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1章 出会い編
2話 顔を合わせない庭デート
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(不思議な女性だな。彼女の言葉一つで驚くほど気持ちが変わる)
ウェズブラネイことウェズは不思議な感覚に俄然ウツィアに興味を持った。対人関係が得意ではない彼が珍しい。
「ウェズ? 聞いてる?」
「ええ」
窓の外は王族専用の庭だ。先程からしきりに外を気にしている時点で何に気を取られているか、彼の目の前に座る王子はよく分かっていた。
「もう戦いの報告はいいよ」
「はい」
「というわけで」
にっこり王子が笑う。
「この後、ウツィアのとこへ行ってあげてよ」
「……何故」
「いいから行って」
行きたいくせにと言いたいとこをなんとかこらえる。なんだかんだ素直に応じると分かっているからだ。
「……分かりました」
「姉様と一緒だよ。昨日と同じとこにいるから」
「……」
「はい、これ。いってらっしゃい」
小瓶を渡してひらひら手を振っても渋面は崩れないまま部屋を出ていく。
外回廊を進むと護衛を連れた王女とすぐに鉢合わせた。
「あらウェズ。丁度よかったわね。ウツィアは昨日と同じ場所よ。護衛もいないからゆっくり話してらっしゃい」
「護衛をつけていない? 何故です」
あからさまに非難する顔に王女は素知らぬ顔をして頷く。昨日の様子からウツィアが王女の賓客だと分かるのに、護衛をつけないのは非常識だ。手厚く扱うべきなのにとウェズは無防備な対応に眉間の皺を深くさせて不快をあらわにした。
「あの子は他人の悪意が分かるのよ。だから一人でもすぐに気づいて逃げることが出来るわけ」
王女が貴族院に通う学生の時に目に留まったのがウツィアで気に入られて城に連れてこられた、という話は昨日ウツィアと別れた時に王子から聞いた。だからと言って城の中で放置するのはいかがなものかとウェズは思う。王女のお気に入りだったとしてもだ。
「何を仰っているのです」
「ウツィアは見えるのよ」
「見える?」
「他人の過去とか感情とか思考とか。今は意図的に見えないようにしてて、占いの時に両手を握って見てるみたいね」
言っていることがよく分からないと首を傾げるとフッと王女は笑う。ウェズにはいまいちピンとこない。
「勿論その気になれば触れなくても見れるのよ。あんたの下心とかも丸見えに」
「からかわないで下さい。その見える力があったとしても、暴力に抵抗できる力もないのでしょう」
「じゃあウェズが護衛すればいいじゃない。話し相手ついでに」
ああ言えばこう言う。ただこうなると王女の言う通りにするしかなかった。彼女の元に行くつもりではあったから、ここで引き返す選択はない。
王子からもらった声を変える薬の入った小瓶を開ける。一気に飲み干して庭に出た。
「庭デート楽しんでらっしゃい」
「でーと?」
「ああ、ウツィアの言葉だったわ。あの子、特殊な言葉を使うのよ。古文書に書いてあるんですって」
「古文書?」
「ほら、さっさと行って」
この日も雲一つない晴天で、ゆるく風が吹いていた。
「いらしたんですね」
白銀の混じる金髪が風に揺れる。のんびりした口調にウツィアがここに一人でいることが多いのだと悟った。
「護衛の一人も置かないとはどういうことだ」
「この庭は入れる人間に限りがありますし、ここまでの警備も厳重なので側に護衛は置かないんです。昨日もいなかったでしょう?」
「それは、そうだが」
昨日の時点で言えばよかったけれど、昨日は色々疲れていて気づかなかった。ウツィアは何も気にしていない様子でカードをテーブルの上に置く。
「今日も占いますか?」
「いや」
「あら、王女からはそう聞いていたのですが」
「……」
(王女め)
話に来ただけだと言っても良いのだろうかとウェズは一瞬躊躇った。沈黙が訪れた後、ウツィアは変わらない口調のまま続けた。
「ではお話をして頂けませんか?」
「え?」
「教えてください」
「え……」
「教えてください。貴方のこと、もっと知りたいです」
これが見えているということなのだろうかと思えてしまうぐらい、自分が言いたいことを代わりに言ってくれるウツィアに気持ちが軽くなった。
* * *
数日後。
「椅子?」
「遅くなってしまいました。いつもいらしてくださるのに立ったままでしたよね?」
ほぼ毎日、ウェズとウツィアは庭で会っていた。自身のことが特定されないよう話すのに、穏やかに会話が進むのは彼女のお陰だろう。ウェズはウツィアに信頼を置くようになっていた。
