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十四 後継婚儀
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諸々の支度はどうにか整い、少し冷えたがよく晴れ空の青い、十一月の初め。クラウス家とビヒ家の馬車は連なり大教会に向かった。
伝統的な婚礼衣装の白服を纏った花婿と花嫁がそれぞれに降り立つ。上流階級の内でも有名な美男美女の二人だったが、特にユーセベル特産のレースをふんだんにあしらったドレスの花嫁は美しかった。エドアルドと目が合うと微笑むのは、花も恥じらうほどである。
横に控える天使もまた白地に色とりどりの花を刺繍した衣装で着飾っている。誰もがウェーレイキオルの見目の特異なことを気にかけていたが、杞憂だった。威を示して翼を広げる黒と銀の二羽は対の取り合わせのようだったし、その見事な黒髪の金の艶は纏め上げると見栄えがした。銀の小鳥が飛び立とうとしている、門出の日に相応しい意匠の髪飾りがまた映えた。
オリヴァーとソフィアの父――ビヒ家当主ハイナーが彼らを導いた。
厳かに讃美歌が響く中を進み、エドアルドは星の吊り灯を見つめた。一月前のようなわだかまりは胸になく、ただ、隣の女を妻として共に歩む決意だけが澄んでいた。向かい合い菫色の瞳を見れば、同じ意識がそこにあることを確信する。
司祭の祝福を受け、宣誓をして、指輪を交わす。金銀の環は真新しく輝いた。
緊張の割に儀式はあっさりと済み、帰りの――クラウス家へと向かう馬車は、夫婦が共に並ぶ。沿道には多く見物客が詰めかけていた。
「おめでとうございまぁす!」
一人、誰かが言った。明るい声だった。皮切りに方々から声が上がり、花弁が撒かれる。
「クラウス家万歳!」
「お幸せにー!」
立ち会っていた衛兵は騒ぐなと咎めがたが、ソフィアがふっと微笑んだので、エドアルドも笑った。手を握り、前を見る。動き出す馬車は速やかに彼らを運んだ。
屋敷の広間とそこから続く広い庭では宴の準備が万端である。使用人たちが帰ってきた――新たな主を忙しくも優雅に引き入れて、来客へと繋ぐ。大勢集まった人々もまた着飾り華やかだった。王の使者、六氏族、クラウス家とビヒ家の家族や親類、貴族。エドアルド隊、ソフィアの友人の女たちも幾らか。天使も多く見られた。
それほど大勢の人の視線を一身に受けても、昔からクラウスの後継者として育てられたエドアルドは惑いはしなかった。むしろ、ようやくだ、と思った。大熊の紋章の幕を背に、蜂蜜酒を満たした銀の盃を手に、横のソフィアも同じ姿勢をとったのを確かめて口を開く。
「婚儀滞りなく。星の光の下、我らは結ばれた。――今日、我らの祝いに集っていただき感謝申し上げる。どうか一時、酒杯も食事も楽しんでいかれるよう」
告げる挨拶は至極簡素に。質実はクラウス家の家訓である。家宝の槍斧も既にエドアルドに継承されている為ここで時間はとらなかった。引き継いで、オリヴァーが号令した。
「我がクラウス家の新たな歴史、此度此処に結ばれた新たな夫婦の道を祝して――さあ、星を仰げ!」
祝杯が捧げられる。大人から子供まで、酒や果実水を飲んで笑みを零した。場には麗らかな弦楽が響き始める。少しだけ息を緩めた主たちから盃を受け取り、天使たちも微笑んだ。
それからはまた、挨拶の時間だった。立つ新郎新婦の前に代わる代わる人がやってくる。王の代行として煌びやかに着飾った使者が祝言を述べたのに、まず六氏族が続いた。
クローティルダーと自分にも劣らぬほどに大柄な女――妻アンネマリーと五歳の子グレンを連れて、一番にやってきたのはラルスだった。彼が胸に手を当て洗練された所作で礼をすると妻が倣い、息子もクローティルダーに促されつつきちりと礼の姿勢をとった。
「エドアルド卿、ご結婚おめでとうございます。アレクシウス家を代表し、言祝ぎ申し上げます」
恭しい挨拶。父の目配せに、緊張しながらも、グレンも声を発した。
「おめでとうございます」
エドアルドとソフィアが微笑む。ラルスも気を緩めて笑い、一言付け加えた。
「君たちの道行きに幸多からんことを。友としても、祝わせてくれ」
「ありがとう。――ささやかだが、楽しんでいってくれ」
ラルスは片目を瞑って返事した。その間に、アンネマリーがソフィアに六氏族の伴侶の先輩として声をかけ、クローティルダーが天使二羽に目配せする。彼らもまたこのような場には慣れたもので、長居はしない。すぐにご馳走の用意された外の長卓へと向かっていった。
