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キューピッドは激励される

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「──それで、嘘を明かすにしてもその方との関係が壊れることが恐ろしくて、打ち明けられないのだとか」

 話を聞いたひさひさ先生は、机に肘をついて頭をうつむかせながら「うーん」とひとしきり唸っていたが、やがてバッと顔を上げた。

「オレとしては、正直に言っちゃっていいと思いますよ」
「はあ。言っちゃっていい、ですか」
「はい! 言っちゃっていいです」

 『正直に言うべきである』ではなくて『正直に言っちゃっていい』とは、妙な言い回しだ。

「バースを偽っていたことを打ち明けて、こじれたりしないものでしょうか?」
「オレだって、森村先生にベータだって嘘ついてましたけど、直ぐにバレましたもん。っていうか、最初から森村先生はオレがオメガだって気づいてました。でも怒られなかったし!」
「いえ。森村先生はそうでしょうが、他のアルファを相手に、自分をオメガと偽っている今回の場合は……怒られるような気も」
「でも、どうやったってアルファには、嘘なんか早い段階でバレると思うんだけどなぁ」

 なるほど。そうなると、そもそも嘘を相手にされていない可能性もあるのか。
 自意識過剰にも自分をオメガだと嘘をついて、それに対して自意識過剰に恐れているのは僕だけなのかもしれない。

「中砥さん……大丈夫ですか?」

 ハッとして顔を上げた。束の間真顔で黙考していたせいか、先生を怖がらせてしまったようだ。編集としてあるまじき態度だった。

「大丈夫です、ありがとうございます。僕からもその友人に勇気を出せと言ってみます」
「はい。大丈夫ですよ、きっと!」

 大丈夫、だといい。
 とりあえずずっと僕の悩みをするわけにも行かないので、そろそろ打ち合わせに入ることにした。

「では、新作のキャラデザについてり合わせましょうか」
「はい。ラフ描いてきたんですけど……」
「拝見しますね」

 気持ちを切り替えて、ひさひさ先生が差し出したスケッチブックを覗く。
 その後はラフの揉み込みに時間をずいぶん使い、打ち合わせを終えた時には辺りが暗くなっていた。

 オメガに夜道を歩かせるのは、突発的な発情によるアルファからの性被害や、小柄で力の弱い体格差を狙った性犯罪など、多大な危険がつきまとう。

「もしよろしければ、タクシーを呼びますよ」
「あ、大丈夫です。森村先生が下で待ってるって」

 下、というのは社屋の一階に入っているカフェを指しているのだろう。

 エレベーターに乗ってエントランスまで降りてみると、やはりそこに森村先生が待っていたので、ひさひさ先生を彼に引き渡して別れた。

「嘘は嘘のままにしておけない……アルファにはバレる嘘、か」

 あまり、ピンとこないな。

 今はどれだけ悩んでも解決しないことに思考を割くのはやめよう。
 二人の背中を見送って、頭を仕事モードに切り替える。

 エレベーターを待つ間、さっきまで眺めていたひさひさ先生のラフ画を頭に思い浮かべ、腕を組んだ。

「さて……あのラフ、どうしよう」
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