「君は人に触れると色々分かってしまうのだろう」
「そうですね。触れなくても分かるんですけど、今は使わないように設定しています」
「設定?」
自分で自分の力を制御していると言う。手に触れるという行動で能力の開放を行うけれど、占いの時といった限定的な部分でしか使わない。
「便利だからみてしまうことが多かったんですけど、今は相手とお話するのが大事だと思ってあまり使いません」
「そうか」
見える故に苦労があったのかもしれない。
「今、領地を賜る話をしている」
「おめでとうございます」
「しかしいくらか候補があって悩んでいる」
「それなら占ってみましょうか」
いつものカードを取り出す。
一枚だけ引いて後ろにいるウェズに見えるようにしてくれた。
「水のある場所がよさそうです」
「水……海か?」
「んー、どちらかといえば淡水ですかね」
川や湖がある領地候補を思い浮かべた。
「あと星がよく見える場所……領民が多いところでもいいかもしれません」
人口規模と地理条件を考えると一つ該当があった。
「参考にする。ありがとう」
「はい、お役に立てれば嬉しいです」
「君は詳しいな」
勉強したのかと問うと祖母と曾祖父がいたからと言う。
「祖母が亡くなってからはこの本が頼りですね」
「古そうな本だな」
「はい、数百年前のものです」
装丁も古めかしい。曰く、聖女のことが記された本だと言う。
聖女は歴史で出てくる人物でとうに存在しないものだ。けれどここにきてウェズは以前王女が言っていた古文書の存在を思い出し一人納得した。
「成程。そこにでーとという言葉が書いてあるのか」
「え? デート?」
「王女が以前ぼやいていた」
「ふふ、キンガは古文書の言葉が好きなんです」
ちなみにデートとは逢引のことですよと言われ、ウェズは内心王女への悪態をついた。どこまでも揶揄うことが好きな女性だ。
「それでですね。この古文書、書き込みされてるんです」
「書き込み?」
補足だと言う。字の様子から本が出されて数百年後に書かれたようだ。
「聖女の研究者がいたということか?」
「えっと、この補足した方、最後のページに最後の聖女よりって書かれていたんです」
自らそんな名乗りをあげるのだろうか。そんなウェズの気持ちをウツィアは拾い上げる。
「これが本当なら面白いと思いませんか? とっくにいなくなった聖女がいつの時代でも生きているかもしれないって考えるとわくわくします」
「……君は素直だな」
可愛い女性だと思う、そこではっとした。
(今、なんて思った?)
幸いこの動揺は彼女に知られなかった。可愛いと思うなんて。
「素直なのは貴方の方ですよ」
「私が?」
「私がカードを始めとした占いや、みえてしまう特殊な能力があるのを受け入れて話をしてくださる方は珍しいんです」
彼女も彼女で自身の特異性に悩んでいるのだろうか。
「占い希望の方は占いが終われば会うことはあまりないんです。だからこうして長く会って頂ける方は初めてで……嬉しいです」
「……」
(可愛い)
一度認めてしまうと堰を切ったかのように溢れる。毎日少しの時間を話しているだけなのに。
彼女のことをもっと知りたいと思うようになった。
* * *
「顔に怪我?」
「ああ。随分経ってマシになったが跡が残った」
かなり踏み込んだ話までするようになった。
ウェズは自分が騎士として隣国セモツとの戦いに赴き、その時に負った怪我の話までしている。
「でも怪我や傷なら治ります」
「人によっては気味悪がられる」
例外は王女と王子だけ。それは伏せておく。
「……怪我をしてから半年経っていないですよね」
「ああ」
「できることを試してみる気はありますか?」
ウツィアは薬も作れる。声を変えるもの、認識をずらすもの、痛みを緩和するもの、そして傷をゆるやかに治すもの。
「治癒魔法が使えればいいんですけど、私はそこまでの力はなくて」
薬だけでも、というより彼女の気持ちだけで充分だった。それに魔法が使える人間はいるものの、その数はだいぶ減ったと聞いた。西の隣国は魔法国家として成り立っているが、魔法の希少性故に他国との交易に厳しい制限がかかっている。この王国でも剣を持つ騎士が主で動く。少ないが魔法使いもいるらしいが、王室お抱えで表舞台に出ることはなかった。
「君の薬なら安心して使える」
「ありがとうございます」
塗薬から始まり、日に焼けないようにする薬、日々の手入れで基礎化粧品というものも使うらしい。あまりの工程の多さに少し怖気づいてしまった。
「大丈夫です。コツコツやっていきましょう」
