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12.射る女/臆病者※

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「──ずっと、待ってたの」

 誰でもいいから、この身体を埋めてほしかった。

「絶対に来てくれると思ってた」

 誰でもいい──誰でもよかったはずなのに、最も触れてはならない人物に手を伸ばしていた。
 彼以外、きっと誰もこの手を取ってはくれないだろうから──。

「嬉しい……」

 脇の下に腕を滑り込ませ、彼はこの身体を抱き寄せてくれた。
 とても弱い力で。
 伝わってくる体温が鼓動が、とても心地良かった。
 触れては、いけないのに。

「……とっても、嬉しい」

 もう逃げられない。
 逃げることなんてできない。

「泣かなくて、いいのよ」

 この人は、俺の心を分かってくれるから。

「もう大丈夫だから」

 彼は分かってくれる。
 その肌で、この身体を慰めてくれる。

「……ケ、ティ」

 薄闇の中、名を呼べば、美しさが一瞬にしてほころんだ。
 固く閉じたままのつぼみに春のぬくもりを与えてくれそうな──そんな柔らかな笑顔だった。

「あたしが全部、ふさいであげる……」

 ケティは俺の身体を壁に押し付け、唇を重ねてきた。

「……んっ」

 最初は、やわく。
 互いの呼吸を感じながら、ゆっくりと触れ合う。
 じれったくなるほど時間をかけて。

「──ぁ、はっ!」

 だが、強い刺激を欲している身体はとまらなくなり、思わず声が漏れてしまう。
 ケティはそれに気づくなり、あっさりと唇を解放した。

「なに焦ってるの?」

 からかうように赤い爪先で頬をつついてくる。
 俺は急に恥ずかしくなり、その手を払いのけようとした──が、逆にケティの手に捕えられてしまう。

「……我慢できなくなるでしょうに」

 指と指が重なり合い、根元できつく絡み合う。その瞬間、

「ンンッ!」

 まるで気が変わったかのように、乱暴に顔を押し付け、俺の唇を吸い始めた。
 角度を変えながら、擦り合わせる。
 その激しさに応えたくて、その唇に舌を這わせてみると、彼は嬉しそうに俺の口内へと自分の舌をねじ入れてくる。

「……っ、は」
「ふ、……ん……」

 ここがまだ玄関先だということも忘れ、互いをむさぼった。
 混ざり合う唾液の音。
 ケティの吐息。
 ただそれだけなのに体の奥底に触れられたようだった。
 実感の無いはずの愛撫に、ひくん、と震えてしまう。

「んっ……」

 やがてケティの口は、首筋をゆっくりと這い始めた。唇だけを使って撫で上げてきたり、舌先でつついてきたり。

「……あっ、……は……」

 思わず息を漏らしてしまうと、皮膚の薄い血管の上──そこに強く吸い付いてきた。
 まるで肉をついばむように、何度も何度も。わざとらしく音を立てて。
 どうやら薄くなったアザを上書きしているらしい。

「くっ……ぅ……」

 そんなことせずとも、この身体はとっくに彼のものだというのに──。

「……たつ、ひ……、ろっ……」
「──ッ!」

 濡れた声で名を呼ばれた瞬間、背をのけぞらせるほど反応してしまった。さらなる刺激を求め、この身体は、すでに熱く、できあがっている。

「さあ、いらっしゃい」

 耳元に唇を軽く這わせ、ケティはささやく。
 そして俺の手首を掴むと、奥の部屋へと誘った。

「二人っきりだから、安心して……」


 これから俺は、また一つ、罪を重ねる。

 
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