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アルファなBL作家を恐れています
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オレが礼央と付き合うようになったのは、高校二年の秋頃だった。
高校の時から礼央は輝いていた。アルファ特有のカリスマ性を持ちつつ、クラスでは発言権の強い紳士であり、身内にはある種の強引さで女子をときめかせる。
所属している演劇部では、礼央は他の追随を許さないほどの実力を兼ね備えていた。そのため大舞台の主役は大半彼がこなしており、学年でその名を知らぬ者はいない。
美術部の一員ながら目立たなかったオレとは、交流の層がそもそも違った。
彼と関わらざる得なくなったのは、秋の文化祭公演に向けて、演劇部の美術に美術部部員が駆り出されたからだ。
オレは重い道具をあれよあれよと持たされた。文句も言えず働き、疲れて倒れそうになった矢先、礼央と出会ったのだ。
「ねえ、今日はここ、関係者以外立ち入り禁止なんだけど」
「あ……」
顔を見た瞬間、オレたちはお互いがオメガとアルファであることを自覚した。
礼央の表情が一瞬にして変わったのだ。ゴミを見るような目から、一気に男を見る目になった。
「お、オレ……一応関係者で、美術部の部員で、え、と、道具を……」
その先を言う前に、幕の向こう、舞台袖の暗いところにオレは引っ張られて、そこで礼央にキスをされた。奪われた、といったほうが正しかった。
「やっ……!」
両手を掴まれて、挙げられて、シャツをたくし上げられて。歯を立てられながらもう一度、暴力的な、キス。
脳に直接甘ったるい麻酔薬を注ぎ込まれたような感覚がした。
「んっ……!」
「……甘い匂い。くらっとする」
「ぬ、沼井、く……」
「で、名前、なんだっけ?」
恋なんてこんなふうに簡単にやってきて、ファーストキスなんてこんなに簡単に奪われるものらしい。だがオレは熱に浮かされていた分、はじめてのキスが奪われた驚愕を、礼央を好きになったものだと錯覚した。
番というものがなんなのか、高校生の頃のオレはたぶんまだうまく理解できていなかった。これからも理解できるとは思わないし、思いたくない。
ただ事実として、礼央とは早い段階から番の約束をしていた。一般的な結婚も男は十八歳から。だから律儀にうなじを噛むことも高校を卒業してから、なんて話し合って。
お金が貯まったら結婚指輪を買おう、だなんて気持ちと番を同じように考えていたオレは、やっぱり性について薄っぺらい考えしか持っていなかったのだろう。
礼央には友達がたくさんいたから、オレとの時間は本当に少なかった。時々ふらりと家に来てはセックスをして帰っていったりして、だけど周りにはオレと付き合っているのだと公言していた。
オレが発情期になると、礼央は必ずオレとセックスをした。抑制剤を飲むこともできたけど、そのほうが早くヒートが治るし。
同時にオレはそれを、礼央が自分を好いてくれるのだという担保と自慢にしていた。今となっては度し難い勘違いだとわかる。
オレは礼央にとって、一番気持ちよくイくことができる、セフレのようなものだったのだろう。自分より目立たないし、都合よくヤらせてくれるし、ライバルもいないし、オメガは奴隷みたいなものだし、だけど将来番になると言えば周りの女子を牽制できるし。
そんな都合のいい存在であるオレが、高校三年の秋になっていきなり全国高校生絵画コンクールで大賞を取ったのだから、礼央が気に食わないはずがないのだ。
それをオレはのこのこと、一番に礼央へ報告しに行った。完璧な存在である沼井礼央の番として、たった一つ、ふさわしい称号を勝ち取ったのだと思ったからだ。
「久斗、すっごいじゃん」
弾ける笑顔でそう言って頭を撫でてくれるんだから、勘違いしてしまうのも、仕方ないじゃないか。
