
噂の冷酷非情な公爵様とは全く違う側面は、家臣にしか見せない姿だ。
密偵部隊の使用許可証を受け取ったアランは、一礼して部屋を出て行った。
「ふむ……」
「いかがされました、ジョシュア様?」
側近のアランは主人の違和感に気がついていた。
先程から……具体的に言うとマイアが来てから主人の様子がおかしい。
「マイア嬢。噂では悪女、礼儀知らず、金の亡者、売女、豚などと……かなり酷いものだったが。礼儀作法も問題なく、また見目も美しく、決して悪人のような様子は見受けられなかった。お前はどう思う?」
「おそらくですが。ジョシュア様と同じかと」
「俺と同じ?」
「ええ、ジョシュア様も社交を断つために悪い噂を流している。
マイア嬢も何らかの理由があり、悪い噂が流布されているのではないかと」
ジョシュアは考え込む。
自分は仮にも公爵という立場だ。
多少の悪い噂が流れた程度で格は落ちない。
しかしマイアは伯爵令嬢。
悪評など流れようものなら、家の存続に関わる。
あえてハベリア家が悪評を放置していたとは考えにくいが。
「……失礼します」
疑問に思っていると、さらなる判断材料がやってきた。
先程までマイアの世話をしていたセーレ。
彼女はどこか嬉しそうな表情を浮かべて執務室に入ってきた。
より深く考察するべく、ジョシュアはセーレに尋ねてみる。
「マイア嬢は?」
「お風呂に入って、夕食までお休みになっています。
ずいぶん疲れていたようで、一瞬で眠りに落ちてしまいました」
「目の下のクマが酷かったからな」
どうすればあんなに伯爵令嬢が寝不足になるのか。
ジョシュアとしては甚だ疑問だった。
肉体労働させられていたとしか思えない疲労だ。
「ところで、セーレ。マイア嬢についてはどんな印象を受けた?」
「旦那様も気になっておられたのですね。私にはどうしてもマイア様が悪評高い令嬢とは思えません。なんだか無邪気な子どものようで……かといってマナーがないわけでもなく、他人に失礼な態度を取るわけでもなく」
「そうだな。俺もそのような印象を受けた」
「そういえば、マイア様は『お風呂に入ることが何年ぶりか』と呟いていらっしゃいました。その後、慌てて言い繕っていましたが……」
彼女の言葉を聞いた瞬間、ジョシュアの中にあった予測が決定的になった。
貴族の娘が何年も風呂に入らないなどあり得ない。
ボロボロな容姿に、ほとんど持たされていなかった手荷物、風呂にすら入れない環境──ここから導き出されるのは、実家の環境の酷さ。
「アラン」
「はい、僕もジョシュア様と同じことを考えているかと」
「さすがだな。では、ハベリア家の詳細を探れ。密偵部隊の使用許可証も出す」
ジョシュアの言葉を聞いたアランは目を丸くした。
主人は迷いなく引き出しから書類を取り出し、その上にさらさらとペンを走らせる。
「密偵まで動かすとは……ジョシュア様にしてはやけに本気ですね?」
「契約上だとしても俺の妻となる女性だ。
もしも俺の予想が的中していれば、到底許されたことではない。
そして何より……マイア嬢が不憫すぎる」
「相変わらずですね」
やはり、ジョシュアの心根は。
どこまでも優しく揺るがないのだとアランは確認した。
どこか怒気の籠ったジョシュアの声色。
どんな人間であろうとも、理不尽な理由で傷つくことは許さない。
噂の冷酷非情な公爵様とは全く違う側面は、家臣にしか見せない姿だ。
密偵部隊の使用許可証を受け取ったアランは、一礼して部屋を出て行った。
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