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一章 邂逅編
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これはホラー小説じゃなくて、ラブコメ小説の世界です。誰かにそう言ってもらいたい。
今の話の流れだと私が何かに狙われているらしい。暗殺フラグなんていつ、どこに、立ってたのだろうか。思いあたる事は……ああうん、結構あるよね。うちの兄関係で。
けれど、私の思考は途中で停止した。
実はさっきからちょっと吐き気があるような、と思っていて。暑くもないのに汗が止まらないし、心臓もドキドキする。まるで貧血のような感覚。
私は思わず身体を丸めた。
「……………………気持ち、悪い」
一賀課長のマンションへと連れて行かれた私は、リビングのソファーで横にさせて貰っていた。最初は寝室に連れていかれそうになったけれど、あそこは昨晩のアレでコレな記憶があってまったくゆっくり出来ないので、丁重にお断りさせて頂いた。
マンションにはなぜか瑠璃と見知らぬスーツ姿の男性数人がスタンバイしていて、私を彼らに引き渡すと一賀課長はすぐ戻ると言ってどこかへ行ってしまった。
男性数人の中で特に秘書っぽい三十代くらいの男性が、私の気分が悪いのは一賀課長の強い気に接したからだと教えてくれる。耐性がない人が接すると、酷い時は気を失うらしい。
道雄は私と違いまったく平気だった。素質がある人には影響が無いものらしい。昔から妙に運だけは良い弟だけど、そんな素質が…………あんまり羨ましくないからどうでもいいや。
「ミッチー……」
「ん?」
横に座っている道雄に声をかける。
「さっきのさ」
「さっき?」
「なんで……あれを演出って言ったの」
道雄は幽霊の類いは見たことが無いと言っていた。なのに、演出だなんて言いきった理由が知りたい。
「あー……、映画そっくりだったから?」
道雄は前世で大ヒットしていた海外のゾンビ映画の名を口にした。この世界は似ているようで違うところは、同じタイトルの映画やゲームがない。そしてホラーやゾンビ関係の娯楽が極端に少ない。
それはやっぱり本物がいるからだろうか。本物がいると娯楽にならないのだろうか。
「…………なんて情緒の無い…………」
思わず唸って言ってしまう。車をそっと叩く音は怖かったけれど、ゾンビが襲ってきていてその音ならば話が違う。
だって絵にならない。
ゾンビが、そっと車を叩く?……意味不明すぎる。
ゾンビなら破壊する勢いで叩くものではないだろうか? むしろ窓くらい割る。私が知ってるゾンビはそれくらいする。武器を使って追いかけたりするし、本気で強そう。
ゾンビが怖いかと聞かれれば、戦闘力が高いせいで勝てそうにないけれど…… 私のカテゴリーだとホラーじゃなくてあれは異生物の扱いだから、私の怖いのとはまったく違う。
ただ言えることは、怖がって本気で損した。私の恐怖を返せ。
「だろ? 大味っていうか、脅かそうって気持ちが前面に出すぎててさ。アレが本物か偽物か幻かわかんねーけど映画みたいな演出だから、脅かしたいっていう方向性はわかったけどな」
そう言って、ゾンビの苦しそうな仕草を真似する道雄。
つまり、あれは脅しの演出だったらしい。確かに、直接何かをされたわけじゃない。
「見るなって言ったのは、じゃあ」
「スプラッタなゾンビだったから」
それは見るな、で正解だった。同時に納得する。
私は前世からスプラッタ映画が苦手だった。見てリバースするほどに。
ゾンビも完全なゾンビならともかく、妙に血気盛んな血みどろゾンビ映画は生々しくて即リバースだ。
ちなみに今も昔も血肉滴るレアなステーキも駄目で食べられないし、見れない。
「車内ゲロまみれにならなくて良かったな」