次に現れたのは、エドアルドとしても今もっとも意識する男、ハーヴィーの後継者ニクラスである。今日は遅れもせず、身嗜みも緩みなく徹底的に騎士然とした男は、自分の天使だけを伴っていた。
「ご結婚おめでとうございます、エドアルド卿。ハーヴィー家より言祝ぎ申し上げます。妻は身重ゆえ、私のみで失礼を」
彼は完璧な動作で一礼し述べた。天使リューツィンデルも淑やかに華を添える。
「ありがとうございます、ニクラス卿。ようこそおいでくださいました」
応じるエドアルドに、ニクラスはしっかりと目を合わせた。
「――貴卿には期待している。元より優れた戦士であるし……細君も立派な方だと伺っている。なんともお美しい」
「ありがとうございます、ニクラス卿」
そうしてソフィアも見て褒めそやす。新妻は微笑して礼を口にした。ニクラスは笑みを深め、すぐ、エドアルドへと視線を戻す。強い、意思ある目だった。
「これから一層の活躍を祈っている。今日はお招きありがとう」
「――どうか、楽しんでください」
エドアルドがはっきり頷き言えば、彼も頷き席へ向かった。砦での――という含みは感じたが嫌な裏はない、さっぱりとした挨拶にエドアルドは安堵した。
――同じようにして。トラウゴット家からはベリウスの長男テオドール夫妻が、シャノン家からは次女エーリカと長男ノルベルトが、グードルーンからは使者が遣わされて、夫婦を祝福した。エドアルドとソフィアは丁寧に受けて礼を言い彼らを祝宴へと促した。客は六氏族に留まらない。何十人も続く。それだけで大仕事だった。
たまに、自身にも向けられる言葉に応じながら、ウェーレイキオルとリリアンリヴはその顔と会話をすべて覚えた。
ようやく最後、既に酒が入って薄ら赤い顔の戦士たちがぞろぞろと連れ立つ。エドアルド隊は並ぶと跪き、エドアルドとソフィアを見上げて、一度真面目な顔をした。
「エドアルド様、ソフィア様、おめでとうございます」
イザークが言い、皆の声が重なるのを待った。――視線は熱くエドアルドに注がれて、その次の言葉には詰まった。アガトンが継ぐ。
「美しい主君が増えまして、俺たちも嬉しく思います」
「私の命令も聞いてくださるの?」
笑ってソフィアが軽く冗談めかすと、フークバルトが大仰に胸に手を当てなおした。
「ええ勿論、奥様、なんなりと」
「なんかやらしいぞ」
「茶化すな」
調子に乗るユーインの失言はサイラスが空かさず窘める。その脇でフェルテンとケネスが呆れた顔をして、それにランドルフとライナーが笑い――要はいつもどおりだ。
立たせて、体格のよい者たちに囲まれながら、エドアルドは言った。
「俺の為に待たせた者もいるだろう。お前たちからのよい報告も待っている。――まあ、スヴィエーに向かうとなると、簡単な話ではないかもしれないが……」
イザークやアガトン、ユーイン、独身の男たちを見た。相手が居るかはそれぞれだが――エドアルドが結婚できないでいるのに目下の者として先を越すわけにはいかないと、結婚を保留していた面々だ。顔を見て笑い合う。イザークも瞬いて、笑みを作った。
「万事、好いほうへ決まるでしょう。お気遣いなく、今日は我がことをお喜びください。まことにおめでとうございます」
「――ありがとう。お前たちも、楽しんでいけ。いい酒が揃っている」
もう一度の祝いの言葉にエドアルドも軽く応じれば、男たちは体を揺らした。
「ええ、それはもう。もうやっておりますので」
「サイラスさんなどもう何杯飲んでしまったか!」
調子よく言葉が返る。ランドルフがかつての指揮官オリヴァーに歩み寄るのと共に、皆離れていった。
それでようやく、エドアルドとソフィアは些細な休憩をとることができた。しかしそれもほんの数分。すぐ、それぞれ祝宴を巡り客の様子を見ては、先程よりもう少し踏み入った会話などして彼らを歓待することとなる。クラウス家の使用人たちの仕事ぶりはさすがのもので、新たな命令が飛ぶまでもなく場が円滑に回っているのは幸いだった。酒や料理が足りないことばかりはなく、客は皆機嫌がよかった。
何処も華やいで浮かれていたが、エドアルドはウェーレイキオルを伴って歩くほど、また、意識をした。
ウェーレイキオルの事情が分かってなお、人々の憐れみは湧いていた。
彼が黒いのは、落ちた星が復活しようとする凶兆だ。――そのようなことがなければ他と同じく美しい守護天使が来たのだろうに、と皆残念がるのだ。ほとんど直接は言わない。しかしそういう含みがあった。前と何も変わらなかった。彼らはエドアルドに同情した風で、顔色を窺っている。
焼けた黒い翼。――そうまでして馳せ参じた守護者の証は、美しい。エドアルドは心の底からそう考えているのに。
――ウェーレイキオルは、
――俺の天使は最も強く美しいが?
