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番外 バール家の守護天使
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ラウレリィは銀の髪榛色の瞳の、美しい男性体の天使だ。見た目は十代の後半、ウェーレイキオルよりもっと若く見えるが、実際にはウェーレイキオルが生まれるより十日早くに生まれ落ちた天使だった。
ラウレリィは謂わば同期、謂わば兄弟のような黒い天使が、苦手だった。
――導父に反発して、とんでもない奴だ。
――いくら主に早く会いたいからって!
――我儘だ!
ラウレリィは羨ましいのだった。彼だって早く主の元へ行きたい。それをずっと我慢して、大人しく、導父イーシシールにもよく褒められるほどよい子にしているのにウェーレイキオルと来たら。
ウェーレイキオルは、物覚えはよくてなんでもすぐに出来るようになる。エドアルドの為と思えば当たり前にやってのける。ラウレリィより器用だ。それを驕ることもないが、猪突猛進に振る舞ってイーシシールとラウレリィを振り回すのは本当に頂けなかった。
その日もまた。ラウレリィは姿を消したウェーレイキオルを呼び戻しに行くよう導父に命じられて、清らな水辺へと降り立った。
「ウェーレイキオル。またここにいたのか」
水辺には、胎母たる天使ユスキエラが座り込んでいる。彼女は常に此処に居て守護天使を産み続けている。天使たちに人の供の仕事を教えるべく模擬的に英雄の似姿で居る導父と違い、人型を持たず、他のこともしない。普段は幾重にも重なる銀色の翼を鳥のように畳み、巨大な、しかし美しい裸足を隠しているのだった。
ウェーレイキオルは大体その足元に居る。父に怒られて母に縋る子供だった。
翼や髪が黒いので、ラウレリィはすぐ見つけられる。ユスキエラがゆっくりと翼をひとつ開くと、黄金の瞳がラウレリィを映した。睨み返して、ラウレリィは一応訊ねた。
「叱られたのか」
「叱られました」
「どうして分からない? いや、分かるだろう。導父の仰ることは正しいと。何故反発する」
「待っていくのと変わらないとしても早く会いに行きたいのです。分からないのですか、ラウレリィ」
言葉に詰まった。それは確かに、本心で言えば、ラウレリィだってそうだ。ただ学ぶべきことを学んでからではならないと忠実に居るだけで、今更飛んでも結局主の誕生日までは時間がかかると理解しているだけで。本当は、心では――傍に行きたくて堪らなかった。
すぐにでも、飛んでいきたかった。
英雄、その末裔、彼らの加護。守護天使の使命が、痛切なまでに訴えている。
ラウレリィは、やりなおすように息を一つ吸った。
――お前は。
黒くて変わっていて、もしかしたら厭われるかもしれないのに。――とは、ラウレリィは言えなかった。それは、気に食わない相手に言うにしても、残酷すぎる。主に嫌がられたらなんて、想像だけで身が凍りつくようだ。自分だってもしかしたら、気に入ってもらえないかもと思い始める。
こんなことを考えるからまた、ラウレリィはウェーレイキオルが苦手だった。
「行くぞ。導父がお呼びだ」
結局何も答えず、ただ促す。ウェーレイキオルも言い募らず胎母から離れて翼を広げた。ラウレリィの倍ほどもある力強い翼。――これも、ラウレリィが羨ましくて気に食わないところの一つだ。
その後ラウレリィは順当に、先に下界へと向かった。見送りのウェーレイキオルの羨ましそうなことと言ったらなく、彼は舞い上がるような、また少し苛立つような、切ないような、複雑な気持ちになったものだった。
さらに後日。ウェーレイキオルも無事降りたようだとラウレリィは知った。六氏族の待望の天使降臨はどこでも噂されたし、彼の主は六氏族の権力が大きすぎることを主張するバール家の跡継ぎだったので、情報が早かった。彼らも戦士であり兵舎にも出入りするので、今後もすれ違うくらいは機会があるだろうと思われた。実際、遠目には一度見た。
ラウレリィが下界で初めて見かけたウェーレイキオルは幸せそうだった。彼が知らないほどにこにこして、主の横に居るだけで嬉しくて嬉しくて堪らないのが同じ天使には分かった。黒いことや見目について、やはり周りには色々と言われているようだったが、そんなことは構わないのが明らかだった。ラウレリィは何やら、すっきりした。
――ああ、そうだよな。
――俺だって幸せだもの。
彼も堂々と翼を広げ、主の横で笑った。そうしているとようやく、自分という存在が世界に馴染む思いがするのだった。
主人にウェーレイキオルのことを訊ねられて、悪意も無くただ素直に天の生家での出来事を述べたことであらぬ噂が広まり、彼が焦ったり、ウェーレイキオルが死にかけたりするのは、さらに数日後の話だ。
ラウレリィは謂わば同期、謂わば兄弟のような黒い天使が、苦手だった。
――導父に反発して、とんでもない奴だ。
――いくら主に早く会いたいからって!