表彰式の日は休日で、学生は式に行きたい人だけが任意参加するというスタンスだった。礼央は、授賞式で壇上に立つオレに付き添ってくれた。
「久斗さ、そろそろ発情期来るんじゃない? 薬は忘れずに飲んでおいてよ」
「うん、今飲もうとしてたところ」
「言わなきゃ忘れちゃいそうなくらいぼやぼやしてるんだからなー、久斗は」
「はは、礼央にはオレがどんな風に見えてるの?」
「おれのオメガだから、放っておけないの」
「はいはい」
オレは確かにそこで、ヒート抑制剤を飲んだはずだった。礼央だけがその瞬間を見ていた。証人だったはずだ。
結果オレは表彰式でひっくり返り、その場で一番近くにいたアルファの審査委員長に襲われそうになった。その時されたキスも、歯形が残るくらい乱暴で、気持ち悪かった。
それでも脳が溶けるような感覚がしたとき、オレはオレ自身のオメガ性に、絶望した。
ショックで気を失って、次に目が覚めた時、俺を取り巻く周りの目はすごく冷たかった。襲われたのはオレのはずなのに「大丈夫?」の一言もなくて。人の目が恐ろしくなったのは、そのせいかもしれない。
委員会の人たちと運営スタッフがいる中、担任の先生に『抑制剤を飲まなかったのか』とひどく詰問された。
「ちゃんと飲みました……」
泣きながらそう答えた。
「そうならヒートも起こらないはずだろう」
「うそじゃないんです、礼央も……沼井くんも、見ていたはずなんです」
「薬を飲んだのは見ていたんですが、それが抑制剤だったかまでは、あー、すみません、もっとよく見ておけばよかった……」
礼央ですら、オレの味方をしてくれなかった。
だがそういう方便をされると、オレは何も言えなかった。彼は正直に自分の見たものしか答えなかったのだと周りの誰もが思ったのだ。そしてオレはおめでたいことに、その時礼央は本気で正直にものを言ったのだと、信じて疑っていなかったのだ。
審査員長は世間体もあって、謝らなかったし、責任も取らなかった。それどころか、表彰式でヒートが起こるようにオレが抑制剤をわざと飲まなかった、ということにされた。
賞は取り消された。親からひどい軽蔑の言葉を投げられて、学校にも行けなくなった。
高校の時から礼央は輝いていた。アルファ特有のカリスマ性を持ちつつ、クラスでは発言権の強い紳士であり、身内にはある種の強引さで女子をときめかせる。
所属している演劇部では、礼央は他の追随を許さないほどの実力を兼ね備えていた。そのため大舞台の主役は大半彼がこなしており、学年でその名を知らぬ者はいない。
美術部の一員ながら目立たなかったオレとは、交流の層がそもそも違った。
彼と関わらざる得なくなったのは、秋の文化祭公演に向けて、演劇部の美術に美術部部員が駆り出されたからだ。
オレは重い道具をあれよあれよと持たされた。文句も言えず働き、疲れて倒れそうになった矢先、礼央と出会ったのだ。
「ねえ、今日はここ、関係者以外立ち入り禁止なんだけど」
「あ……」
顔を見た瞬間、オレたちはお互いがオメガとアルファであることを自覚した。
礼央の表情が一瞬にして変わったのだ。ゴミを見るような目から、一気に男を見る目になった。
「お、オレ……一応関係者で、美術部の部員で、え、と、道具を……」
その先を言う前に、幕の向こう、舞台袖の暗いところにオレは引っ張られて、そこで礼央にキスをされた。奪われた、といったほうが正しかった。
「やっ……!」
両手を掴まれて、挙げられて、シャツをたくし上げられて。歯を立てられながらもう一度、暴力的な、キス。
脳に直接甘ったるい麻酔薬を注ぎ込まれたような感覚がした。
「んっ……!」
「……甘い匂い。くらっとする」
「ぬ、沼井、く……」
「で、名前、なんだっけ?」
恋なんてこんなふうに簡単にやってきて、ファーストキスなんてこんなに簡単に奪われるものらしい。だがオレは熱に浮かされていた分、はじめてのキスが奪われた驚愕を、礼央を好きになったものだと錯覚した。
番というものがなんなのか、高校生の頃のオレはたぶんまだうまく理解できていなかった。これからも理解できるとは思わないし、思いたくない。
