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キューピッドは囁かれる

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 今まで、嘘を隠し通そうとしていた僕の浅はかな行動は、なんだったんだろう。

 だったらもっと巧みに──フェロモンの代わりに香水でもつければよかった?
 この僕が、雅樹さんを引き止めるために誘惑のようなことをすればよかったとでも?
 嘘でも市販の抑制剤を買って手元に置いておけばよかったのか?

 そんなもの、全て無意味だ。

 だって、雅樹さんは出会った瞬間から僕がベータだとわかっていたから。
 僕には、雅樹さんを引き寄せられる要素が何一つない……。

 苦しい。
 また胸が締め付けられて、この感情がなんなのかもわからず、苦しい。

「ぼ、僕は、嘘をついていることがバレたら、あなたが去っていってしまうんじゃないかって……それで、言い出せなくて」
「なぜそれでおれが去ると思うんだ。きみに追い出されるならまだしも」
「だって、僕には魅力のかけらもないんです」
「そんなふうには見えない」
「言われたんです、実際に」

 きつく抱きしめられていた胸が離れて、肩を強く掴まれた。
 真正面から、本気で怒っているらしい雅樹さんに睨みつけられる。

「誰がそんなことを言った」
「え……」
「誰が」
「ゆ、友人が──」
「今日飲みに行った相手か。そんなものは友人じゃない」

 縮まりそうな距離から逃げているうちに、僕はいつの間にか部屋の壁に追い込まれていた。

「ぼ、僕は間違っても誰かに好かれるような人間じゃないから……」

 僕の外見にはこれといった特徴がなくて、感情の機微も読めない。
 〝甲斐甲斐しく〟てオスらしさがない。

「僕は詐欺に引っかかりやすくて、仕事もすぐに辞めるように見える人間なんです。オメガと偽らなければなんの魅力もない……!」
「あの友人がそう言って、きみに呪いをかけているんだ。ただでさえ輝いているきみに『これ以上幸せになるな』と、相手が嫉妬しているんだよ」
「違います! 佳乃は関係ない。僕は僕自身のことを──」
「きみは優しい人だ。そんな相手にまで気を使うことができる。やはりそれは魅力だよ、真也」

 違う。違うんだ。

 僕の生活はいつもどこかむなしくて、相手の感情を正しく理解した試しがなくて、幸せを手に入れられそうなところで不安になって、挙句に嘘をつく。

 それのどこが魅力だっていうんだ。

 こんなことでは、佳乃みたいに結婚する相手なんかいるはずもないし、子育てなんかもってのほかだ。
 そんな僕に、彼女が嫉妬するはずない。

「もういいんだ、真也」
「違う……、僕、は」
「きみがこれ以上、苦しむ必要はない」

 知らず首を左右に振って否定しようとするのに、雅樹さんはこういう時に限って容赦がない。

「ただきみは、魅力を使うべきところを間違えているに過ぎない」

 怖い。
 急に距離がぐんぐんと縮まってくる。
 ずっと踏み込むことをためらっていた一線を、お互いに跨ぎ越えてしまっている。
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