と腹の底を煮え滾らせながらも、言われない以上は言い返せもせず、エドアルドはこんな日にも苛立ちを抑えているのだった。
他の天使と見比べる視線は今日多くの天使が集い、一際美しい銀の天使が場に居ることで増していた。その主が、エドアルドの代わりになろうかと言われていた従兄シメオンであるのも一因だった。確かに彼、守護天使ナタンハルトが驚くほどに美しいのはエドアルドも認めるところだ。エドアルドも昔はシメオンが羨ましかった。今はまるでそんな気が起きないが。
シメオンは今朝挨拶をしたきり、エドアルドのほうを見ないでクラウスの末裔としての役割に徹して客をもてなし会話を供している。美しいナタンハルトは人の目を楽しませ、場を繋ぐ。
彼らはこういう場での振る舞いに綻びがない。今日も問題の無い様子に、横目に確かめるだけしてエドアルドは歩みを進めた。
誰もが主役を放ってはおかないが、時間が経つと少しは余裕も生まれていた。庭の木の横に立つ小柄な人影――そのさらに横に、もっと小さな姿を見つけて、エドアルドは歩み寄った。
先程挨拶した、ラルスの子グレンと付き添うクローティルダーだ。グレンは礼服に構わず座り込んで、果実水の杯を抱えている。俯く、父とよく似た胡桃色の頭はエドアルドにとってもなんとなく懐かしい。
クローティルダーがすぐ気づいてエドアルドに礼をするうち、彼も顔を上げた。普段と違う空気に少し緊張はしているが、共に遊んだこともある父の友人である。怯えるようなことはなかった。
「やあ、グレン。父たちはどうした?」
「あっちでお話してる」
受け答えも、五歳の子としては及第点だ。見てみれば確かに、見えるところには居る。
こうした宴は社交の場でもある。皆が相手の様を確かめ合い、普段会う機会がない者などは話しこむこともあった。もう少し年をとれば訓練として横に居させるものだろうが、グレンはまだ五つ、挨拶が精々で、ラルスも無理はさせない主義だ。そうして放っておかれれば退屈して離れてしまう。するとこうして、侍女や天使が付き添う。エドアルドもかつてはリベルヨルンを従えて歩いていたものだ。
クローティルダーがついているのだから何も心配は要らないが。そういう構図をまた懐かしく思いながら、少しの気晴らしに、エドアルドは子供との会話を続けた。
「料理は食べたか? 美味かったか」
「とってもすてきなお食事でした」
グレンは恥ずかしそうに笑う。そう言うように躾けられているのだろうとすぐ分かる言葉にエドアルドはつい笑った。そうすると少し緊張が解れて、素直な言葉も付け足される。
「おにくがおいしかった。あまーいソースがかかってた」
「そうか、料理人にも伝えておく」
「あの」
そうして、今度はグレンから話が振られた。
「そのひと、エドアルドきょうの天使なんだよね?」
「そうだ。ウェーレイキオルという。ウェールだ」
くりくりとした目はエドアルドの背後に立つ天使を見ている。エドアルドが紹介すると、グレンはまたよく眺めてから呟いた。
「……ほんとうに天使? つばさある?」
「グレン」
クローティルダーが申し訳なさそうに名を呼び咎める。エドアルドは同じことを言った大人たちを思い出してちらと苛立ったが、まあ子供の言うことであるし、その疑問も当然だとは思った。他に黒い天使は居ないのだから。
「ウェール、見せてやれ」
ウェーレイキオルは一瞬辺りを探ってから思いきり翼を広げた。勢いに驚いた声が、グレンの口から、少し離れたところにいた大人たちからも上がる。
「すごい! クロエよりおおきい!」
グレンははしゃいで笑った。興奮して、横のクローティルダーの服を引っ張る。寛大なエドアルド、主の息子の笑顔に、クローティルダーも微笑んだ。
「黒いのかっこいい、黒馬みたいだ!」
素直な賞賛が、小さな口から溢れた。
――ああ、
エドアルドは思った。子供の頃なら俺も素直にそう言えたなと、気づかされた。他人の目など気にならないほどだったかも知れない。そう、まず格好よいのだ。難しい事情など何も無くとも、黒い翼は。
ようやく聞こえた、己の心よりいっそ混じり気のない賞賛に、腹の底から笑いが湧きおこった。
「ふ、は、はははは」
「黒馬しってる? とくべつなんだよ」
グレンは訊ねる。エドアルドも勿論知っている。かつての戦いの折、先駆けとなった勇敢な戦士とその愛馬は子供でも知るほどの有名な歌になっている。それで今も、西の国の黒い馬は戦士たちに人気があるのだ。
ウェーレイキオルの翼の色も、純粋な子供の目にかかればそういうものだった。ただ、特別で格好良い。
「そうだとも。この天使も特別だ。強く、俺と共に語り継がれるだろうさ」
