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関羽雲長
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劉備と張飛が出会ったのは、176年。
ふたりは仲よくなった後、護衛の仕事をするようになった。
金持ちの旅に同行し、泥棒から守る。
馬商人の牧場で見張りをしたり、馬の移動中の警備をしたりする。
必要に応じて、劉備は簡雍ら仲間を呼び集めて、馬を賊から守った。
なかなかよい仕事ぶりだった。
劉備の物腰は柔らかく、なんとも言えないあたたかみがあった。彼は多くの人の信頼を得た。
張飛は子どもながら、恐るべき武力を発揮し、賊を軽々と斬った。
馬商人の張世平は、「劉備は只者じゃない」と思うようになった。
178年の春、いくつもの居酒屋を経営している蘇双が、劉備の家に駆け込んできた。
「劉備くん、大男の酔っ払いが、うちの店で暴れている。つまみ出してくれないか」
ちょうど家に張飛がいた。
ふたりは蘇双の案内で、居酒屋へ行った。
店の中に、赤ら顔の大男がいた。長く艶のある顎鬚をはやしているが、まだ若い。
背は張飛より高い。年の頃は、劉備と張飛の中間くらいに見えた。
彼の周りには、気絶した数人の男たちがいた。
劉備は臆せず、大男の対面に座った。
「乱暴をしないでくれないか」
「よそ者は出ていけと絡まれたから、相手をしてやっただけだ」
「見ない顔だね。どこから来た?」
大男は、じろりと劉備を見た。
「この店は出身地を言わないと、酒も飲めないのか」
大男の名は、関羽雲長。司隷河東郡解県の生まれで、劉備より二歳年下である。
悪徳塩商人を成敗し、故郷にいられなくなって、涿郡へ流れてきた。
「じゃあ、たずねないよ」と劉備は言って、微笑んだ。
彼は関羽を見て、鬱屈を抱えていると見抜いた。
「ここに張飛という腕自慢の男がいる。木刀で試合をしてみないか?」
「なんのために?」
「ただの余興さ。あるいは気晴らし。きみ、気鬱そうだから」
関羽は顔を上げ、劉備の背後にいる張飛を見た。
「まだ子どもじゃないか」
「少年だが、涿県で一番強いとおれは思っている。おっと、申し遅れたが、おれの名は劉備玄徳。きみの名を教えてくれないか。それとも名乗ることもできないか?」
関羽はきっ、と劉備を睨んだ。
「恥じるところはなにもない。私は関羽雲長。正義を愛する男だ」
店の外に出て、関羽と張飛は木刀を持って対峙した。
張飛の武勇は、このあたりでは有名である。すぐに見物人が山と押しかけてきた。
関羽は、すぐに張飛の技量が並みではないことに気づいた。自然に構えているだけだが、剣先から半端ではない威力がにじみ出ている。
張飛も、目の前にいる男が、いままで出会ったことがないほどの力を秘めているとわかった。オーラがある。睨み合っているだけで、額から汗が流れ出した。
劉備は興味津々でふたりを見守っていた。
すでに関羽がすごい男だとわかっていて、護衛の仕事の仲間に引き入れたいと思っている。
張飛が、関羽に挑みかかった。
木刀は軽く打ち払われた。
張飛が攻めつづけ、関羽は守りつづけた。
「素質はある。しかし、まだまだだ」
「ぬかせ!」
張飛は足を使って、関羽の背後に回り込みながら、攻撃した。
「ぬうっ、すばしっこい」
関羽が攻めに転じ、木刀を思いっきり振ると、張飛の木刀が宙に飛んだ。勝負あり。
「すげえな、関羽さん。おれの家で奢ろう。安酒しか出せないがな」
劉備がすかさず、対決していたふたりの間に入り込んで言った。
にこにこと笑っている。
つられて、関羽も笑った。
「では、ごちそうになりましょう」
負けた張飛だけが、仏頂面をしていた。
数刻後、三人は意気投合していた。
「私は役人と結託して荒稼ぎしている塩商人が許せなかったのです。口論になり、相手が用心棒に剣を抜かせたから、ふたりとも斬ってしまいました」
関羽の故郷には塩湖があり、塩商人が大勢いる。その中にかなりの悪も混ざっていた。
「関羽さんの剣は、正義かい?」
「いや、殺すことはありませんでした。反省しています」
「いいねえ、関羽さん。悪徳商人を殺したのは、正義の心がゆき過ぎたせいだろう。人の心があるから、反省もする。おれはそういう男が仕事仲間にほしい」
「仕事とは?」
「張飛と一緒に、護衛の仕事をしている。しかし、いずれはもっと大仕事をする。世直しだ。腐った役人や商人が跋扈するこの世をきれいに掃除するのさ」
後漢末期、汚職が横行し、天下は乱れに乱れていた。
劉備の目は澄んでいた。その言葉は、雷のように関羽の心を打った。
「劉備さん、仕事仲間と言わず、私と義兄弟になってくれませんか」
「おい、髭男、劉備兄貴と義兄弟になるってことは、おいらともなるってことだぜ」
「三人で、義兄弟になるか」
「ぜひともお願いします、劉備兄者。ついでに張飛も」
「ついでとはなんだ!」
「剣の稽古をつけてやろう」
「えっ? それは楽しみ! 頼むよ、関羽兄貴」
張飛はうれしかった。関羽ほどの剛の者に稽古をしてもらえれば、もっと強くなれるだろう。
三人は同時に杯を干した。
