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二
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タチバナは祭祀を受け持つ白官の者でした。巫覡ではなく、朝廷にてお仕えする誉れに恵まれたとはいえ親の仕事を継いだに過ぎぬ、一介の官人でした。ただいつかのとき、酒の席で歌わされたのが上手かったと上司の気に入り、いつも何かと歌や詩をやらされるにつれ噂になり、外の者にまで声がよい男がいると言われるようになったのでした。そしてそれが、御上のほうまで届いてしまったのです。
白官のタチバナというのに詩を供させよ。そうどなたかがお命じになられたから本人も周りも大慌て、喜びよりも恐れを持って参上することとなりました。
それも、先の帝といいますのは、何人もの臣を処したことで知られる、恐ろしい御方でした。ええ、斬らせたのです。御即位が済んでやっと七日も過ぎたほどでまず二人、それからも度々。太子であられた頃から笑わぬとか、冷淡な方であったと噂されてもおりました。
そのような帝の前に参じるのだから、緊張を過ぎて顔が白くなり、手足が真冬のように冷えるほどでした。仕損じれば、何か気にくわぬとあれば斬られるのではないか。そう思うのも無理はないことでしょう。勿論、恐ろしいからと断ることもできません。それもまた恐ろしい。
そういうわけで、タチバナは恐恐、その日庭にお出ましになった白い御帳の前まで出たのです。
披露した詩は宴の名と同じく金風。秋の涼しい風の煌めきを謳う美しい詩です。詩は仕損じることなく吟じました。凄まじい緊張が研ぎ澄ましたのでしょう、冴え冴えとして一級のものであったと言われます。
それで――問題はその後です。詩を受け取って帝が――帝のお言葉を周りに伝える役目を負った鳴士、これも美しい声の者が言ったのが、こうでした。
「まことよき声である。その声で、なにか面白い話もせよ」
タチバナの頭は真っ白になりました。詩を奉じて終わることばかり考えていたので、続きがあるなど思ってもみなかったのです。
面白い話を、帝が存じ上げないような話をせねばならない。
窮して、タチバナは咄嗟に嘘を紡いだ。ええ、嘘ならば、誰も知るわけはないのですから。
「……嶺獅という獅子がおります。此方より東はサハの山嶺、その頂きに住まう獣の王者で御座います。崖をも駆け上る強い四肢に、岩を噛み砕くほどの牙を持ち、なんといっても、美しく棚引く白い鬣が見事なものです。何も寄せつけぬ至高の生き物です」
……ここまでは真実です。皆見たことはなくとも話には語る、獣の王といえば一に名が挙がるほどのもの。それが嶺獅。勿論タチバナもお目にかかったことなどなかったが、映え映えと白い御帳が連想させました。
そこに、こう続けました。
「ただ――その鬣に、キツという精霊が住みつくことがあります。とても珍しいこと、稀なことです」
どうしてそのようなことを思いついたのかは分かりません。何の前触れもない発想でした。しかし案外、覚えていた詩を諳んじるのと同じくらいの大きさで声は出ました。出てしまった声につられるように、続きが出ていく。
「精霊はとてもか弱い虫のようなものですが、翅は美しく花か珊瑚のような薄紅です。嶺獅は一匹これが共に居ることだけは許すのです……」
声はときどき震えました。タチバナもまた許しを得るべく、振り絞りました。
「この精霊は毛繕いに長けるので、宿った嶺獅の鬣は一層に見事に輝くそうです」
話し終えて。タチバナは化粧がすべて落ちるほどの汗を掻きました。
ええ、たったこれきり。その場で考えて喋った話は盛り上がりもなければ教訓もなく、だからどうした、というようなものでした。ほんとうに、それだけだったのです。
つまらぬことをと斬られるのでは。周りも目配せしあうのが分かりました。
静まり返る庭に風が吹きました。皆の衣や御帳を一頻り揺らして、過ぎていきました。
「美しい話だ。非常によい」