ウェーレイキオルは急な主の大笑いに驚いて止まっていたが、言われると顔色をよくして主張するように翼を広げた。詩人は張り切ってもう十も彼の雅称を挙げているところだ。ウェーレイキオルは、エドアルドが願うならば四百年でも千年でも語り継がれる気概があった。
一気に機嫌よくしたエドアルドは、グレンの小さな肩を叩く。
「お前は見る目があるな、戦士となって長じたあかつきには我が部隊に招いてやろう。――鍛練に励めよ」
「エドアルド様、そのような冗談は本気に致しますので、ご容赦くださいまし」
クローティルダーは楚々とした控えめな口調ながら、少年の頃からの長い知り合いとしての些かの呆れも交えて口を挟んだ。
グレンはラルスの息子、英雄アレクシウスの後継者だ。当然戦士として立っても暫らくはラルスの配下で鍛えて、それから自分の部隊を持つはずである。
しかしエドアルドは笑う。あながち冗談でもない。
グレンは張り切って鼻を膨らませた。
「おれ、父上より強くなるよ! おじいさまだってそう言ってるもの!」
「楽しみだ」
そこでようやく、父が駆けつける。――エドアルドたちが騒いだので向こうの話に区切りをつけることができたのだ。気安くエドアルドの肩に手を置いて覗き込む。
「ああ、ごめんよ、忙しいのにさ。しかし大笑いしてたね、なんか変なこと言った?」
「いや、丁度休憩になった。庭の中ならば遊ばせておけばいい」
「天使のつばさ見せてもらったんだ! かっこいいよ! 父上知ってた!?」
「ああ、それはいいね、グレン。――確かに大きくていい翼だな」
我が子がご機嫌で――今日が祝いの日であることを上回ってエドアルドの機嫌も見るからによいので、ラルスは内心、おっと思った。思えば彼らはもう二十五歳になっていたが、エドアルドがずっと昔幼い頃から自分の天使を欲していて、褒められることにも憧れていたのは明らかだった。ウェーレイキオルが黒かろうが変わっていようが、彼の心には変わりがないのだと、ラルスはやっと理解した。
勿論ラルスのような大人が同じように言っていたとしても、世辞の響きになりエドアルドの心は歪んだに違いなく――今日ようやく、子供の口から純粋な褒め言葉が発されたことに意味があるのだが。
――エドはウェールがこれでもちゃんと気に入ってるらしいな。それならよかった。
ともかく彼は安心した。ならばこれからの暮らしも戦いも、エドアルドは大丈夫だろうと思った。勿論、ソフィアもついているのだから、尚更のことだ。
「蜂蜜のパイが焼き上がったそうですよ、皆で食べに行きましょう」
給仕の声を聞きつけて、クローティルダーが促した。祝い事、特に結婚式には欠かせない甘い菓子の香りに皆が顔を明るくしている。奥の長卓から手招くソフィアの姿も見つけて、エドアルドは友の家族を導きながらその席へと進んだ。言っていたとおり酒も進んでいると見える仲間たちも呼び寄せ、パイを分け合った。
宴もそのように滞りなく、暮れてくるまで続いた。
「それでは娘を末永く、よろしく頼みます。――我らが一族、クラウス家に栄光あれ」
儀式も宴も済み、客は帰った。最後にハイナーら、ソフィアの家族も口々に告げて馬車に乗り込んだ。ソフィアは力むように微笑んで彼らを見送った。間違いなくこの家に残る自分の体に、ほうと息を吐く。エドアルドに肩を抱かれて、ようやく静けさを取り戻した屋敷の中へと戻る。
オリヴァーもパウラも気が抜けて疲れきっている。それでも笑い合い、互いを労いながら、今日は早く休もうと着飾った衣装を解いた。
エドアルドの私室には今夜、妻が居る。
二人、寝台へと腰掛ける。ハーブ水で喉を潤して息を吐いた。
「ああ、大変だったわ! でも楽しかった。久しぶりに皆に会えたし」
「皆君に会えて喜んでいた。美しい花嫁だと、何度も羨ましがられた」
「あまりお世辞を言い過ぎるとこの先大変よ?」
「本当だとも。我が妻は誰より美しい」
エドアルドは目を細める。婚礼衣装は格別に美しかったが、寝間着で髪を解いている姿もまた美しく、かけがえなく貴いものと見えた。
「――本当に」
手を掬い上げてキスをする。芯から愛情の籠もった所作に、くすぐったそうに花嫁は笑った。
「貴方も素敵よ。前から素敵だったけど、今日からはもっと素晴らしいわ」
頬へ手を滑らせ、両手で包み込んで褒め返す。ソフィアはこの上なく幸せに、より柔らかな声で告げた。
「愛してる、エドアルド。これからも」
二人は寝台へと倒れ込んだ。形式的な床入りで、子供ができている可能性があるからと性交は控えられた。ただ二人、共に寝そべって今日のことを喜び語った。今日まで、子供と言ってよいほど若かった日々の甘酸っぱい記憶まで遡って、長かったこれまでを思う。そうする内に日中、連日の疲労がのしかかってきて、ソフィアは目を閉じていた。