「あ、ああ」
のんびりしているようで意外とぐいぐいこられて少し戸惑うも薬を全て受け取ってしまった。
ウェズブラネイことウェズは不思議な感覚に俄然ウツィアに興味を持った。対人関係が得意ではない彼が珍しい。
「ウェズ? 聞いてる?」
「ええ」
窓の外は王族専用の庭だ。先程からしきりに外を気にしている時点で何に気を取られているか、彼の目の前に座る王子はよく分かっていた。
「もう戦いの報告はいいよ」
「はい」
「というわけで」
にっこり王子が笑う。
「この後、ウツィアのとこへ行ってあげてよ」
「……何故」
「いいから行って」
行きたいくせにと言いたいとこをなんとかこらえる。なんだかんだ素直に応じると分かっているからだ。
「……分かりました」
「姉様と一緒だよ。昨日と同じとこにいるから」
「……」
「はい、これ。いってらっしゃい」
小瓶を渡してひらひら手を振っても渋面は崩れないまま部屋を出ていく。
外回廊を進むと護衛を連れた王女とすぐに鉢合わせた。
「あらウェズ。丁度よかったわね。ウツィアは昨日と同じ場所よ。護衛もいないからゆっくり話してらっしゃい」
「護衛をつけていない? 何故です」
あからさまに非難する顔に王女は素知らぬ顔をして頷く。昨日の様子からウツィアが王女の賓客だと分かるのに、護衛をつけないのは非常識だ。手厚く扱うべきなのにとウェズは無防備な対応に眉間の皺を深くさせて不快をあらわにした。
「あの子は他人の悪意が分かるのよ。だから一人でもすぐに気づいて逃げることが出来るわけ」
王女が貴族院に通う学生の時に目に留まったのがウツィアで気に入られて城に連れてこられた、という話は昨日ウツィアと別れた時に王子から聞いた。だからと言って城の中で放置するのはいかがなものかとウェズは思う。王女のお気に入りだったとしてもだ。
「何を仰っているのです」
「ウツィアは見えるのよ」
「見える?」
「他人の過去とか感情とか思考とか。今は意図的に見えないようにしてて、占いの時に両手を握って見てるみたいね」
言っていることがよく分からないと首を傾げるとフッと王女は笑う。ウェズにはいまいちピンとこない。
「勿論その気になれば触れなくても見れるのよ。あんたの下心とかも丸見えに」
「からかわないで下さい。その見える力があったとしても、暴力に抵抗できる力もないのでしょう」
「じゃあウェズが護衛すればいいじゃない。話し相手ついでに」
ああ言えばこう言う。ただこうなると王女の言う通りにするしかなかった。彼女の元に行くつもりではあったから、ここで引き返す選択はない。
王子からもらった声を変える薬の入った小瓶を開ける。一気に飲み干して庭に出た。
「庭デート楽しんでらっしゃい」
「でーと?」
「ああ、ウツィアの言葉だったわ。あの子、特殊な言葉を使うのよ。古文書に書いてあるんですって」
「古文書?」
「ほら、さっさと行って」
この日も雲一つない晴天で、ゆるく風が吹いていた。
「いらしたんですね」
白銀の混じる金髪が風に揺れる。のんびりした口調にウツィアがここに一人でいることが多いのだと悟った。
「護衛の一人も置かないとはどういうことだ」
「この庭は入れる人間に限りがありますし、ここまでの警備も厳重なので側に護衛は置かないんです。昨日もいなかったでしょう?」
「それは、そうだが」
昨日の時点で言えばよかったけれど、昨日は色々疲れていて気づかなかった。ウツィアは何も気にしていない様子でカードをテーブルの上に置く。
「今日も占いますか?」
「いや」
「あら、王女からはそう聞いていたのですが」
「……」
(王女め)
話に来ただけだと言っても良いのだろうかとウェズは一瞬躊躇った。沈黙が訪れた後、ウツィアは変わらない口調のまま続けた。
「ではお話をして頂けませんか?」
「え?」
「教えてください」
「え……」
「教えてください。貴方のこと、もっと知りたいです」
これが見えているということなのだろうかと思えてしまうぐらい、自分が言いたいことを代わりに言ってくれるウツィアに気持ちが軽くなった。
* * *
数日後。
「椅子?」
「遅くなってしまいました。いつもいらしてくださるのに立ったままでしたよね?」
ほぼ毎日、ウェズとウツィアは庭で会っていた。自身のことが特定されないよう話すのに、穏やかに会話が進むのは彼女のお陰だろう。ウェズはウツィアに信頼を置くようになっていた。
「君は人に触れると色々分かってしまうのだろう」
「そうですね。触れなくても分かるんですけど、今は使わないように設定しています」
「設定?」
