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025『半年前』

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 血で濡れた、震える身体を自分で抱いて「大丈夫」と言って泣いていた、あの日のシオンが忘れられない。

 レオ様から与えられる『寵愛』は、明らかに『支配』と言った方が正しいのに、気付いていないのはシオンだけ。

 いや、本当は気付いている。知っていたのに、認めてしまえば全部が狂ってしまうから、認められなかった⋯⋯いや、それも違うな。

 シオンがレオ様に視認された時から、全部が狂っていた。

 その瞬間。

 俺の幼馴染は【淡紫の花】となってしまった。

 国の政治を担う大臣も、王家の人間ですら、どうする事もできないのに、平民の俺なんかがどうにかできるわけがない。

 だけど⋯⋯レオ様を受け入れる事しか許されないシオンを放っておけなくて、見ていられなくて。

 俺に力が有れば救えたかもしれないのに、なんて思う時なんて一瞬も無いくらい、レオ様の力は大きくて、果てしなくて。

 痛いとか、怖いとか、逃げたいとか、言いたい事はたくさんあるだろうに言わないシオンを慰める事も、日毎、深く刻まれる首の痕を上書きする事も、消してあげる事もできなくて。

 たった一言「助けて」って言ってくれたら、どうにか頑張れただろうけど、シオンがそれを言わなかったのは、どうにもできないって事を一番わかっていたからだと思う。

「大丈夫、俺は⋯⋯俺だけは、シオンの味方で居るから」

 苦痛の涙で濡れたシオンを抱き留める事に、背中がシオンの血で染まる事に慣れる前に、早くどうにかなれば良いと願っていた矢先に、大事件が起きた。

 レグルス城内の中心地。

 人々が一番行き交うこの大広間で、レオ様の牙にかかった者が、犠牲者が出てしまった。

 レオ様の判断を、シオンが国王になる事を良しとしない大臣が2人、シオンを殺めようと自ら赴いたらしい。

 シオンの最期を周囲に知らしめようと、わざと人が多いこの場所を選んだんだろうけど、結果は逆効果だった。

 折れた剣。

 人間の形をしていたはずの肉塊。

 生臭くて真っ赤な水溜まり。

 レオ様の大事な【淡紫の花】に触れた者がどうなるのか⋯⋯見せしめとしては充分過ぎるほどに、苛烈な粛清の痕跡が残る大広間に座り込んだシオンは泣くでも、怒るでもなく、ただただ黙ってその惨状を見つめていた。

「シオン!」
「⋯⋯⋯⋯カルタ」

 駆け寄ろうとした足が、今まで何度も聞いたはずのシオンの、聞き覚えのない声に驚いて止まる。

「カルタ」

 最初からそうだったけど、どうする事もできない俺を突き放すように、シオンは続けた。

「今までありがとう」

 なんだよそれ。

「大丈夫」

 そんなわけないだろ。

「もう、抗わないから」

 シオン⋯⋯?

「レオ」

 何も言えない俺に構わず、シオンは傍らで控えているレオ様のたてがみに手を伸ばす。

「約束」

 ダメだ。

「今後、俺を殺ろうとした人が来ても、命を奪わないで」

 その続きを言うな。

「ちゃんと守ってくれるなら、俺は⋯⋯」

 シオン⋯⋯!

「本当の意味を持った契約印も、座る資格が無い玉座も、全部を受け入れる」

 なんで。

「あぁ、わかった」

 なんで、シオンが選ばれたんだ。

「約束しよう」

 コイツはただの平民だぞ。

「ようやっと俺を受け入れる気になってくれたな」

 髪色が建国王と同じなだけの、ただの平民だぞ。

我が主シオン

 人を殺めた牙で、シオンに触れるな。

 契約の証なら、もう既に星獣せいじゅうと契約した者の証が首に刻まれてるだろ。

 何だよ『本当の意味を持った契約印』って、どこをどう見たって痛々しい怪我でしかないだろ。

「それと、これはお願い。カルタを守って」

 は!?

「城の人達には俺の幼馴染だって事は知られているだろうし、きっといつか何らかの被害に遭うかもしれないから」

 おいおい待て待て!!

「他ならないお前の頼みだ、承諾しよう」

 やっと声が出せるようになった俺は、渾身の力で叫ぶ。

「ちょっと待て!! 次の犠牲者を出さない為に、俺の為に、お前はレオ様に縛られる事を選ぶのか!?」

 レオ様のたてがみに腕を回したシオンがコテンと首を傾げる。

「そうだよ」

 ガキの頃から変わらない、その癖は紛れもなくシオンその者なのに。何年間もずっと一緒に居たはずの、シオンが遠い。

「それがどうかした?」

 二度と外れない首輪を嵌められる事が決まったのに、当然みたいな顔をしてキョトンとしているシオンが許せなくて、思わず手が出そうになる。

「お前がシオンの幼馴染だな? 名は確か⋯⋯カルタといったか」

 自己紹介した覚えはないのに、レオ様に名前を言われてびっくりした。

「愛しいシオンから賜った、初めてのお願いだ」

 あぁ⋯⋯周囲の視線が痛い。

「引き受けてやる」

 嫌だな、俺はお前を守る存在で居たかったのに。逆になっちゃった。

「ありがとう、レオ」

 シオン⋯⋯いつか必ず助け出してやるからな、待ってろ。
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