眠ってしまう額に口づけを落とし、エドアルドも目を閉じた。やっと一つの区切りがついて、よく眠れる。
二人が穏やかな眠りに落ちたのを確かめ、ウェーレイキオルとリリアンリヴは毛布をかけて灯りを落とした。顔を見合わせて、彼らもまた幸せに笑う。
四人の新たな生活が始まった。それはこれより北へと向かう、旅路でもあった。
伝統的な婚礼衣装の白服を纏った花婿と花嫁がそれぞれに降り立つ。上流階級の内でも有名な美男美女の二人だったが、特にユーセベル特産のレースをふんだんにあしらったドレスの花嫁は美しかった。エドアルドと目が合うと微笑むのは、花も恥じらうほどである。
横に控える天使もまた白地に色とりどりの花を刺繍した衣装で着飾っている。誰もがウェーレイキオルの見目の特異なことを気にかけていたが、杞憂だった。威を示して翼を広げる黒と銀の二羽は対の取り合わせのようだったし、その見事な黒髪の金の艶は纏め上げると見栄えがした。銀の小鳥が飛び立とうとしている、門出の日に相応しい意匠の髪飾りがまた映えた。
オリヴァーとソフィアの父――ビヒ家当主ハイナーが彼らを導いた。
厳かに讃美歌が響く中を進み、エドアルドは星の吊り灯を見つめた。一月前のようなわだかまりは胸になく、ただ、隣の女を妻として共に歩む決意だけが澄んでいた。向かい合い菫色の瞳を見れば、同じ意識がそこにあることを確信する。
司祭の祝福を受け、宣誓をして、指輪を交わす。金銀の環は真新しく輝いた。
緊張の割に儀式はあっさりと済み、帰りの――クラウス家へと向かう馬車は、夫婦が共に並ぶ。沿道には多く見物客が詰めかけていた。
「おめでとうございまぁす!」
一人、誰かが言った。明るい声だった。皮切りに方々から声が上がり、花弁が撒かれる。
「クラウス家万歳!」
「お幸せにー!」
立ち会っていた衛兵は騒ぐなと咎めがたが、ソフィアがふっと微笑んだので、エドアルドも笑った。手を握り、前を見る。動き出す馬車は速やかに彼らを運んだ。
屋敷の広間とそこから続く広い庭では宴の準備が万端である。使用人たちが帰ってきた――新たな主を忙しくも優雅に引き入れて、来客へと繋ぐ。大勢集まった人々もまた着飾り華やかだった。王の使者、六氏族、クラウス家とビヒ家の家族や親類、貴族。エドアルド隊、ソフィアの友人の女たちも幾らか。天使も多く見られた。
それほど大勢の人の視線を一身に受けても、昔からクラウスの後継者として育てられたエドアルドは惑いはしなかった。むしろ、ようやくだ、と思った。大熊の紋章の幕を背に、蜂蜜酒を満たした銀の盃を手に、横のソフィアも同じ姿勢をとったのを確かめて口を開く。
「婚儀滞りなく。星の光の下、我らは結ばれた。――今日、我らの祝いに集っていただき感謝申し上げる。どうか一時、酒杯も食事も楽しんでいかれるよう」
告げる挨拶は至極簡素に。質実はクラウス家の家訓である。家宝の槍斧も既にエドアルドに継承されている為ここで時間はとらなかった。引き継いで、オリヴァーが号令した。
「我がクラウス家の新たな歴史、此度此処に結ばれた新たな夫婦の道を祝して――さあ、星を仰げ!」
祝杯が捧げられる。大人から子供まで、酒や果実水を飲んで笑みを零した。場には麗らかな弦楽が響き始める。少しだけ息を緩めた主たちから盃を受け取り、天使たちも微笑んだ。
それからはまた、挨拶の時間だった。立つ新郎新婦の前に代わる代わる人がやってくる。王の代行として煌びやかに着飾った使者が祝言を述べたのに、まず六氏族が続いた。
クローティルダーと自分にも劣らぬほどに大柄な女――妻アンネマリーと五歳の子グレンを連れて、一番にやってきたのはラルスだった。彼が胸に手を当て洗練された所作で礼をすると妻が倣い、息子もクローティルダーに促されつつきちりと礼の姿勢をとった。
「エドアルド卿、ご結婚おめでとうございます。アレクシウス家を代表し、言祝ぎ申し上げます」
恭しい挨拶。父の目配せに、緊張しながらも、グレンも声を発した。
「おめでとうございます」
エドアルドとソフィアが微笑む。ラルスも気を緩めて笑い、一言付け加えた。
「君たちの道行きに幸多からんことを。友としても、祝わせてくれ」
「ありがとう。――ささやかだが、楽しんでいってくれ」
ラルスは片目を瞑って返事した。その間に、アンネマリーがソフィアに六氏族の伴侶の先輩として声をかけ、クローティルダーが天使二羽に目配せする。彼らもまたこのような場には慣れたもので、長居はしない。すぐにご馳走の用意された外の長卓へと向かっていった。
