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026 ヴァイスを預けます。

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 ギルド建物から出て来た二人の男。
 ひとりはクロード。もうひとりは――。

「よう。俺はレーベレヒト。Aランク冒険者兼この街のギルドマスターだ。よろしくな、ユーリちゃん」

 レーベレヒト片手を挙げて名乗る。
 研ぎ澄まされたナイフ――それがレーベレヒトの第一印象だ。

 150センチの細身。
 ツンツンに立つ短い黒髪。
 年齢は30代半ばだが、若々しいエネルギーが皮膚を突き破りそうだ。
 肩書きに驕《おご》らず、気安くユーリに手を伸ばす。

「よろしくねっ。レーベお兄ちゃん」
「なっ!」

 両手でレーベレヒトの手をギュッと握り、上目でニッコリと彼の瞳も握りしめる。

 普段は飄々ひょうひょうとしているレーベレヒトだが、この不意打ち攻撃には耐えられなかった。
 ギルドマスターの見慣れぬ姿と、微笑ましい光景に、他の冒険者たちの笑い声がこぼれる。

「おいっ、見世物じゃねえ。さっさと散らばれ!」

 空いた手でシッシと追い払おうとするが、場所はギルド入り口前。
 それに「どけ」と言われて、すぐ聞くほど冒険者というのは素直な生き物じゃない。
 良いおもちゃを見つけたとばかり、ニヤニヤと粘りっ濃い視線でレーベレヒトを縛りつける。

「ああ、もう。分かった、分かった。場所を変えるぞ。なあ、その手を離せ」
「えっ、嫌だった?」
「べっ、別に嫌ってわけじゃ……」

 彼女の渾身の演技にレーベレヒトはどぎまぎしている。
 面白がった彼女は握る手に力を込める。

「おっ、おい。クロード、なんとかしろっ!」
「すべてはユーリ様の御心《みこころ》のままに」
「あー、使えないなあ」
「ふふっ、これくらいで許してあげるね。さあ、いこ?」

 握りしめていた左手を離すと、右手でレーベレヒトの手を引っ張り歩き始める。

「おい、クロード、その馬を連れてこい」
「ねえ、どっちに行けばいいの?」
「こっちだ」

 一行はギルド裏手にある厩舎に向かった。

「わあ、いっぱいいるねっ」

 厩舎は広く、様々な使役獣が収まっている。
 使役者が離れる場合には、ここに預ける規則だ。

「それにしても、大したもんだな」

 人の群れから離れ、レーベレヒトは落ち着きを取り戻した。
 その視線はヴァイスに向けられ、感嘆とも畏敬ともとれる顔つきだ。

「クロードがテイムしたってんなら分からなくもないが、お前さんそっちはからっきしだしな」

 次に視線はユーリへと向かう。
 パッと見は可憐な幼女。だが、大勢の冒険者を見てきたレーベレヒトは騙されない。

「まあ、揉め事を起こさないなら、俺は構わんけどな」

 レーベレヒトは深入りしないと決めた。
 元々責任感の強いタイプではない。
 ギルドマスターも押しつけられて、渋々引き受けただけだ。

「おい、新入りだ。中に入れてやれ」
「いやいや、無理ですよ、旦那」

 声をかけられた厩務員が「なにを言ってるんだ」と首を振る。

「コイツが暴れたら、俺たちじゃ止められないですぜ」

 男の言葉に他の厩務員たちも賛同する。
 と命じたレーベレヒトも「そりゃ、そうだよな」納得するしかない。
 さて、どうしたものか、というところで――。

「大丈夫だよ。ヴァイスはいい子だからね」

 ユーリの言葉にヴァイスがヒヒンと答える。

「ちゃんとおとなしくしてるんだよ。ねえ、中に入れればいいの?」
「ああ、頼む。ユーリちゃんの言うことしかきかなそうだからな」

 一応、許可を得てから、ヴァイスを連れて厩舎の中に入る。
 すると、今まで騒いでいた使役獣がピタリと静まり、身体を伏せた――服従のポーズだ。
 本来なら、使役者のみに向けられる姿勢だが、ユーリとヴァイスを絶対的上位者だと本能的に悟ったのだ。

「おいおい、マジかよ……」

 この光景にレーベレヒトは言葉を失う。

「これがユーリ様というお方です」
「ああ、もう、好きにしろ。俺は知らん」
「大丈夫です。敵に回らなければ、ユーリ様は寛大なお方です」
「できれば、どっか別の場所に行ってもらいたいんだがなあ……」

 レーベレヒトはユーリを心配していると言うより、彼女に突っかかる輩《やから》がいないかを心配していた。

「殺しは控えてくれると助かるんだがなあ」
「ユーリ様がそう望むのであれば」

 レーベレヒトは「はぁ」とわざとらしくため息を吐く。
 これ以上言っても無駄だと分かっている。
 問題が起こらぬように祈るしかなかった。

「楽しかった! みんな、いい子だね」

 そこにユーリが戻ってくる。
 レーベレヒトは乾いた笑いを返すことしかできなかった。

「もう、帰っていいの?」
「後は事務手続きだけだ。話は通してある。二人で受付に向かってくれ」
「うんっ!」
「ついでに『疲れたから俺は帰る』って伝えておいてくれ」

 後は知らんとばかり、ヒラヒラと手を振って、去って行く。
 彼はこの選択を後で後悔する――あのとき残っていればと。


【後書き】
次回――『誰かがユーリに会いに来た。』
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