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23.響く声/共通点

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「あら、龍広」

 身をひるがえしてこちらを向いた彼はたいして驚いていないようだった。
 俺が追いかけていたのが分かっていたかのよう。
 いつもより鮮やかな化粧をほどこしているのと顔は裏腹に、表情自体は気だるげで覇気が無く、疲れの色が見えるほどだった。

「元気そうで良かった。ちょっとだけ心配してたものだから」

 それでも俺を上から下まで舐めるように見ると、にっこりと微笑む。
 だが、よく見れば分かる。ただ頬や口が上に動いてみせただけ。目の奥は依然として茶色く淀んだままである。

「あっ……あの……、その……」

 俺は何を言ったらいいのか頭が真っ白になっていた。口をパクパクさせながら必死に脳内を探る。

「……この前は、ありがとう。……お、おかげで、助かった……」

 なんとかしぼり出した声は弱々しく、情けないものだった。伝えたいことの半分も言葉になっていない。
 一方のケティはいつもの調子だ。

「ああ。あれね。邪魔されて残念だったわ。もったいぶらずにさっさとねじ込んでおけばよかった」
「……ッ!」

 小さく震えた俺を見据え、ケティは歩み寄ってくる。獲物めがけて滑空する猛禽類のごとく。
 貼り付いたような笑みを浮かべたままで。


 ――きっと今までの俺なら、ひるんだ隙に捕まっていたことだろう。


 だが、今日は反射的に体が動いた。
 押さえつけられそうになった肩を強く振り払い、彼の腕から逃れる。
 そのまま、通りの方へ回り込んで一定の距離を取った。
 決して、壁際に追い詰められぬように。


「……あら」

 狙いが外れたケティは途端に笑みを崩し、真顔になった。
 思惑通りにならなかった展開に、つまらない、とでも言いたげに唇をとがらせる。

「少し会わない間に、なんだか変わっちゃったのね……」

 瞳はギラついているかのようにぬめり、そこを隠すように長いまつ毛がぱたぱたと揺れている。
 すると、何かを見透かしたように、

「それってもしかして響くんの?」

 と、自らの鎖骨を指で示した。
 その瞬間、心臓が痛いくらいに鼓動し、全身が燃えるように熱くなった。

 響の――。

 あの日、何度も肌を擦り合わせ、互いの汗の匂いを嗅ぎ合ったことが鮮明に蘇る。
 もちろん、首の皮膚をくすぐった唇の感触も――。

 慌てて確認したものの、それらしい痕なんて一つも残っていなかった。

「冗談よ」

 少し遅れて届く、澄ました声。
 罠にハメられたと気づいたときには、すべてを把握された後だった。

「あーあ。もうあたしだけの龍広じゃないのね……、つまんないの」
「くっ」


 ――やはり、ケティの方が何枚も上手だ。


 
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