次に現れたのは、エドアルドとしても今もっとも意識する男、ハーヴィーの後継者ニクラスである。今日は遅れもせず、身嗜みも緩みなく徹底的に騎士然とした男は、自分の天使だけを伴っていた。
「ご結婚おめでとうございます、エドアルド卿。ハーヴィー家より言祝ぎ申し上げます。妻は身重ゆえ、私のみで失礼を」
彼は完璧な動作で一礼し述べた。天使リューツィンデルも淑やかに華を添える。
「ありがとうございます、ニクラス卿。ようこそおいでくださいました」
応じるエドアルドに、ニクラスはしっかりと目を合わせた。
「――貴卿には期待している。元より優れた戦士であるし……細君も立派な方だと伺っている。なんともお美しい」
「ありがとうございます、ニクラス卿」
そうしてソフィアも見て褒めそやす。新妻は微笑して礼を口にした。ニクラスは笑みを深め、すぐ、エドアルドへと視線を戻す。強い、意思ある目だった。
「これから一層の活躍を祈っている。今日はお招きありがとう」
「――どうか、楽しんでください」
エドアルドがはっきり頷き言えば、彼も頷き席へ向かった。砦での――という含みは感じたが嫌な裏はない、さっぱりとした挨拶にエドアルドは安堵した。
――同じようにして。トラウゴット家からはベリウスの長男テオドール夫妻が、シャノン家からは次女エーリカと長男ノルベルトが、グードルーンからは使者が遣わされて、夫婦を祝福した。エドアルドとソフィアは丁寧に受けて礼を言い彼らを祝宴へと促した。客は六氏族に留まらない。何十人も続く。それだけで大仕事だった。
たまに、自身にも向けられる言葉に応じながら、ウェーレイキオルとリリアンリヴはその顔と会話をすべて覚えた。
ようやく最後、既に酒が入って薄ら赤い顔の戦士たちがぞろぞろと連れ立つ。エドアルド隊は並ぶと跪き、エドアルドとソフィアを見上げて、一度真面目な顔をした。
「エドアルド様、ソフィア様、おめでとうございます」
イザークが言い、皆の声が重なるのを待った。――視線は熱くエドアルドに注がれて、その次の言葉には詰まった。アガトンが継ぐ。
「美しい主君が増えまして、俺たちも嬉しく思います」
「私の命令も聞いてくださるの?」
笑ってソフィアが軽く冗談めかすと、フークバルトが大仰に胸に手を当てなおした。
「ええ勿論、奥様、なんなりと」
「なんかやらしいぞ」
「茶化すな」
調子に乗るユーインの失言はサイラスが空かさず窘める。その脇でフェルテンとケネスが呆れた顔をして、それにランドルフとライナーが笑い――要はいつもどおりだ。
立たせて、体格のよい者たちに囲まれながら、エドアルドは言った。
「俺の為に待たせた者もいるだろう。お前たちからのよい報告も待っている。――まあ、スヴィエーに向かうとなると、簡単な話ではないかもしれないが……」
イザークやアガトン、ユーイン、独身の男たちを見た。相手が居るかはそれぞれだが――エドアルドが結婚できないでいるのに目下の者として先を越すわけにはいかないと、結婚を保留していた面々だ。顔を見て笑い合う。イザークも瞬いて、笑みを作った。
「万事、好いほうへ決まるでしょう。お気遣いなく、今日は我がことをお喜びください。まことにおめでとうございます」
「――ありがとう。お前たちも、楽しんでいけ。いい酒が揃っている」
もう一度の祝いの言葉にエドアルドも軽く応じれば、男たちは体を揺らした。
「ええ、それはもう。もうやっておりますので」
「サイラスさんなどもう何杯飲んでしまったか!」
調子よく言葉が返る。ランドルフがかつての指揮官オリヴァーに歩み寄るのと共に、皆離れていった。
それでようやく、エドアルドとソフィアは些細な休憩をとることができた。しかしそれもほんの数分。すぐ、それぞれ祝宴を巡り客の様子を見ては、先程よりもう少し踏み入った会話などして彼らを歓待することとなる。クラウス家の使用人たちの仕事ぶりはさすがのもので、新たな命令が飛ぶまでもなく場が円滑に回っているのは幸いだった。酒や料理が足りないことばかりはなく、客は皆機嫌がよかった。
何処も華やいで浮かれていたが、エドアルドはウェーレイキオルを伴って歩くほど、また、意識をした。
ウェーレイキオルの事情が分かってなお、人々の憐れみは湧いていた。
彼が黒いのは、落ちた星が復活しようとする凶兆だ。――そのようなことがなければ他と同じく美しい守護天使が来たのだろうに、と皆残念がるのだ。ほとんど直接は言わない。しかしそういう含みがあった。前と何も変わらなかった。彼らはエドアルドに同情した風で、顔色を窺っている。
焼けた黒い翼。――そうまでして馳せ参じた守護者の証は、美しい。エドアルドは心の底からそう考えているのに。
――ウェーレイキオルは、
――俺の天使は最も強く美しいが?