「フォローありがとう……」
絶対、隣で嘔吐されたくなかっただけだろうけど。まあ、上司の車で私も吐きたくない。
それにしても、スプラッタなゾンビが車の周りにいた。
しいていうと、いただけ。
そう考えるとイラッとしてきた。前世のホラーゲームをやり込んだ私としては、色々と言いたい。その中途半端さに対して。
「……せめて車内のスピーカーを乗っ取って謎の雑音流すくらいはすべき。それに、調子悪くて車が少ししか動かない、くらいの小細工しておくのが普通じゃないの。演出があれだけなら手抜きもいいとこ」
一賀課長は車を急発進させていた。出だしがあれでは、恐怖感の演出がまったく足りない。
むしろ、最終的に雷のような凄いやつ(名前がわからないのでとりあえず凄いやつで)で色々一瞬で消し去った一賀課長こと芹沢様を見習え! といいたい。あれは心臓がドキドキした。いろんな意味で。
とりあえず、私を狙った術者の想像力の欠如にはがっかりだった。
「車に三人も乗ってるんだから怖さ半減だし。ぜんぜんわかってない」
「確かに恐怖感ねーな。せめて外が豪雨とか鳥がガラスにぶち当たって来るような攻撃がないと、車の意味もない」
「そう、車に乗っているのに不自由、という所で演出するのがチャンス……! それに道の先にはいきなり崖が出現するものでしょ、ミッチー」
「それで車を降りて無人の街を彷徨うんだろ」
「そう。野良犬はいるけど人はいない。いきなりの環境のハードさで心を折るの」
「俺なら拳銃持ってくけど……お前はナイフ一本だろ。お前いつもゾンビに圧勝でわけわかんねーよ」
「へへへ」
完全に途中から前世のゾンビゲームの話をしている私たち。あの頃はスコアを競いあったものだ。ゾンビとの接近戦はナイフの方がスコアが良かったので、道雄に内緒でやりこんで見事勝ってみせたという……。
つまりやるならそれくらいしろ、という事ですよ。
「それくらいの演出するならゾンビが出ても違和感ないけど、やっぱり今ひとつかな」
あのゾンビゲームは海外の作品だから、日本のジトっとするホラーには及びもしない。道雄は拳銃でゾンビを撃ちまくって適度に楽しかったらしいが、私は探険系ホラーの方が好きだし。
「なぜ?」
「だって、絶望がないから」
恐怖は絶望があってこそ長続きする、というのが持論だ。
主人公が絶望していないと物足りない。もちろんゲームでの話で現実の話ではない。
高い志がある主人公だと、爽やかすぎて恐怖感がない。ゾンビを倒して「やった! 一体倒した! 次も行くぞ!」と言われるよりも「こんなのが、まさか何体もいるのか……」と絶望して言ってくれた方が盛り上がるのだ。
「そう、絶望……」
ん? 道雄の声じゃない?
顔をあげると、ソファー近くに一賀課長が立っていた。
いつ戻ってきて会話に加わっていたんだろう。なぜ? のあたりかな? 思い返すと道雄の声じゃないし。
時々この人は気配を消す。飲み会の時もそうだったけど、びっくりするのはこっちなのでやめてほしい。
「佐保、体調はどう?」
「あ、はい。もう大丈夫です」
起き上がろうとするのを、一賀課長が手で止める仕草をした。
「まだ横になっていなさい。それと、今日はもう遅いからここに泊まって行きなさい。篠さんがさっきお兄さんに連絡してくれたから」
「そうですか……」
気がついたのが今更だけど、門限はとっくに過ぎていた。瑠璃がなんとか適当に言ってくれている事を願いたい。
「なら俺は帰ります。こいつもう大丈夫そうだし。じゃーな、お姉サマ」
道雄は言って手をヒラヒラさせてリビングを出て行った。
そういえば、道雄がどこに住んでるのか聞いてなかった。そう思って見送っていると、ソファー横に来ていた一賀課長が身体で邪魔して見送りの視線を遮る。あのう、ちょっと、うちのミッチーが見えないんですけど……。
