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【番外】キューピッドの小噺
一日中好きにされる日 ①
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会社から帰ってくると、一足先に帰宅していた雅樹さんが、パソコンのネットで何かを調べていた。後ろからのぞいてみると、遊園地のサイトが出ている。国内で一番稼いでいる遊園地といえばここ、と言うべき場所だ。
「スコティッシュ・ランドですね」
そう言うと、画面に集中しきっていた雅樹さんが、初めて僕に気づいて顔を上げた。立ち上がり、後頭部と背中に手を回して、いきなりこちらにキスをする。キス魔は毎日健在でちょっと困っている。
「おかえり。玄関まで行くのを忘れていた」
「ただいまもどりました。これ、どうしたんですか?」
「会社の福利厚生で、ここの入場料の割引が適用できるらしい。社のポータルサイトに案内が出ていた」
雅樹さんは晴れて沼井製薬に再就職し、働いている。そこの企業の福利厚生ということだろう。
「雅樹さん、遊園地好きなんですか?」
「いや。記憶の限り、人生でここへ一度しか行ったことがないから、遊園地そのものが好きかどうかはわからない。……そうだ、これを見てくれ」
今さらりととんでもないことを言われた気がしたが、さておき雅樹さんは、ノートパソコンの画面を見やすいように傾けた。
「この写真……なんだろう?」
画面にはスコティッシュ・ランドのフォトギャラリーが出ていて、女子高生らしき若い二人組がアトラクションを背にして写っている写真があった。頭上にはどちらも猫耳カチューシャをしている。
「ああ……。スコティッシュ・ランドのモチーフキャラクターを模した、猫耳カチューシャが売ってるんですよ。それをつけて園内を回るのが、中学生や高校生の間で流行っているんです」
「ほう。おれが子供の頃とはだいぶ違うんだな」
雅樹さんは深く長く静かに息を吐いて、画面と僕とを何度も見比べた。
「かわい──」
「つけませんよ」
「なぜ!?」
雅樹さんがことのほかショックを受ける。
「いやなぜって、大の成人男性が猫耳なんかつけてどうするんですか。ランドには行ってもいいですが、猫耳はつけません」
「真也は猫耳もすごくかわいいはずだ。世間様の常識をきみに当てはめてはいけない」
「褒められているのかけなされているのか」
背後から雅樹さんの腕が絡んできた。
「きみの一日をおれにくれ、真也」
耳元で吐息とともに囁かれる。
「おねがいだ。このとおり」
「……わかりましたよ。あなたに全部をあげるって誓いましたし」
やった、と耳元で静かに抑揚なく喜ばれて、リビングに立ちっぱなしになりながら、僕の胸元へ回っていた腕に、さらにきつく抱かれた。
ああ……あらゆる雅樹さんとのふれあいが夫婦みたいになりつつあって、困る。いっそ早く結婚したい。
「ランドへ行って、猫耳つけて、おれが一日中真也をかわいいと言う日だ」
「ひとつだけ条件をつけていいですか」
「もちろん」
「僕だけ猫耳なんて羞恥で死にそうなので、雅樹さんもつけてください」
「おれに拷問でも課すつもりか」
「どの口がほざくんですか。僕に同じ拷問を要求しておきながら」
「………………わかった」
これで同罪である。
罪状は、大の男が猫耳をつけて世間様にお目汚しする罪。
「スコティッシュ・ランドですね」
そう言うと、画面に集中しきっていた雅樹さんが、初めて僕に気づいて顔を上げた。立ち上がり、後頭部と背中に手を回して、いきなりこちらにキスをする。キス魔は毎日健在でちょっと困っている。
「おかえり。玄関まで行くのを忘れていた」
「ただいまもどりました。これ、どうしたんですか?」
「会社の福利厚生で、ここの入場料の割引が適用できるらしい。社のポータルサイトに案内が出ていた」
雅樹さんは晴れて沼井製薬に再就職し、働いている。そこの企業の福利厚生ということだろう。
「雅樹さん、遊園地好きなんですか?」
「いや。記憶の限り、人生でここへ一度しか行ったことがないから、遊園地そのものが好きかどうかはわからない。……そうだ、これを見てくれ」
今さらりととんでもないことを言われた気がしたが、さておき雅樹さんは、ノートパソコンの画面を見やすいように傾けた。
「この写真……なんだろう?」
画面にはスコティッシュ・ランドのフォトギャラリーが出ていて、女子高生らしき若い二人組がアトラクションを背にして写っている写真があった。頭上にはどちらも猫耳カチューシャをしている。
「ああ……。スコティッシュ・ランドのモチーフキャラクターを模した、猫耳カチューシャが売ってるんですよ。それをつけて園内を回るのが、中学生や高校生の間で流行っているんです」
「ほう。おれが子供の頃とはだいぶ違うんだな」
雅樹さんは深く長く静かに息を吐いて、画面と僕とを何度も見比べた。
「かわい──」
「つけませんよ」
「なぜ!?」
雅樹さんがことのほかショックを受ける。
「いやなぜって、大の成人男性が猫耳なんかつけてどうするんですか。ランドには行ってもいいですが、猫耳はつけません」
「真也は猫耳もすごくかわいいはずだ。世間様の常識をきみに当てはめてはいけない」
「褒められているのかけなされているのか」
背後から雅樹さんの腕が絡んできた。
「きみの一日をおれにくれ、真也」
耳元で吐息とともに囁かれる。
「おねがいだ。このとおり」
「……わかりましたよ。あなたに全部をあげるって誓いましたし」
やった、と耳元で静かに抑揚なく喜ばれて、リビングに立ちっぱなしになりながら、僕の胸元へ回っていた腕に、さらにきつく抱かれた。
ああ……あらゆる雅樹さんとのふれあいが夫婦みたいになりつつあって、困る。いっそ早く結婚したい。
「ランドへ行って、猫耳つけて、おれが一日中真也をかわいいと言う日だ」
「ひとつだけ条件をつけていいですか」
「もちろん」
「僕だけ猫耳なんて羞恥で死にそうなので、雅樹さんもつけてください」
「おれに拷問でも課すつもりか」
「どの口がほざくんですか。僕に同じ拷問を要求しておきながら」
「………………わかった」
これで同罪である。
罪状は、大の男が猫耳をつけて世間様にお目汚しする罪。
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