と腹の底を煮え滾らせながらも、言われない以上は言い返せもせず、エドアルドはこんな日にも苛立ちを抑えているのだった。
他の天使と見比べる視線は今日多くの天使が集い、一際美しい銀の天使が場に居ることで増していた。その主が、エドアルドの代わりになろうかと言われていた従兄シメオンであるのも一因だった。確かに彼、守護天使ナタンハルトが驚くほどに美しいのはエドアルドも認めるところだ。エドアルドも昔はシメオンが羨ましかった。今はまるでそんな気が起きないが。
シメオンは今朝挨拶をしたきり、エドアルドのほうを見ないでクラウスの末裔としての役割に徹して客をもてなし会話を供している。美しいナタンハルトは人の目を楽しませ、場を繋ぐ。
彼らはこういう場での振る舞いに綻びがない。今日も問題の無い様子に、横目に確かめるだけしてエドアルドは歩みを進めた。
誰もが主役を放ってはおかないが、時間が経つと少しは余裕も生まれていた。庭の木の横に立つ小柄な人影――そのさらに横に、もっと小さな姿を見つけて、エドアルドは歩み寄った。
先程挨拶した、ラルスの子グレンと付き添うクローティルダーだ。グレンは礼服に構わず座り込んで、果実水の杯を抱えている。俯く、父とよく似た胡桃色の頭はエドアルドにとってもなんとなく懐かしい。
クローティルダーがすぐ気づいてエドアルドに礼をするうち、彼も顔を上げた。普段と違う空気に少し緊張はしているが、共に遊んだこともある父の友人である。怯えるようなことはなかった。
「やあ、グレン。父たちはどうした?」
「あっちでお話してる」
受け答えも、五歳の子としては及第点だ。見てみれば確かに、見えるところには居る。
こうした宴は社交の場でもある。皆が相手の様を確かめ合い、普段会う機会がない者などは話しこむこともあった。もう少し年をとれば訓練として横に居させるものだろうが、グレンはまだ五つ、挨拶が精々で、ラルスも無理はさせない主義だ。そうして放っておかれれば退屈して離れてしまう。するとこうして、侍女や天使が付き添う。エドアルドもかつてはリベルヨルンを従えて歩いていたものだ。
クローティルダーがついているのだから何も心配は要らないが。そういう構図をまた懐かしく思いながら、少しの気晴らしに、エドアルドは子供との会話を続けた。
「料理は食べたか? 美味かったか」
「とってもすてきなお食事でした」
グレンは恥ずかしそうに笑う。そう言うように躾けられているのだろうとすぐ分かる言葉にエドアルドはつい笑った。そうすると少し緊張が解れて、素直な言葉も付け足される。
「おにくがおいしかった。あまーいソースがかかってた」
「そうか、料理人にも伝えておく」
「あの」
そうして、今度はグレンから話が振られた。
「そのひと、エドアルドきょうの天使なんだよね?」
「そうだ。ウェーレイキオルという。ウェールだ」
くりくりとした目はエドアルドの背後に立つ天使を見ている。エドアルドが紹介すると、グレンはまたよく眺めてから呟いた。
「……ほんとうに天使? つばさある?」
「グレン」
クローティルダーが申し訳なさそうに名を呼び咎める。エドアルドは同じことを言った大人たちを思い出してちらと苛立ったが、まあ子供の言うことであるし、その疑問も当然だとは思った。他に黒い天使は居ないのだから。
「ウェール、見せてやれ」
ウェーレイキオルは一瞬辺りを探ってから思いきり翼を広げた。勢いに驚いた声が、グレンの口から、少し離れたところにいた大人たちからも上がる。
「すごい! クロエよりおおきい!」
グレンははしゃいで笑った。興奮して、横のクローティルダーの服を引っ張る。寛大なエドアルド、主の息子の笑顔に、クローティルダーも微笑んだ。
「黒いのかっこいい、黒馬みたいだ!」
素直な賞賛が、小さな口から溢れた。
――ああ、
エドアルドは思った。子供の頃なら俺も素直にそう言えたなと、気づかされた。他人の目など気にならないほどだったかも知れない。そう、まず格好よいのだ。難しい事情など何も無くとも、黒い翼は。
ようやく聞こえた、己の心よりいっそ混じり気のない賞賛に、腹の底から笑いが湧きおこった。
「ふ、は、はははは」
「黒馬しってる? とくべつなんだよ」
グレンは訊ねる。エドアルドも勿論知っている。かつての戦いの折、先駆けとなった勇敢な戦士とその愛馬は子供でも知るほどの有名な歌になっている。それで今も、西の国の黒い馬は戦士たちに人気があるのだ。
ウェーレイキオルの翼の色も、純粋な子供の目にかかればそういうものだった。ただ、特別で格好良い。
「そうだとも。この天使も特別だ。強く、俺と共に語り継がれるだろうさ」
ウェーレイキオルは急な主の大笑いに驚いて止まっていたが、言われると顔色をよくして主張するように翼を広げた。詩人は張り切ってもう十も彼の雅称を挙げているところだ。ウェーレイキオルは、エドアルドが願うならば四百年でも千年でも語り継がれる気概があった。