それから陛下の御言葉を賜りましたので、タチバナもやっと息ができました。大した話にはならなかったけれど、どうやら不興は買わずに済んだのです。
――ところが、それでもおしまいではありませんでした。いえ、話は真実それきりだったのですが。逃げ出すように下がったタチバナに寄ってきて、囁く者がありました。
「陛下は先の話をお気に召された。夜にも寝所に参れと仰せです」
そのときはただただ畏まり頷くことしかできなかったが。寝所にというのがどういうことか分からぬ齢でもなかった。そう、そういうことなのです。帝は何故かこの若者を気に入られて、寝台に上げることにしたのです。またどれほどタチバナが驚き慄いたかは言うまでもありません。
暮れる頃になると美しい女官が呼びに来て、タチバナは後宮に連れられていきました。
湯殿には泰然とした宮人が控えていて、荒くはないものの容赦なく服を剥ぎ取ってくる。縮こまっていると身を打つように湯がかけられる。そうして諭すのです。
「そう怯えなさいますな、陛下は乱暴などされません。一晩寝て終わりです。此処に来て斬られた方は一人もおりませぬ」
その人は何人も、タチバナのように呼ばれた者を支度してきたわけです。言うとおり――帝は冷徹な方と恐れられてはおりましたが、斬ったのは政を動かす中で背いた者たちであって、下々の働く者にまで手をかけたという話は聞きませんでした。そういう非道は寧ろ、嫌う方でした。
であれば話を請われたときにも怯えることはなかったのかも知れませんが、そんなのは後だから言えることです。これより御前に侍るとなればまた結局、どのような儀礼に携わるときよりも緊張するしかないのでした。
産湯よりも丁寧に清められ、身の奥まで解され改められたことに恥じ入るうちに、拭きあげられて美しい着物を着せられる。仕上げに化粧を施され、普段は纏めて巾に収めているだけの髪に簪を挿されたときには何処かの姫にでもなった錯覚をしました。自然と背筋が伸びました。
長い身支度の果て、何かの儀でも執り行うのかというほど広く整えられた寝所に通される。やはり白く落ちた帳の、しかしその内も照らすほど灯りが多く、夜とは思えぬほどでした。その中で待つのは永遠にも束の間にも感じられました。
やがて届く扉の開閉の音にはっとして息をしなおし、慌てて、平伏し額づく。許されるまで顔を上げてはならないと聞かされていました。寝台の上から降りてはならない。さながら三方に置かれた捧げ物のように。
張り詰めた空気を割くように気配が近づき、衣擦れがする。屈み込むのが窺えました。
ふと項に風が触れた。――吐息だった。噛まれたのだと気づく頃にはもう離れていた。
留めた簪が引き抜かれて髪が崩れるのを他人事のように感じました。
「楽にせよ」
次に声が降りました。選ばれた借りの声ではなく、その方の本当の声で。低く擦れた声でした。
「顔を上げよ」
と申されましたので、
「――天顔拝する光栄に浴し恐悦至極に存じます」
述べて、タチバナはそっと窺うように、まず伏せていた目を上げ、意気込んで身を起こしました。辺りは一層明るくなったようでした。
不思議なものでした。確かに人の形をしているのに、何かが違う。タチバナは身震いしてまた頭を下げました。
くすみ無い白い衣と同じく白い髪。冠は無く部屋で寛がれる寝間着しか身に着けておられませんでしたが、そうした軽装でも、その方が帝だと確かに分かりました。整ったお顔立ちでしたが、美貌というよりは、もっと崇高なものと思えました。……確かに少し冷やかな感じもする、気難しそうに眉の寄った方でした。
すぐ、組み敷かれて頭を下げることも叶わなくなりました。顔を確かめて、褒められたようなことは何となく覚えがあります。タチバナは声だけではなく、顔も褒められることがありました。
帝は今度はタチバナの喉に噛みつきました。痛むほどではなく、けれど確かに硬く歯が当たる。そうしながら服を脱がせて、今度は胸に。