劉備、関羽、張飛は義兄弟になった。
桃の花が咲く季節のことだった。
ふたりは仲よくなった後、護衛の仕事をするようになった。
金持ちの旅に同行し、泥棒から守る。
馬商人の牧場で見張りをしたり、馬の移動中の警備をしたりする。
必要に応じて、劉備は簡雍ら仲間を呼び集めて、馬を賊から守った。
なかなかよい仕事ぶりだった。
劉備の物腰は柔らかく、なんとも言えないあたたかみがあった。彼は多くの人の信頼を得た。
張飛は子どもながら、恐るべき武力を発揮し、賊を軽々と斬った。
馬商人の張世平は、「劉備は只者じゃない」と思うようになった。
178年の春、いくつもの居酒屋を経営している蘇双が、劉備の家に駆け込んできた。
「劉備くん、大男の酔っ払いが、うちの店で暴れている。つまみ出してくれないか」
ちょうど家に張飛がいた。
ふたりは蘇双の案内で、居酒屋へ行った。
店の中に、赤ら顔の大男がいた。長く艶のある顎鬚をはやしているが、まだ若い。
背は張飛より高い。年の頃は、劉備と張飛の中間くらいに見えた。
彼の周りには、気絶した数人の男たちがいた。
劉備は臆せず、大男の対面に座った。
「乱暴をしないでくれないか」
「よそ者は出ていけと絡まれたから、相手をしてやっただけだ」
「見ない顔だね。どこから来た?」
大男は、じろりと劉備を見た。
「この店は出身地を言わないと、酒も飲めないのか」
大男の名は、関羽雲長。司隷河東郡解県の生まれで、劉備より二歳年下である。
悪徳塩商人を成敗し、故郷にいられなくなって、涿郡へ流れてきた。
「じゃあ、たずねないよ」と劉備は言って、微笑んだ。
彼は関羽を見て、鬱屈を抱えていると見抜いた。
「ここに張飛という腕自慢の男がいる。木刀で試合をしてみないか?」
「なんのために?」
「ただの余興さ。あるいは気晴らし。きみ、気鬱そうだから」
関羽は顔を上げ、劉備の背後にいる張飛を見た。
「まだ子どもじゃないか」
「少年だが、涿県で一番強いとおれは思っている。おっと、申し遅れたが、おれの名は劉備玄徳。きみの名を教えてくれないか。それとも名乗ることもできないか?」
関羽はきっ、と劉備を睨んだ。
「恥じるところはなにもない。私は関羽雲長。正義を愛する男だ」
店の外に出て、関羽と張飛は木刀を持って対峙した。
張飛の武勇は、このあたりでは有名である。すぐに見物人が山と押しかけてきた。
関羽は、すぐに張飛の技量が並みではないことに気づいた。自然に構えているだけだが、剣先から半端ではない威力がにじみ出ている。
張飛も、目の前にいる男が、いままで出会ったことがないほどの力を秘めているとわかった。オーラがある。睨み合っているだけで、額から汗が流れ出した。
劉備は興味津々でふたりを見守っていた。
すでに関羽がすごい男だとわかっていて、護衛の仕事の仲間に引き入れたいと思っている。
張飛が、関羽に挑みかかった。
木刀は軽く打ち払われた。
張飛が攻めつづけ、関羽は守りつづけた。
「素質はある。しかし、まだまだだ」
「ぬかせ!」
張飛は足を使って、関羽の背後に回り込みながら、攻撃した。
「ぬうっ、すばしっこい」
関羽が攻めに転じ、木刀を思いっきり振ると、張飛の木刀が宙に飛んだ。勝負あり。
「すげえな、関羽さん。おれの家で奢ろう。安酒しか出せないがな」
劉備がすかさず、対決していたふたりの間に入り込んで言った。
にこにこと笑っている。
つられて、関羽も笑った。
「では、ごちそうになりましょう」
負けた張飛だけが、仏頂面をしていた。
数刻後、三人は意気投合していた。
「私は役人と結託して荒稼ぎしている塩商人が許せなかったのです。口論になり、相手が用心棒に剣を抜かせたから、ふたりとも斬ってしまいました」
関羽の故郷には塩湖があり、塩商人が大勢いる。その中にかなりの悪も混ざっていた。
「関羽さんの剣は、正義かい?」
「いや、殺すことはありませんでした。反省しています」
「いいねえ、関羽さん。悪徳商人を殺したのは、正義の心がゆき過ぎたせいだろう。人の心があるから、反省もする。おれはそういう男が仕事仲間にほしい」
「仕事とは?」
「張飛と一緒に、護衛の仕事をしている。しかし、いずれはもっと大仕事をする。世直しだ。腐った役人や商人が跋扈するこの世をきれいに掃除するのさ」
後漢末期、汚職が横行し、天下は乱れに乱れていた。
劉備の目は澄んでいた。その言葉は、雷のように関羽の心を打った。
「劉備さん、仕事仲間と言わず、私と義兄弟になってくれませんか」
「おい、髭男、劉備兄貴と義兄弟になるってことは、おいらともなるってことだぜ」
「三人で、義兄弟になるか」
「ぜひともお願いします、劉備兄者。ついでに張飛も」
「ついでとはなんだ!」
「剣の稽古をつけてやろう」
「えっ? それは楽しみ! 頼むよ、関羽兄貴」
張飛はうれしかった。関羽ほどの剛の者に稽古をしてもらえれば、もっと強くなれるだろう。
三人は同時に杯を干した。
劉備、関羽、張飛は義兄弟になった。
桃の花が咲く季節のことだった。
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