「色々聞きたいんだけど、いいかな?」
言葉は疑問形なのに、態度はちっとも疑問形ではない上司の笑顔が怖いです。
今の話の流れだと私が何かに狙われているらしい。暗殺フラグなんていつ、どこに、立ってたのだろうか。思いあたる事は……ああうん、結構あるよね。うちの兄関係で。
けれど、私の思考は途中で停止した。
実はさっきからちょっと吐き気があるような、と思っていて。暑くもないのに汗が止まらないし、心臓もドキドキする。まるで貧血のような感覚。
私は思わず身体を丸めた。
「……………………気持ち、悪い」
一賀課長のマンションへと連れて行かれた私は、リビングのソファーで横にさせて貰っていた。最初は寝室に連れていかれそうになったけれど、あそこは昨晩のアレでコレな記憶があってまったくゆっくり出来ないので、丁重にお断りさせて頂いた。
マンションにはなぜか瑠璃と見知らぬスーツ姿の男性数人がスタンバイしていて、私を彼らに引き渡すと一賀課長はすぐ戻ると言ってどこかへ行ってしまった。
男性数人の中で特に秘書っぽい三十代くらいの男性が、私の気分が悪いのは一賀課長の強い気に接したからだと教えてくれる。耐性がない人が接すると、酷い時は気を失うらしい。
道雄は私と違いまったく平気だった。素質がある人には影響が無いものらしい。昔から妙に運だけは良い弟だけど、そんな素質が…………あんまり羨ましくないからどうでもいいや。
「ミッチー……」
「ん?」
横に座っている道雄に声をかける。
「さっきのさ」
「さっき?」
「なんで……あれを演出って言ったの」
道雄は幽霊の類いは見たことが無いと言っていた。なのに、演出だなんて言いきった理由が知りたい。
「あー……、映画そっくりだったから?」
道雄は前世で大ヒットしていた海外のゾンビ映画の名を口にした。この世界は似ているようで違うところは、同じタイトルの映画やゲームがない。そしてホラーやゾンビ関係の娯楽が極端に少ない。
それはやっぱり本物がいるからだろうか。本物がいると娯楽にならないのだろうか。
「…………なんて情緒の無い…………」
思わず唸って言ってしまう。車をそっと叩く音は怖かったけれど、ゾンビが襲ってきていてその音ならば話が違う。
だって絵にならない。
ゾンビが、そっと車を叩く?……意味不明すぎる。
ゾンビなら破壊する勢いで叩くものではないだろうか? むしろ窓くらい割る。私が知ってるゾンビはそれくらいする。武器を使って追いかけたりするし、本気で強そう。
ゾンビが怖いかと聞かれれば、戦闘力が高いせいで勝てそうにないけれど…… 私のカテゴリーだとホラーじゃなくてあれは異生物の扱いだから、私の怖いのとはまったく違う。
ただ言えることは、怖がって本気で損した。私の恐怖を返せ。
「だろ? 大味っていうか、脅かそうって気持ちが前面に出すぎててさ。アレが本物か偽物か幻かわかんねーけど映画みたいな演出だから、脅かしたいっていう方向性はわかったけどな」
そう言って、ゾンビの苦しそうな仕草を真似する道雄。
つまり、あれは脅しの演出だったらしい。確かに、直接何かをされたわけじゃない。
「見るなって言ったのは、じゃあ」
「スプラッタなゾンビだったから」
それは見るな、で正解だった。同時に納得する。
私は前世からスプラッタ映画が苦手だった。見てリバースするほどに。
ゾンビも完全なゾンビならともかく、妙に血気盛んな血みどろゾンビ映画は生々しくて即リバースだ。
ちなみに今も昔も血肉滴るレアなステーキも駄目で食べられないし、見れない。
「車内ゲロまみれにならなくて良かったな」
「フォローありがとう……」
絶対、隣で嘔吐されたくなかっただけだろうけど。まあ、上司の車で私も吐きたくない。
それにしても、スプラッタなゾンビが車の周りにいた。
しいていうと、いただけ。
