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アルファなBL作家にも過去があります

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 そうして生まれたのが、小説家の森村セイジだ。
 他ならぬ日坂部久斗が、ぼくを小説家に駆り立てたのだ。ぼくの手はその日から、言葉に溢れて止まることを知らなかった。

 だが、そんなことをしていったい何になる。あの日の後悔から生まれてくる文字の羅列は、本人に言えないままなのに。
 まるで、会えない想い人に対する一方的なラブレターみたいで、それとも獄中から遺族被害者に出す贖罪しょくざいの壁打ちを延々と続けているみたいで、売れていく作品を尻目に、ぼくはもう小説を書くのをやめてしまおうかと思った。

 作家生活十周年。ぼくはもう三十二歳だ。
 すべてを諦めて、ほかの人を探すのも、ちょうどいい頃合いかもしれない。

「森村先生、次作の表紙絵のことなのですが……」

 そんなとき、次の作品『クイーンズ・コマンド』の表紙絵について、中砥くんが絵師の候補を選んできた。前に頼んでいたイラストレーターが、多忙による体調不良で活動を無期限に停止してしまったらしいのだ。

「ふうん。彼女の絵に匹敵する人がいればいいけどねえ……」
「一応、絵は見やすいように資料として印刷してきましたけど、アカウント情報も必要であれば出します。気になる絵師がいらっしゃれば」
「中砥くんが表紙絵を描いてくれればいいじゃない? 元壁サー漫画家なん……」

 待て。この絵は。

「絶対にお断りです。餅は餅屋。プロはプロ。僕はあくまで洋芳出版の編集者です」

 中砥くんが持ってきた印刷絵の資料の中に、一つ、見覚えのある絵柄を見つけた。
 とたんにぼくの鼻腔があの日の残り香を嗅いだ。
 見間違えるものか。あのリャナンシーと同じ絵柄を。
 それよりも比べ物にならないくらいに美しく上達した絵を。
 日坂部、久斗。

「この絵……」
「ああ。ぶっちゃけますと、実のところその人が本命でして。〝ひさひさ〟というペンネームで活動していらっしゃって、実績としてはスキルサイトの口コミ以外は無名なのですが、むしろなぜ無名なのか……先生?」

 中砥くんが珍しくうろたえた。無理もない。ぼくは両手を額に当てて、うなだれて、涙が出るのに任せていたからだ。
 こんなことがあるのか。

「こんなことが……」
「先生、大丈夫ですか?」

 彼はまだ絵の世界にいるのだ。あんなことがあったのに。誰も助けてはくれなかったのに。あんな仕打ちを受けてまでも。
 ぼくが助けられなかった、ぼくのオメガ。

「中砥くん……」

 たとえこの小説の絵に起用されずとも、何があろうとも、ぼくは彼を離さない。

「……この人の絵、いいな。イラストに見えるけど、絵画にも見える。エンタメと官能のバランスがいいから今作に向いている気がする」

 今度こそ、絶対に離さない。
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