一気に機嫌よくしたエドアルドは、グレンの小さな肩を叩く。
「お前は見る目があるな、戦士となって長じたあかつきには我が部隊に招いてやろう。――鍛練に励めよ」
「エドアルド様、そのような冗談は本気に致しますので、ご容赦くださいまし」
クローティルダーは楚々とした控えめな口調ながら、少年の頃からの長い知り合いとしての些かの呆れも交えて口を挟んだ。
グレンはラルスの息子、英雄アレクシウスの後継者だ。当然戦士として立っても暫らくはラルスの配下で鍛えて、それから自分の部隊を持つはずである。
しかしエドアルドは笑う。あながち冗談でもない。
グレンは張り切って鼻を膨らませた。
「おれ、父上より強くなるよ! おじいさまだってそう言ってるもの!」
「楽しみだ」
そこでようやく、父が駆けつける。――エドアルドたちが騒いだので向こうの話に区切りをつけることができたのだ。気安くエドアルドの肩に手を置いて覗き込む。
「ああ、ごめんよ、忙しいのにさ。しかし大笑いしてたね、なんか変なこと言った?」
「いや、丁度休憩になった。庭の中ならば遊ばせておけばいい」
「天使のつばさ見せてもらったんだ! かっこいいよ! 父上知ってた!?」
「ああ、それはいいね、グレン。――確かに大きくていい翼だな」
我が子がご機嫌で――今日が祝いの日であることを上回ってエドアルドの機嫌も見るからによいので、ラルスは内心、おっと思った。思えば彼らはもう二十五歳になっていたが、エドアルドがずっと昔幼い頃から自分の天使を欲していて、褒められることにも憧れていたのは明らかだった。ウェーレイキオルが黒かろうが変わっていようが、彼の心には変わりがないのだと、ラルスはやっと理解した。
勿論ラルスのような大人が同じように言っていたとしても、世辞の響きになりエドアルドの心は歪んだに違いなく――今日ようやく、子供の口から純粋な褒め言葉が発されたことに意味があるのだが。
――エドはウェールがこれでもちゃんと気に入ってるらしいな。それならよかった。
ともかく彼は安心した。ならばこれからの暮らしも戦いも、エドアルドは大丈夫だろうと思った。勿論、ソフィアもついているのだから、尚更のことだ。
「蜂蜜のパイが焼き上がったそうですよ、皆で食べに行きましょう」
給仕の声を聞きつけて、クローティルダーが促した。祝い事、特に結婚式には欠かせない甘い菓子の香りに皆が顔を明るくしている。奥の長卓から手招くソフィアの姿も見つけて、エドアルドは友の家族を導きながらその席へと進んだ。言っていたとおり酒も進んでいると見える仲間たちも呼び寄せ、パイを分け合った。
宴もそのように滞りなく、暮れてくるまで続いた。
「それでは娘を末永く、よろしく頼みます。――我らが一族、クラウス家に栄光あれ」
儀式も宴も済み、客は帰った。最後にハイナーら、ソフィアの家族も口々に告げて馬車に乗り込んだ。ソフィアは力むように微笑んで彼らを見送った。間違いなくこの家に残る自分の体に、ほうと息を吐く。エドアルドに肩を抱かれて、ようやく静けさを取り戻した屋敷の中へと戻る。
オリヴァーもパウラも気が抜けて疲れきっている。それでも笑い合い、互いを労いながら、今日は早く休もうと着飾った衣装を解いた。
エドアルドの私室には今夜、妻が居る。
二人、寝台へと腰掛ける。ハーブ水で喉を潤して息を吐いた。
「ああ、大変だったわ! でも楽しかった。久しぶりに皆に会えたし」
「皆君に会えて喜んでいた。美しい花嫁だと、何度も羨ましがられた」
「あまりお世辞を言い過ぎるとこの先大変よ?」
「本当だとも。我が妻は誰より美しい」
エドアルドは目を細める。婚礼衣装は格別に美しかったが、寝間着で髪を解いている姿もまた美しく、かけがえなく貴いものと見えた。
「――本当に」
手を掬い上げてキスをする。芯から愛情の籠もった所作に、くすぐったそうに花嫁は笑った。
「貴方も素敵よ。前から素敵だったけど、今日からはもっと素晴らしいわ」
頬へ手を滑らせ、両手で包み込んで褒め返す。ソフィアはこの上なく幸せに、より柔らかな声で告げた。
「愛してる、エドアルド。これからも」
二人は寝台へと倒れ込んだ。形式的な床入りで、子供ができている可能性があるからと性交は控えられた。ただ二人、共に寝そべって今日のことを喜び語った。今日まで、子供と言ってよいほど若かった日々の甘酸っぱい記憶まで遡って、長かったこれまでを思う。そうする内に日中、連日の疲労がのしかかってきて、ソフィアは目を閉じていた。
眠ってしまう額に口づけを落とし、エドアルドも目を閉じた。やっと一つの区切りがついて、よく眠れる。
二人が穏やかな眠りに落ちたのを確かめ、ウェーレイキオルとリリアンリヴは毛布をかけて灯りを落とした。顔を見合わせて、彼らもまた幸せに笑う。
四人の新たな生活が始まった。それはこれより北へと向かう、旅路でもあった。
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