獅子の真似事をなさっているのだと思いました。嶺獅。帝を獣に喩うなど恐ろしいことですが、獣の王ならばあるいは相応なのやも知れません。そういうおたわむれに間違いありませんでした。白い御髪がまた鬣のようと思えました。
帝は、畏れて何もできず横たわるばかりのタチバナをそうして幾度も齧り、つと舌先で弄りました。尖った胸を食み、つい声を上げると、促すようにそこをまた。肌を味わって弄びました。
そのうちに御自身も昂られて、先に解かれていた身に腰を寄せた。食い込む御身の熱いことと言ったらなく、またタチバナに悲鳴を上げさせました。
やはりタチバナにそんな風に思う余裕はありませんでしたが――情交としてはあっけないものでした。翻弄される間に済みました。着替えのほうが長くかかったくらいです。
そうして、
「美しい嘘もあるものだ」
と――事が済んで呆けてしまっているタチバナに、帝は言いました。目が合いますと、目を細めました。そこまで白く、凝った氷のような色をしておられます。
「嘘であろう。獅狩りに赴いたことはあるが、珊瑚色の虫など見たことがないし、誰もそのような話はしなかった」
そのように仰られて。何を言われているのかに気づいて、タチバナは蒼白となり跳ね起きました。
そこらの人間には半ば伝説のような生き物も、居るところには居て、見られるものなのです。帝や王族の方々ともなると嶺獅に会うような機会があるのです。将軍や狩人が献上するものもあれば、捕らえるのを見物なさることもあるそうです。
そうした知った者がいるならば――いかにキツとやら精霊が珍しいといえ、むしろ珍しいならばなおのこと、話くらいは陛下の御耳に入れるものでしょう。しかし聞いたことがないとは、これは異なこと。陛下はタチバナの話は嘘だとすぐ見抜かれたのでした。
その上で寝所へとお召しになったのでした。
タチバナはもう何も答えられなかった。嘘ですとも、嘘ではありませんとも、どちらも上手い返事とは思えず、舌が固まってしまった。そんなタチバナを一頻り眺めて、陛下はもう一言付け加えられました。
「……よい。――よい嘘だと思った」
と。
斬られるどころか、叱責を受けることもありませんでした。
陛下に、糺すつもりはなく。あんな粗末な作り話でも、嘘でも、確かにお気に召したようでした。また話を聞かせるようにとも言って、立ち去りました。
白官のタチバナというのに詩を供させよ。そうどなたかがお命じになられたから本人も周りも大慌て、喜びよりも恐れを持って参上することとなりました。
それも、先の帝といいますのは、何人もの臣を処したことで知られる、恐ろしい御方でした。ええ、斬らせたのです。御即位が済んでやっと七日も過ぎたほどでまず二人、それからも度々。太子であられた頃から笑わぬとか、冷淡な方であったと噂されてもおりました。
そのような帝の前に参じるのだから、緊張を過ぎて顔が白くなり、手足が真冬のように冷えるほどでした。仕損じれば、何か気にくわぬとあれば斬られるのではないか。そう思うのも無理はないことでしょう。勿論、恐ろしいからと断ることもできません。それもまた恐ろしい。
そういうわけで、タチバナは恐恐、その日庭にお出ましになった白い御帳の前まで出たのです。
披露した詩は宴の名と同じく金風。秋の涼しい風の煌めきを謳う美しい詩です。詩は仕損じることなく吟じました。凄まじい緊張が研ぎ澄ましたのでしょう、冴え冴えとして一級のものであったと言われます。
それで――問題はその後です。詩を受け取って帝が――帝のお言葉を周りに伝える役目を負った鳴士、これも美しい声の者が言ったのが、こうでした。
「まことよき声である。その声で、なにか面白い話もせよ」
タチバナの頭は真っ白になりました。詩を奉じて終わることばかり考えていたので、続きがあるなど思ってもみなかったのです。
面白い話を、帝が存じ上げないような話をせねばならない。
窮して、タチバナは咄嗟に嘘を紡いだ。ええ、嘘ならば、誰も知るわけはないのですから。