ただ事実として、礼央とは早い段階から番の約束をしていた。一般的な結婚も男は十八歳から。だから律儀にうなじを噛むことも高校を卒業してから、なんて話し合って。
お金が貯まったら結婚指輪を買おう、だなんて気持ちと番を同じように考えていたオレは、やっぱり性について薄っぺらい考えしか持っていなかったのだろう。
礼央には友達がたくさんいたから、オレとの時間は本当に少なかった。時々ふらりと家に来てはセックスをして帰っていったりして、だけど周りにはオレと付き合っているのだと公言していた。
オレが発情期になると、礼央は必ずオレとセックスをした。抑制剤を飲むこともできたけど、そのほうが早くヒートが治るし。
同時にオレはそれを、礼央が自分を好いてくれるのだという担保と自慢にしていた。今となっては度し難い勘違いだとわかる。
オレは礼央にとって、一番気持ちよくイくことができる、セフレのようなものだったのだろう。自分より目立たないし、都合よくヤらせてくれるし、ライバルもいないし、オメガは奴隷みたいなものだし、だけど将来番になると言えば周りの女子を牽制できるし。
そんな都合のいい存在であるオレが、高校三年の秋になっていきなり全国高校生絵画コンクールで大賞を取ったのだから、礼央が気に食わないはずがないのだ。
それをオレはのこのこと、一番に礼央へ報告しに行った。完璧な存在である沼井礼央の番として、たった一つ、ふさわしい称号を勝ち取ったのだと思ったからだ。
「久斗、すっごいじゃん」
弾ける笑顔でそう言って頭を撫でてくれるんだから、勘違いしてしまうのも、仕方ないじゃないか。
表彰式の日は休日で、学生は式に行きたい人だけが任意参加するというスタンスだった。礼央は、授賞式で壇上に立つオレに付き添ってくれた。
「久斗さ、そろそろ発情期来るんじゃない? 薬は忘れずに飲んでおいてよ」
「うん、今飲もうとしてたところ」
「言わなきゃ忘れちゃいそうなくらいぼやぼやしてるんだからなー、久斗は」
「はは、礼央にはオレがどんな風に見えてるの?」
「おれのオメガだから、放っておけないの」
「はいはい」
オレは確かにそこで、ヒート抑制剤を飲んだはずだった。礼央だけがその瞬間を見ていた。証人だったはずだ。
結果オレは表彰式でひっくり返り、その場で一番近くにいたアルファの審査委員長に襲われそうになった。その時されたキスも、歯形が残るくらい乱暴で、気持ち悪かった。
それでも脳が溶けるような感覚がしたとき、オレはオレ自身のオメガ性に、絶望した。
ショックで気を失って、次に目が覚めた時、俺を取り巻く周りの目はすごく冷たかった。襲われたのはオレのはずなのに「大丈夫?」の一言もなくて。人の目が恐ろしくなったのは、そのせいかもしれない。
委員会の人たちと運営スタッフがいる中、担任の先生に『抑制剤を飲まなかったのか』とひどく詰問された。
「ちゃんと飲みました……」
泣きながらそう答えた。
「そうならヒートも起こらないはずだろう」
「うそじゃないんです、礼央も……沼井くんも、見ていたはずなんです」
「薬を飲んだのは見ていたんですが、それが抑制剤だったかまでは、あー、すみません、もっとよく見ておけばよかった……」
礼央ですら、オレの味方をしてくれなかった。
だがそういう方便をされると、オレは何も言えなかった。彼は正直に自分の見たものしか答えなかったのだと周りの誰もが思ったのだ。そしてオレはおめでたいことに、その時礼央は本気で正直にものを言ったのだと、信じて疑っていなかったのだ。
審査員長は世間体もあって、謝らなかったし、責任も取らなかった。それどころか、表彰式でヒートが起こるようにオレが抑制剤をわざと飲まなかった、ということにされた。
賞は取り消された。親からひどい軽蔑の言葉を投げられて、学校にも行けなくなった。
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