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026『ちょっとそこまで』
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「お願いですレオ様!!」
書斎を訪れると同時に、レオに向かって土下座をしたカルタが叫ぶ。
「シオンを1日⋯⋯いえ、半日ください!!」
ペンを持ったままポカンとしているシオンの隣で、レオが不機嫌に牙を剥いた。
「ほぅ? 俺からシオンを奪う気か?」
絶対に攻撃されないとわかってはいるが、レオの迫力に押されたカルタがブンブンと首を振る。
「滅相もございません!! ただ⋯⋯シオンがレオ様と契約して早半月、外交で他国へ赴く以外で外出した事はありましたか?」
ピクッとレオの眉間が動いたのを、カルタは見逃さない。
「もちろんタダでとは言いません、こちらをどうぞ」
カルタが差し出した物は数冊のアルバム⋯⋯それも、幼少期のシオンがたくさん写った物だった。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
幼馴染のカルタにしか用意できない、貴重な代物を受け取ったレオが満足気に微笑む。
「良いだろう」
ガブリ。
「半日、貸してやろう」
シオンのうなじに噛み付いて、本当の意味を持った契約印を上書きしたレオが上機嫌で星獣の部屋に消えた。
✲
淡く、それでいて目立つ薄紫の髪には、鍔が大きめなキャスケットを。
星獣と契約した者の証の契約印と、レオの牙の痕には、襟が立ったジャケットを。
カルタが用意した衣類をまとったシオンはどこからどう見ても19歳の一般市民だ。
「わぁ~!」
地元を離れ、レグルス城に住むようになって1年半。
入隊した数日後には、現在と同じようにいつもレオが傍らに居たせいで、未だ城下町を訪れた事のないシオンの目が輝いている。
「楽しそうだな」
「うん!」
観光客向けの露店が立ち並ぶ大通りにワクワクが止まらない、シオンのキャスケットを目深に下げたカルタが呆れた声音で言う。
「バレたら終わりだから慎重にな、陛下」
「わかってる!」
多分わかってないだろうなぁ⋯⋯とは思いつつ、久方振りに見た楽しそうなシオンが嬉しくて、カルタは率先して城下町を案内した。
名産品のベリーをふんだんに使ったクレープの露店。
定番土産、獅子を象ったクッキーやアクセサリーが陳列された露店。
カップル必見のフォトスポットに、休憩ができる噴水広場。
国王でありながら、知らない事ばかりの城下町にシオンが花開く。
「どうしよう、すっごく楽しい!」
噴水の縁に座って、クレープを頬張るシオンが19歳の青年らしい、無邪気な声で笑う。
「城下町ってこんな感じだったんだな!」
風で飛ばされそうになった、シオンのキャスケットを手で押さえ付けたカルタが肩を上下させた。
「楽しそうなのは良いけど、気を付けろよ。最近はヤバい宗教とか流行ってて危ないんだからな」
もぐもぐしながら「ヤバい宗教?」と繰り返すシオンにカルタが説明する。
「レオ様に喰ってもらいたくて故意に殺人を犯すイカレたカルト宗教なんだよ。名前は確か⋯⋯メランハイマ教? だったかな」
4ヶ国で唯一死刑制度のある国、レグルス。刑の執行方法はひとつ。レオに喰い殺されるのみ。
メランハイマ教とは『殺人を犯し、死刑囚となり、国の象徴であるレオ様に喰われる事で死後、安息の地へ誘われる事』を目的とした宗教団体らしい。
「へぇ、いろんな人が居るんだな」
クレープの包み紙を丸めてダストシュートをキメた、完全に他人事なシオンにカルタは忠告する。
「これだけでもヤバいのに、実はもっとヤバくてさ。この間なんか、レオ様からの寵愛を一身に受ける【淡紫の花】を崇めよ、って演説してるの聞いちゃって⋯⋯マジで気を付けろよ?」
一通りの説明を聞いた所で、レオが口を出す。
「おい。半日貸してやる、とは言ったがシオンに余計な事を言えと言った覚えはないぞ」
城下町。人々が行き交う噴水広場。キャスケットを目深に被っている青年。突如現れた国の象徴。
自然と集まってしまった人々の視線がレオと謎の青年に突き刺さる。
「やはり部屋に居るのは落ち着かん」
カルタに渡された謝礼を充分に堪能したレオが、シオンの頬にたてがみを擦り寄せた。
「いついかなる時も、お前の傍らに居たい」
キャスケットを噴水に落とした、シオンの手首をつかんだカルタが全力疾走でその場を離れる。
城下町の、特に栄えた場所を抜けて、適当な裏路地に入るまでどれだけ走ったかわからない。
どれだけの人から「レオ様!?」「シオン陛下!?」と声を掛けられたかわからない。
鍛錬以外で息を切らして走ったのはいつぶりだっけ。
狭い裏路地で2人して肩で息をして、お互いに顔を見合わせて、必死な顔がなんだかおかしくて、思いっきり笑った。
「何がそんなにおかしいんだ?」
幼馴染の仲良さげな雰囲気に嫉妬したレオがムッと顔をしかめる。
「ふふ、何でだろうな? わからない」
機嫌直して、とレオを抱きしめたシオンを、漆黒と交わる淡い紫を目の当たりにしたカルタに、暗い感情が渦巻く。
半年前は、契約させられたばかりの頃は「助けて」って言えなくて、痛くて泣いてたのに。
「俺のシオンなのに⋯⋯」
「カルタとは仲良くして? お願い」
「ぬぅん⋯⋯」
どうした? 洗脳でもされた?
