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王への道のり
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ひょこ、ひょこ。
壁に手をつき、リオンが右足を庇うようにゆっくりと前を歩いている。冷酷王との異名を持つアルオは眉を寄せ、リオンに近付いた。
「足をくじいたのか」
リオンが振り向き、こくんと頷く。顔や服に、泥がついていた。転んだのか──転ばされたのか。もしそうだとすれば、一体誰に。
聞いたところで、リオンは応えられない。声が出せないうえ、文字の読み書きがまだ出来ないからだ。
アルオは一つ息を吐くと、おもむろにリオンの両脇に手を入れ、持ち上げた。それから左腕でリオンの体重を支えると、そのままスタスタと歩き出した。意識したというよりは、自然と出た行動のように思えた。
(──これは。いわゆる抱っこでは)
すぐ背後。無表情のまま、モンタギューが小さく驚く。さらに。キョトンとしていたリオンが、しばらくしてからおずおずとアルオの首に両腕を回した。アルオは無反応だ。すると。
──なんと。
モンタギューが目の前の光景に更に驚く。リオンの表情はいつもの通りあまり変化はなかったが、纏う空気がぱああ、と明るくなった気がしたからだ。
よほどアルオの抱っこが嬉しかったのだろう。こんなリオンは見たことがない。アルオは前を向いているので、むろん気付いていない。
「どうした、さっさと行くぞ」
動きを止めたモンタギューを振り返るアルオ。
モンタギューは胸に手を当て「……私、生まれてはじめて心がほっこりとしております」と、じーんとしていた。長年の付き合いだから分かるほどの、小さなものだったが。
「はあ?」
意味が分からないとばかりに眉を寄せるアルオの肩に、リオンが顔を埋めた。アルオにぎゅっとしがみつきながら。
その様子をつぶさに見ながら「愛。良いですねえ、愛」と、モンタギューは真顔で呟いた。
四季の変化が美しいラニーリ王国。その十代目国王、アルオ。前国王の父と母。異母兄弟たち全てを焼き殺したことが、彼が冷酷王と呼ばれる所以である。
九代目国王の第七公妾の息子として生を授かった、第五王子アルオ。末の息子であった。
九代目国王は正妻を娶らず、七人の公妾との間に一人ずつ子を為した。つまりアルオには、異母兄弟が六人いた。
首都の中央に位置する、城壁に囲まれた城塞。そこに王一族は居住しているが、王と公妾は宮を異にする。王は自由にどこにでも行き来できるが、公妾は許可なく王宮に訪れることはできない。それほどまでに、王と公妾の距離は遠い。
公妾に選ばれるのは、王族の血を引く者の中でも、教養のある、見目麗しい娘。もてはやされ、自身が特別だと自惚れる者も多い。故に、王の一番になれると思い込む。
だが。特別だという自惚れは、誰より王が強い。前国王が早くに亡くなり、何も分からないまま十五という若さで王位を継いでしまったのも、一つの要因かもしれない。
世襲君主制のこの国では、長子が王位を継ぐのが常である。前国王には正妻がおり、その長子としてこの世に生を受けた時から誰もが従い、誰もが跪く。そんな環境で、九代目国王は育った。前国王にも公妾はいたが、王位継承などと口にすることすら夢のまた夢の話しだった。
銀の髪に、銀の瞳。雪のような繊細な肌。端正な顔立ち。そのせいかは分からないが、どのような美女であろうと、王は誰にも執着せず、見向きもしなかった。だから正妻もいなかった。
正妻でも公妾でも、どのような形であれ、王の血を絶やさぬこと。そして他の血を交ぜぬこと。これが全てだった。正妻を娶らぬことは、さして珍しいことではなかった。
第一王子として王位を継いだ日から続く平和。部下任せで、まともに政もしてはいない。望まれるだけ世継ぎを残した王は、王宮に籠るようになった。
その陰では。
正妻がいないために、我が子を王にと、諦めきれない公妾同士の争いが絶えなかった。一番の被害者は、やはり公妾の子供たちだろう。小さな頃から憎み合い、隙あらば寝首をかくことばかり教えられた。
兄弟だから仲良く、という考えは誰も持ち合わせてはいない。教えられるのは、他人を蹴落とし、侮蔑し、見下すこと。