そう考えるとイラッとしてきた。前世のホラーゲームをやり込んだ私としては、色々と言いたい。その中途半端さに対して。
「……せめて車内のスピーカーを乗っ取って謎の雑音流すくらいはすべき。それに、調子悪くて車が少ししか動かない、くらいの小細工しておくのが普通じゃないの。演出があれだけなら手抜きもいいとこ」
一賀課長は車を急発進させていた。出だしがあれでは、恐怖感の演出がまったく足りない。
むしろ、最終的に雷のような凄いやつ(名前がわからないのでとりあえず凄いやつで)で色々一瞬で消し去った一賀課長こと芹沢様を見習え! といいたい。あれは心臓がドキドキした。いろんな意味で。
とりあえず、私を狙った術者の想像力の欠如にはがっかりだった。
「車に三人も乗ってるんだから怖さ半減だし。ぜんぜんわかってない」
「確かに恐怖感ねーな。せめて外が豪雨とか鳥がガラスにぶち当たって来るような攻撃がないと、車の意味もない」
「そう、車に乗っているのに不自由、という所で演出するのがチャンス……! それに道の先にはいきなり崖が出現するものでしょ、ミッチー」
「それで車を降りて無人の街を彷徨うんだろ」
「そう。野良犬はいるけど人はいない。いきなりの環境のハードさで心を折るの」
「俺なら拳銃持ってくけど……お前はナイフ一本だろ。お前いつもゾンビに圧勝でわけわかんねーよ」
「へへへ」
完全に途中から前世のゾンビゲームの話をしている私たち。あの頃はスコアを競いあったものだ。ゾンビとの接近戦はナイフの方がスコアが良かったので、道雄に内緒でやりこんで見事勝ってみせたという……。
つまりやるならそれくらいしろ、という事ですよ。
「それくらいの演出するならゾンビが出ても違和感ないけど、やっぱり今ひとつかな」
あのゾンビゲームは海外の作品だから、日本のジトっとするホラーには及びもしない。道雄は拳銃でゾンビを撃ちまくって適度に楽しかったらしいが、私は探険系ホラーの方が好きだし。
「なぜ?」
「だって、絶望がないから」
恐怖は絶望があってこそ長続きする、というのが持論だ。
主人公が絶望していないと物足りない。もちろんゲームでの話で現実の話ではない。
高い志がある主人公だと、爽やかすぎて恐怖感がない。ゾンビを倒して「やった! 一体倒した! 次も行くぞ!」と言われるよりも「こんなのが、まさか何体もいるのか……」と絶望して言ってくれた方が盛り上がるのだ。
「そう、絶望……」
ん? 道雄の声じゃない?
顔をあげると、ソファー近くに一賀課長が立っていた。
いつ戻ってきて会話に加わっていたんだろう。なぜ? のあたりかな? 思い返すと道雄の声じゃないし。
時々この人は気配を消す。飲み会の時もそうだったけど、びっくりするのはこっちなのでやめてほしい。
「佐保、体調はどう?」
「あ、はい。もう大丈夫です」
起き上がろうとするのを、一賀課長が手で止める仕草をした。
「まだ横になっていなさい。それと、今日はもう遅いからここに泊まって行きなさい。篠さんがさっきお兄さんに連絡してくれたから」
「そうですか……」
気がついたのが今更だけど、門限はとっくに過ぎていた。瑠璃がなんとか適当に言ってくれている事を願いたい。
「なら俺は帰ります。こいつもう大丈夫そうだし。じゃーな、お姉サマ」
道雄は言って手をヒラヒラさせてリビングを出て行った。
そういえば、道雄がどこに住んでるのか聞いてなかった。そう思って見送っていると、ソファー横に来ていた一賀課長が身体で邪魔して見送りの視線を遮る。あのう、ちょっと、うちのミッチーが見えないんですけど……。
「色々聞きたいんだけど、いいかな?」
言葉は疑問形なのに、態度はちっとも疑問形ではない上司の笑顔が怖いです。
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