そうだとしたら早く⋯⋯いや、そうでなくても、一刻でも早く救い出してやらないと。
シオンが今以上に、レオ様と交わる前に。
書斎を訪れると同時に、レオに向かって土下座をしたカルタが叫ぶ。
「シオンを1日⋯⋯いえ、半日ください!!」
ペンを持ったままポカンとしているシオンの隣で、レオが不機嫌に牙を剥いた。
「ほぅ? 俺からシオンを奪う気か?」
絶対に攻撃されないとわかってはいるが、レオの迫力に押されたカルタがブンブンと首を振る。
「滅相もございません!! ただ⋯⋯シオンがレオ様と契約して早半月、外交で他国へ赴く以外で外出した事はありましたか?」
ピクッとレオの眉間が動いたのを、カルタは見逃さない。
「もちろんタダでとは言いません、こちらをどうぞ」
カルタが差し出した物は数冊のアルバム⋯⋯それも、幼少期のシオンがたくさん写った物だった。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
幼馴染のカルタにしか用意できない、貴重な代物を受け取ったレオが満足気に微笑む。
「良いだろう」
ガブリ。
「半日、貸してやろう」
シオンのうなじに噛み付いて、本当の意味を持った契約印を上書きしたレオが上機嫌で星獣の部屋に消えた。
✲
淡く、それでいて目立つ薄紫の髪には、鍔が大きめなキャスケットを。
星獣と契約した者の証の契約印と、レオの牙の痕には、襟が立ったジャケットを。
カルタが用意した衣類をまとったシオンはどこからどう見ても19歳の一般市民だ。
「わぁ~!」
地元を離れ、レグルス城に住むようになって1年半。
入隊した数日後には、現在と同じようにいつもレオが傍らに居たせいで、未だ城下町を訪れた事のないシオンの目が輝いている。
「楽しそうだな」
「うん!」
観光客向けの露店が立ち並ぶ大通りにワクワクが止まらない、シオンのキャスケットを目深に下げたカルタが呆れた声音で言う。
「バレたら終わりだから慎重にな、陛下」
「わかってる!」
多分わかってないだろうなぁ⋯⋯とは思いつつ、久方振りに見た楽しそうなシオンが嬉しくて、カルタは率先して城下町を案内した。
名産品のベリーをふんだんに使ったクレープの露店。
定番土産、獅子を象ったクッキーやアクセサリーが陳列された露店。
カップル必見のフォトスポットに、休憩ができる噴水広場。
国王でありながら、知らない事ばかりの城下町にシオンが花開く。
「どうしよう、すっごく楽しい!」
噴水の縁に座って、クレープを頬張るシオンが19歳の青年らしい、無邪気な声で笑う。
「城下町ってこんな感じだったんだな!」
風で飛ばされそうになった、シオンのキャスケットを手で押さえ付けたカルタが肩を上下させた。
「楽しそうなのは良いけど、気を付けろよ。最近はヤバい宗教とか流行ってて危ないんだからな」
もぐもぐしながら「ヤバい宗教?」と繰り返すシオンにカルタが説明する。
「レオ様に喰ってもらいたくて故意に殺人を犯すイカレたカルト宗教なんだよ。名前は確か⋯⋯メランハイマ教? だったかな」
4ヶ国で唯一死刑制度のある国、レグルス。刑の執行方法はひとつ。レオに喰い殺されるのみ。
メランハイマ教とは『殺人を犯し、死刑囚となり、国の象徴であるレオ様に喰われる事で死後、安息の地へ誘われる事』を目的とした宗教団体らしい。
「へぇ、いろんな人が居るんだな」
クレープの包み紙を丸めてダストシュートをキメた、完全に他人事なシオンにカルタは忠告する。
「これだけでもヤバいのに、実はもっとヤバくてさ。この間なんか、レオ様からの寵愛を一身に受ける【淡紫の花】を崇めよ、って演説してるの聞いちゃって⋯⋯マジで気を付けろよ?」
一通りの説明を聞いた所で、レオが口を出す。
「おい。半日貸してやる、とは言ったがシオンに余計な事を言えと言った覚えはないぞ」
城下町。人々が行き交う噴水広場。キャスケットを目深に被っている青年。突如現れた国の象徴。
自然と集まってしまった人々の視線がレオと謎の青年に突き刺さる。
「やはり部屋に居るのは落ち着かん」
カルタに渡された謝礼を充分に堪能したレオが、シオンの頬にたてがみを擦り寄せた。
「いついかなる時も、お前の傍らに居たい」
キャスケットを噴水に落とした、シオンの手首をつかんだカルタが全力疾走でその場を離れる。
城下町の、特に栄えた場所を抜けて、適当な裏路地に入るまでどれだけ走ったかわからない。
どれだけの人から「レオ様!?」「シオン陛下!?」と声を掛けられたかわからない。
鍛錬以外で息を切らして走ったのはいつぶりだっけ。
狭い裏路地で2人して肩で息をして、お互いに顔を見合わせて、必死な顔がなんだかおかしくて、思いっきり笑った。
「何がそんなにおかしいんだ?」
幼馴染の仲良さげな雰囲気に嫉妬したレオがムッと顔をしかめる。
「ふふ、何でだろうな? わからない」
機嫌直して、とレオを抱きしめたシオンを、漆黒と交わる淡い紫を目の当たりにしたカルタに、暗い感情が渦巻く。
半年前は、契約させられたばかりの頃は「助けて」って言えなくて、痛くて泣いてたのに。
「俺のシオンなのに⋯⋯」
「カルタとは仲良くして? お願い」
「ぬぅん⋯⋯」
どうした? 洗脳でもされた?
そうだとしたら早く⋯⋯いや、そうでなくても、一刻でも早く救い出してやらないと。
シオンが今以上に、レオ様と交わる前に。
応援ありがとうございます!
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