自分で自分の力を制御していると言う。手に触れるという行動で能力の開放を行うけれど、占いの時といった限定的な部分でしか使わない。
「便利だからみてしまうことが多かったんですけど、今は相手とお話するのが大事だと思ってあまり使いません」
「そうか」
見える故に苦労があったのかもしれない。
「今、領地を賜る話をしている」
「おめでとうございます」
「しかしいくらか候補があって悩んでいる」
「それなら占ってみましょうか」
いつものカードを取り出す。
一枚だけ引いて後ろにいるウェズに見えるようにしてくれた。
「水のある場所がよさそうです」
「水……海か?」
「んー、どちらかといえば淡水ですかね」
川や湖がある領地候補を思い浮かべた。
「あと星がよく見える場所……領民が多いところでもいいかもしれません」
人口規模と地理条件を考えると一つ該当があった。
「参考にする。ありがとう」
「はい、お役に立てれば嬉しいです」
「君は詳しいな」
勉強したのかと問うと祖母と曾祖父がいたからと言う。
「祖母が亡くなってからはこの本が頼りですね」
「古そうな本だな」
「はい、数百年前のものです」
装丁も古めかしい。曰く、聖女のことが記された本だと言う。
聖女は歴史で出てくる人物でとうに存在しないものだ。けれどここにきてウェズは以前王女が言っていた古文書の存在を思い出し一人納得した。
「成程。そこにでーとという言葉が書いてあるのか」
「え? デート?」
「王女が以前ぼやいていた」
「ふふ、キンガは古文書の言葉が好きなんです」
ちなみにデートとは逢引のことですよと言われ、ウェズは内心王女への悪態をついた。どこまでも揶揄うことが好きな女性だ。
「それでですね。この古文書、書き込みされてるんです」
「書き込み?」
補足だと言う。字の様子から本が出されて数百年後に書かれたようだ。
「聖女の研究者がいたということか?」
「えっと、この補足した方、最後のページに最後の聖女よりって書かれていたんです」
自らそんな名乗りをあげるのだろうか。そんなウェズの気持ちをウツィアは拾い上げる。
「これが本当なら面白いと思いませんか? とっくにいなくなった聖女がいつの時代でも生きているかもしれないって考えるとわくわくします」
「……君は素直だな」
可愛い女性だと思う、そこではっとした。
(今、なんて思った?)
幸いこの動揺は彼女に知られなかった。可愛いと思うなんて。
「素直なのは貴方の方ですよ」
「私が?」
「私がカードを始めとした占いや、みえてしまう特殊な能力があるのを受け入れて話をしてくださる方は珍しいんです」
彼女も彼女で自身の特異性に悩んでいるのだろうか。
「占い希望の方は占いが終われば会うことはあまりないんです。だからこうして長く会って頂ける方は初めてで……嬉しいです」
「……」
(可愛い)
一度認めてしまうと堰を切ったかのように溢れる。毎日少しの時間を話しているだけなのに。
彼女のことをもっと知りたいと思うようになった。
* * *
「顔に怪我?」
「ああ。随分経ってマシになったが跡が残った」
かなり踏み込んだ話までするようになった。
ウェズは自分が騎士として隣国セモツとの戦いに赴き、その時に負った怪我の話までしている。
「でも怪我や傷なら治ります」
「人によっては気味悪がられる」
例外は王女と王子だけ。それは伏せておく。
「……怪我をしてから半年経っていないですよね」
「ああ」
「できることを試してみる気はありますか?」
ウツィアは薬も作れる。声を変えるもの、認識をずらすもの、痛みを緩和するもの、そして傷をゆるやかに治すもの。
「治癒魔法が使えればいいんですけど、私はそこまでの力はなくて」
薬だけでも、というより彼女の気持ちだけで充分だった。それに魔法が使える人間はいるものの、その数はだいぶ減ったと聞いた。西の隣国は魔法国家として成り立っているが、魔法の希少性故に他国との交易に厳しい制限がかかっている。この王国でも剣を持つ騎士が主で動く。少ないが魔法使いもいるらしいが、王室お抱えで表舞台に出ることはなかった。
「君の薬なら安心して使える」
「ありがとうございます」
塗薬から始まり、日に焼けないようにする薬、日々の手入れで基礎化粧品というものも使うらしい。あまりの工程の多さに少し怖気づいてしまった。
「大丈夫です。コツコツやっていきましょう」
「あ、ああ」
のんびりしているようで意外とぐいぐいこられて少し戸惑うも薬を全て受け取ってしまった。
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