「……嶺獅という獅子がおります。此方より東はサハの山嶺、その頂きに住まう獣の王者で御座います。崖をも駆け上る強い四肢に、岩を噛み砕くほどの牙を持ち、なんといっても、美しく棚引く白い鬣が見事なものです。何も寄せつけぬ至高の生き物です」
……ここまでは真実です。皆見たことはなくとも話には語る、獣の王といえば一に名が挙がるほどのもの。それが嶺獅。勿論タチバナもお目にかかったことなどなかったが、映え映えと白い御帳が連想させました。
そこに、こう続けました。
「ただ――その鬣に、キツという精霊が住みつくことがあります。とても珍しいこと、稀なことです」
どうしてそのようなことを思いついたのかは分かりません。何の前触れもない発想でした。しかし案外、覚えていた詩を諳んじるのと同じくらいの大きさで声は出ました。出てしまった声につられるように、続きが出ていく。
「精霊はとてもか弱い虫のようなものですが、翅は美しく花か珊瑚のような薄紅です。嶺獅は一匹これが共に居ることだけは許すのです……」
声はときどき震えました。タチバナもまた許しを得るべく、振り絞りました。
「この精霊は毛繕いに長けるので、宿った嶺獅の鬣は一層に見事に輝くそうです」
話し終えて。タチバナは化粧がすべて落ちるほどの汗を掻きました。
ええ、たったこれきり。その場で考えて喋った話は盛り上がりもなければ教訓もなく、だからどうした、というようなものでした。ほんとうに、それだけだったのです。
つまらぬことをと斬られるのでは。周りも目配せしあうのが分かりました。
静まり返る庭に風が吹きました。皆の衣や御帳を一頻り揺らして、過ぎていきました。
「美しい話だ。非常によい」
それから陛下の御言葉を賜りましたので、タチバナもやっと息ができました。大した話にはならなかったけれど、どうやら不興は買わずに済んだのです。
――ところが、それでもおしまいではありませんでした。いえ、話は真実それきりだったのですが。逃げ出すように下がったタチバナに寄ってきて、囁く者がありました。
「陛下は先の話をお気に召された。夜にも寝所に参れと仰せです」
そのときはただただ畏まり頷くことしかできなかったが。寝所にというのがどういうことか分からぬ齢でもなかった。そう、そういうことなのです。帝は何故かこの若者を気に入られて、寝台に上げることにしたのです。またどれほどタチバナが驚き慄いたかは言うまでもありません。
暮れる頃になると美しい女官が呼びに来て、タチバナは後宮に連れられていきました。
湯殿には泰然とした宮人が控えていて、荒くはないものの容赦なく服を剥ぎ取ってくる。縮こまっていると身を打つように湯がかけられる。そうして諭すのです。
「そう怯えなさいますな、陛下は乱暴などされません。一晩寝て終わりです。此処に来て斬られた方は一人もおりませぬ」
その人は何人も、タチバナのように呼ばれた者を支度してきたわけです。言うとおり――帝は冷徹な方と恐れられてはおりましたが、斬ったのは政を動かす中で背いた者たちであって、下々の働く者にまで手をかけたという話は聞きませんでした。そういう非道は寧ろ、嫌う方でした。
であれば話を請われたときにも怯えることはなかったのかも知れませんが、そんなのは後だから言えることです。これより御前に侍るとなればまた結局、どのような儀礼に携わるときよりも緊張するしかないのでした。
産湯よりも丁寧に清められ、身の奥まで解され改められたことに恥じ入るうちに、拭きあげられて美しい着物を着せられる。仕上げに化粧を施され、普段は纏めて巾に収めているだけの髪に簪を挿されたときには何処かの姫にでもなった錯覚をしました。自然と背筋が伸びました。
長い身支度の果て、何かの儀でも執り行うのかというほど広く整えられた寝所に通される。やはり白く落ちた帳の、しかしその内も照らすほど灯りが多く、夜とは思えぬほどでした。その中で待つのは永遠にも束の間にも感じられました。
やがて届く扉の開閉の音にはっとして息をしなおし、慌てて、平伏し額づく。許されるまで顔を上げてはならないと聞かされていました。寝台の上から降りてはならない。さながら三方に置かれた捧げ物のように。
