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番外編③
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二人で暮らすマンションの一室。
バイトから帰ってきた璃空が、玄関のドアを開けた。
目に飛び込んできたのは。
優斗が女の人と、キスをしている光景だった。
「優斗くん!」
八月下旬。
夏休み中の、バイトのない日曜日。
二人は久しぶりに外デートを楽しんでいた。映画を見終え、さて昼御飯は何を食べようかと話しをしていた街中で、後ろから呼び止められた。
女性の声だった。
振り返った優斗が「義姉さん」と呟いたので、璃空は瞬時にほっとした。
「ねえさん?」
「義理のね。俺の兄さんの、奥さんだから」
ああ。
一度だけ話しに出てきたことがあるのを璃空は思い出していた。確か、四つ年上の兄の同級生だった人。大学卒業と同時に、結婚したとか。
それ以上のことは、兄のことも含め、璃空は何も知らない。
お久しぶりです。
近付いてきた女性に、優斗が微笑む。
女は日傘をさしながら嬉しそうに「ほんとね」と笑い返し、璃空に視線を向けた。
「お友達? わたし、優斗くんのお兄さんの妻で、佳菜子っていいます」
軽く頭を下げる佳菜子。ウェーブがかった薄茶の長い髪がふわっと揺れ、女の人特有の匂いがした。
色が全体的に白く、目がくりっと大きい。美人というより、可愛いといった印象を受けた。
「あ、朝比奈璃空です」
璃空は反射的に自己紹介をしながら、頭を下げた。佳菜子が「よろしくね」と微笑む。
「また一時帰国ですか?」
「ううん。夫のアメリカでの仕事は終わったの。これからは、日本にいるわ。ここから近いところにいい物件を見つけてね」
それから二言ばかり優斗と話し合ったあと、佳菜子はとある提案をしてきた。
「あのね、これからお茶でもどうかな。優斗くんが大学に入学する前に会ったきりだから、つもる話しもあるし。もちろんお友達も一緒に。お姉さん、奢っちゃう!」
「あ、えと」
嫌だな。
璃空は胸中で瞬時に呟いたが、そんなこと口に出して言えるわけもない。と、思っていたのだが。
「嫌です。すみません」
にっこり。
優斗は笑いながら、きっぱり断った。
佳菜子は数秒固まっていたが、やがて笑顔になった。
「そうか、そうよね。お友達もいるのに図々しかったね。ごめんなさい」
また今度ね。
佳菜子はそう言って、去っていった。
優斗は平然としている。焦ったのは璃空だ。
「い、いいの? あんな言い方して」
「いいよ。例え璃空を友達と勘違いしていたとしても、あんな提案する方がどうかしている」
冷たく言い放つ。いつも穏和な優斗が珍しい。何か引っ掛かるものを感じた璃空は「つもる話しがあるって言ってたね」と、じっと優斗を見詰めた。
「そうだね。何も話すことなんてないのに」
よっぽど暇だったんだね。
優斗は迷わず璃空を見詰め返し「やきもち?」と微笑む。
「うん」
この手の質問には素直な璃空に、優斗は「嬉しいけどね。その必要はないよ」と笑い返した。
「ほんとに?」
ほんと、ほんと。
優斗が頬を緩める。
「ほら、早く何を食べるか決めよう? そのあと、靴が見たいって言ってたよね」
「うん。優斗は何食べたい?」
「そうだな──ラーメン、食べたいな」
璃空はぴくんと反応した。
「あ、そうだ。昨日テレビでラーメン特集やってるの見て、おれも食べたいって思ってたんだった」
「そう? 良かった」
実は口に出して言っていたことなど覚えていない璃空は、スマホで近くのラーメン店を探しはじめた。
優斗は機嫌の直った璃空を優しい眼差しで見詰めていたが、ふいに佳菜子が去っていった方に、鋭い視線を向けた。
バイトから帰ってきた璃空が、玄関のドアを開けた。
目に飛び込んできたのは。
優斗が女の人と、キスをしている光景だった。
「優斗くん!」
八月下旬。
夏休み中の、バイトのない日曜日。
二人は久しぶりに外デートを楽しんでいた。映画を見終え、さて昼御飯は何を食べようかと話しをしていた街中で、後ろから呼び止められた。
女性の声だった。
振り返った優斗が「義姉さん」と呟いたので、璃空は瞬時にほっとした。
「ねえさん?」
「義理のね。俺の兄さんの、奥さんだから」
ああ。
一度だけ話しに出てきたことがあるのを璃空は思い出していた。確か、四つ年上の兄の同級生だった人。大学卒業と同時に、結婚したとか。
それ以上のことは、兄のことも含め、璃空は何も知らない。
お久しぶりです。
近付いてきた女性に、優斗が微笑む。
女は日傘をさしながら嬉しそうに「ほんとね」と笑い返し、璃空に視線を向けた。
「お友達? わたし、優斗くんのお兄さんの妻で、佳菜子っていいます」
軽く頭を下げる佳菜子。ウェーブがかった薄茶の長い髪がふわっと揺れ、女の人特有の匂いがした。
色が全体的に白く、目がくりっと大きい。美人というより、可愛いといった印象を受けた。
「あ、朝比奈璃空です」
璃空は反射的に自己紹介をしながら、頭を下げた。佳菜子が「よろしくね」と微笑む。
「また一時帰国ですか?」
「ううん。夫のアメリカでの仕事は終わったの。これからは、日本にいるわ。ここから近いところにいい物件を見つけてね」
それから二言ばかり優斗と話し合ったあと、佳菜子はとある提案をしてきた。
「あのね、これからお茶でもどうかな。優斗くんが大学に入学する前に会ったきりだから、つもる話しもあるし。もちろんお友達も一緒に。お姉さん、奢っちゃう!」
「あ、えと」
嫌だな。
璃空は胸中で瞬時に呟いたが、そんなこと口に出して言えるわけもない。と、思っていたのだが。
「嫌です。すみません」
にっこり。
優斗は笑いながら、きっぱり断った。
佳菜子は数秒固まっていたが、やがて笑顔になった。
「そうか、そうよね。お友達もいるのに図々しかったね。ごめんなさい」
また今度ね。
佳菜子はそう言って、去っていった。
優斗は平然としている。焦ったのは璃空だ。
「い、いいの? あんな言い方して」
「いいよ。例え璃空を友達と勘違いしていたとしても、あんな提案する方がどうかしている」
冷たく言い放つ。いつも穏和な優斗が珍しい。何か引っ掛かるものを感じた璃空は「つもる話しがあるって言ってたね」と、じっと優斗を見詰めた。
「そうだね。何も話すことなんてないのに」
よっぽど暇だったんだね。
優斗は迷わず璃空を見詰め返し「やきもち?」と微笑む。
「うん」
この手の質問には素直な璃空に、優斗は「嬉しいけどね。その必要はないよ」と笑い返した。
「ほんとに?」
ほんと、ほんと。
優斗が頬を緩める。
「ほら、早く何を食べるか決めよう? そのあと、靴が見たいって言ってたよね」
「うん。優斗は何食べたい?」
「そうだな──ラーメン、食べたいな」
璃空はぴくんと反応した。
「あ、そうだ。昨日テレビでラーメン特集やってるの見て、おれも食べたいって思ってたんだった」
「そう? 良かった」
実は口に出して言っていたことなど覚えていない璃空は、スマホで近くのラーメン店を探しはじめた。
優斗は機嫌の直った璃空を優しい眼差しで見詰めていたが、ふいに佳菜子が去っていった方に、鋭い視線を向けた。
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