アルオの母も例外ではなかった。ただ他の兄弟と違ったのは、優しい乳母の存在があったこと。
壁に手をつき、リオンが右足を庇うようにゆっくりと前を歩いている。冷酷王との異名を持つアルオは眉を寄せ、リオンに近付いた。
「足をくじいたのか」
リオンが振り向き、こくんと頷く。顔や服に、泥がついていた。転んだのか──転ばされたのか。もしそうだとすれば、一体誰に。
聞いたところで、リオンは応えられない。声が出せないうえ、文字の読み書きがまだ出来ないからだ。
アルオは一つ息を吐くと、おもむろにリオンの両脇に手を入れ、持ち上げた。それから左腕でリオンの体重を支えると、そのままスタスタと歩き出した。意識したというよりは、自然と出た行動のように思えた。
(──これは。いわゆる抱っこでは)
すぐ背後。無表情のまま、モンタギューが小さく驚く。さらに。キョトンとしていたリオンが、しばらくしてからおずおずとアルオの首に両腕を回した。アルオは無反応だ。すると。
──なんと。
モンタギューが目の前の光景に更に驚く。リオンの表情はいつもの通りあまり変化はなかったが、纏う空気がぱああ、と明るくなった気がしたからだ。
よほどアルオの抱っこが嬉しかったのだろう。こんなリオンは見たことがない。アルオは前を向いているので、むろん気付いていない。
「どうした、さっさと行くぞ」
動きを止めたモンタギューを振り返るアルオ。
モンタギューは胸に手を当て「……私、生まれてはじめて心がほっこりとしております」と、じーんとしていた。長年の付き合いだから分かるほどの、小さなものだったが。
「はあ?」
意味が分からないとばかりに眉を寄せるアルオの肩に、リオンが顔を埋めた。アルオにぎゅっとしがみつきながら。
その様子をつぶさに見ながら「愛。良いですねえ、愛」と、モンタギューは真顔で呟いた。
四季の変化が美しいラニーリ王国。その十代目国王、アルオ。前国王の父と母。異母兄弟たち全てを焼き殺したことが、彼が冷酷王と呼ばれる所以である。
九代目国王の第七公妾の息子として生を授かった、第五王子アルオ。末の息子であった。
九代目国王は正妻を娶らず、七人の公妾との間に一人ずつ子を為した。つまりアルオには、異母兄弟が六人いた。
首都の中央に位置する、城壁に囲まれた城塞。そこに王一族は居住しているが、王と公妾は宮を異にする。王は自由にどこにでも行き来できるが、公妾は許可なく王宮に訪れることはできない。それほどまでに、王と公妾の距離は遠い。
公妾に選ばれるのは、王族の血を引く者の中でも、教養のある、見目麗しい娘。もてはやされ、自身が特別だと自惚れる者も多い。故に、王の一番になれると思い込む。
だが。特別だという自惚れは、誰より王が強い。前国王が早くに亡くなり、何も分からないまま十五という若さで王位を継いでしまったのも、一つの要因かもしれない。
世襲君主制のこの国では、長子が王位を継ぐのが常である。前国王には正妻がおり、その長子としてこの世に生を受けた時から誰もが従い、誰もが跪く。そんな環境で、九代目国王は育った。前国王にも公妾はいたが、王位継承などと口にすることすら夢のまた夢の話しだった。
銀の髪に、銀の瞳。雪のような繊細な肌。端正な顔立ち。そのせいかは分からないが、どのような美女であろうと、王は誰にも執着せず、見向きもしなかった。だから正妻もいなかった。
正妻でも公妾でも、どのような形であれ、王の血を絶やさぬこと。そして他の血を交ぜぬこと。これが全てだった。正妻を娶らぬことは、さして珍しいことではなかった。
第一王子として王位を継いだ日から続く平和。部下任せで、まともに政もしてはいない。望まれるだけ世継ぎを残した王は、王宮に籠るようになった。
その陰では。
正妻がいないために、我が子を王にと、諦めきれない公妾同士の争いが絶えなかった。一番の被害者は、やはり公妾の子供たちだろう。小さな頃から憎み合い、隙あらば寝首をかくことばかり教えられた。
兄弟だから仲良く、という考えは誰も持ち合わせてはいない。教えられるのは、他人を蹴落とし、侮蔑し、見下すこと。
アルオの母も例外ではなかった。ただ他の兄弟と違ったのは、優しい乳母の存在があったこと。
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