張り詰めた空気を割くように気配が近づき、衣擦れがする。屈み込むのが窺えました。
ふと項に風が触れた。――吐息だった。噛まれたのだと気づく頃にはもう離れていた。
留めた簪が引き抜かれて髪が崩れるのを他人事のように感じました。
「楽にせよ」
次に声が降りました。選ばれた借りの声ではなく、その方の本当の声で。低く擦れた声でした。
「顔を上げよ」
と申されましたので、
「――天顔拝する光栄に浴し恐悦至極に存じます」
述べて、タチバナはそっと窺うように、まず伏せていた目を上げ、意気込んで身を起こしました。辺りは一層明るくなったようでした。
不思議なものでした。確かに人の形をしているのに、何かが違う。タチバナは身震いしてまた頭を下げました。
くすみ無い白い衣と同じく白い髪。冠は無く部屋で寛がれる寝間着しか身に着けておられませんでしたが、そうした軽装でも、その方が帝だと確かに分かりました。整ったお顔立ちでしたが、美貌というよりは、もっと崇高なものと思えました。……確かに少し冷やかな感じもする、気難しそうに眉の寄った方でした。
すぐ、組み敷かれて頭を下げることも叶わなくなりました。顔を確かめて、褒められたようなことは何となく覚えがあります。タチバナは声だけではなく、顔も褒められることがありました。
帝は今度はタチバナの喉に噛みつきました。痛むほどではなく、けれど確かに硬く歯が当たる。そうしながら服を脱がせて、今度は胸に。
獅子の真似事をなさっているのだと思いました。嶺獅。帝を獣に喩うなど恐ろしいことですが、獣の王ならばあるいは相応なのやも知れません。そういうおたわむれに間違いありませんでした。白い御髪がまた鬣のようと思えました。
帝は、畏れて何もできず横たわるばかりのタチバナをそうして幾度も齧り、つと舌先で弄りました。尖った胸を食み、つい声を上げると、促すようにそこをまた。肌を味わって弄びました。
そのうちに御自身も昂られて、先に解かれていた身に腰を寄せた。食い込む御身の熱いことと言ったらなく、またタチバナに悲鳴を上げさせました。
やはりタチバナにそんな風に思う余裕はありませんでしたが――情交としてはあっけないものでした。翻弄される間に済みました。着替えのほうが長くかかったくらいです。
そうして、
「美しい嘘もあるものだ」
と――事が済んで呆けてしまっているタチバナに、帝は言いました。目が合いますと、目を細めました。そこまで白く、凝った氷のような色をしておられます。
「嘘であろう。獅狩りに赴いたことはあるが、珊瑚色の虫など見たことがないし、誰もそのような話はしなかった」
そのように仰られて。何を言われているのかに気づいて、タチバナは蒼白となり跳ね起きました。
そこらの人間には半ば伝説のような生き物も、居るところには居て、見られるものなのです。帝や王族の方々ともなると嶺獅に会うような機会があるのです。将軍や狩人が献上するものもあれば、捕らえるのを見物なさることもあるそうです。
そうした知った者がいるならば――いかにキツとやら精霊が珍しいといえ、むしろ珍しいならばなおのこと、話くらいは陛下の御耳に入れるものでしょう。しかし聞いたことがないとは、これは異なこと。陛下はタチバナの話は嘘だとすぐ見抜かれたのでした。
その上で寝所へとお召しになったのでした。
タチバナはもう何も答えられなかった。嘘ですとも、嘘ではありませんとも、どちらも上手い返事とは思えず、舌が固まってしまった。そんなタチバナを一頻り眺めて、陛下はもう一言付け加えられました。
「……よい。――よい嘘だと思った」
と。
斬られるどころか、叱責を受けることもありませんでした。
陛下に、糺すつもりはなく。あんな粗末な作り話でも、嘘でも、確かにお気に召したようでした。また話を聞かせるようにとも言って、立ち去りました。
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