――我儘だ!
ラウレリィは羨ましいのだった。彼だって早く主の元へ行きたい。それをずっと我慢して、大人しく、導父イーシシールにもよく褒められるほどよい子にしているのにウェーレイキオルと来たら。
ウェーレイキオルは、物覚えはよくてなんでもすぐに出来るようになる。エドアルドの為と思えば当たり前にやってのける。ラウレリィより器用だ。それを驕ることもないが、猪突猛進に振る舞ってイーシシールとラウレリィを振り回すのは本当に頂けなかった。
その日もまた。ラウレリィは姿を消したウェーレイキオルを呼び戻しに行くよう導父に命じられて、清らな水辺へと降り立った。
「ウェーレイキオル。またここにいたのか」
水辺には、胎母たる天使ユスキエラが座り込んでいる。彼女は常に此処に居て守護天使を産み続けている。天使たちに人の供の仕事を教えるべく模擬的に英雄の似姿で居る導父と違い、人型を持たず、他のこともしない。普段は幾重にも重なる銀色の翼を鳥のように畳み、巨大な、しかし美しい裸足を隠しているのだった。
ウェーレイキオルは大体その足元に居る。父に怒られて母に縋る子供だった。
翼や髪が黒いので、ラウレリィはすぐ見つけられる。ユスキエラがゆっくりと翼をひとつ開くと、黄金の瞳がラウレリィを映した。睨み返して、ラウレリィは一応訊ねた。
「叱られたのか」
「叱られました」
「どうして分からない? いや、分かるだろう。導父の仰ることは正しいと。何故反発する」
「待っていくのと変わらないとしても早く会いに行きたいのです。分からないのですか、ラウレリィ」
言葉に詰まった。それは確かに、本心で言えば、ラウレリィだってそうだ。ただ学ぶべきことを学んでからではならないと忠実に居るだけで、今更飛んでも結局主の誕生日までは時間がかかると理解しているだけで。本当は、心では――傍に行きたくて堪らなかった。
すぐにでも、飛んでいきたかった。
英雄、その末裔、彼らの加護。守護天使の使命が、痛切なまでに訴えている。
ラウレリィは、やりなおすように息を一つ吸った。
――お前は。
黒くて変わっていて、もしかしたら厭われるかもしれないのに。――とは、ラウレリィは言えなかった。それは、気に食わない相手に言うにしても、残酷すぎる。主に嫌がられたらなんて、想像だけで身が凍りつくようだ。自分だってもしかしたら、気に入ってもらえないかもと思い始める。
こんなことを考えるからまた、ラウレリィはウェーレイキオルが苦手だった。
「行くぞ。導父がお呼びだ」
結局何も答えず、ただ促す。ウェーレイキオルも言い募らず胎母から離れて翼を広げた。ラウレリィの倍ほどもある力強い翼。――これも、ラウレリィが羨ましくて気に食わないところの一つだ。
その後ラウレリィは順当に、先に下界へと向かった。見送りのウェーレイキオルの羨ましそうなことと言ったらなく、彼は舞い上がるような、また少し苛立つような、切ないような、複雑な気持ちになったものだった。
さらに後日。ウェーレイキオルも無事降りたようだとラウレリィは知った。六氏族の待望の天使降臨はどこでも噂されたし、彼の主は六氏族の権力が大きすぎることを主張するバール家の跡継ぎだったので、情報が早かった。彼らも戦士であり兵舎にも出入りするので、今後もすれ違うくらいは機会があるだろうと思われた。実際、遠目には一度見た。
ラウレリィが下界で初めて見かけたウェーレイキオルは幸せそうだった。彼が知らないほどにこにこして、主の横に居るだけで嬉しくて嬉しくて堪らないのが同じ天使には分かった。黒いことや見目について、やはり周りには色々と言われているようだったが、そんなことは構わないのが明らかだった。ラウレリィは何やら、すっきりした。
――ああ、そうだよな。
――俺だって幸せだもの。
彼も堂々と翼を広げ、主の横で笑った。そうしているとようやく、自分という存在が世界に馴染む思いがするのだった。
主人にウェーレイキオルのことを訊ねられて、悪意も無くただ素直に天の生家での出来事を述べたことであらぬ噂が広まり、彼が焦ったり、ウェーレイキオルが死にかけたりするのは、さらに数日後の話だ。
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