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16話 こうして触れる特権は俺のものです

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 ヴォルムに横抱きで抱え上げられた。二人が互いを畏まって言い合う時は碌な事がない。

「ではよろしくお願いいたします」
「お任せ下さい」
「ソフィー!」

 抱え上げられたまま私の執務室に連行された。
 いやいや私もう帰るんだけど!

「せめてお姫様抱っこはやめてよ!」
「逃げるので却下です」

 扱いがひどい。

「もう……」
「ディーナ様は自身を犠牲にしすぎです」
「犠牲じゃない」
「そうですね。自身を利用しすぎ、でしょうか」

 抱っこされたまま部屋に入り、ソファに優しくおろされる。ソフィーがいないのは扉の外で見張りをしているってことだ。

「手を」

 机の上には救急箱。テュラが考案したものだけど、結構便利だ。ヴォルムが中から手際よく必要なものを取り出す。

「テュラがディーナ様に敢えて治癒魔法をかけなかったということは俺に手当てをしろという意味です」

 観念して下さい、と真っ直ぐ見つめてくる。この顔の時は譲らない。諦めて手を出した。身体強化も初歩の攻撃魔法も使いこなせるのに治癒だけはからっきしなのよね。高度な治癒は魔法大国ネカルタスの特権だし。しいて言うなら対象者の魔力調整ぐらいならできると思うんだけど。

「裂傷はないですね」
「打ち身で赤くなっただけね」

 そういう風にしたから。話の通じない人たちには証拠残して正当防衛に限る。
 それにこの程度なら一日二日放っておけば自然に治るものだ。ヴォルムは元々魔法が使えると本人から聞いていたけど、普段使わないと自分で決めていて、今回も治癒魔法をかけずにこうして手ずからやってくれる。

「ヴォルムはこういう時でも魔法使わないよね」
「この程度なら治せますが使いませんね」
「ぱぱっと魔法で」
「しません」
「そう」

 使っても罰せられるわけじゃないのにと考えていると「魔法を使ったらディーナ様に触れる事が出来ませんので」と大胆なことを言ってきた。

「私に触る為?」
「ええ。こうして触れる特権は俺のものです」

 ずっと想うだけだと思っていたのでこれぐらいはと私が許す現状に甘えていた。
 と、いうことらしい。

「手当てします」

 これはもう舐めときゃ治るよと言っても無駄ね。治す以前の問題だ。となると、テュラはヴォルムの気持ちを汲んで敢えて動いてなかった? テュラの場合は面白いからの一択な気がする。

「意志強い」
「なんとでも」

 私よりふた回りは大きい武骨な手で丁寧に手当てをしてくれる。ヴォルムは剣を握るから掌もかたい。
 でも私はこの手を割と気に入っている。ヴォルムの努力が見えるし、いかにもおかたい手なのに手付きが優しすぎてギャップがたまらない。

「ディーナ様は本当にずるいです」
「ん? なんで?」

 そんな顔するからですと嗜める。どんな顔してたのよ。

「期待してしまうんです」
「期待?」

 期待する顔とはどういう感じかな? 首を傾げていると苦笑された。

「ディーナ様は昔から放っておけません」
「そういうこと言うのはヴォルムとソフィーぐらいだね」

 大概私は「自分がいなくても平気そう」「一人でも大丈夫そう」と言われる。仕事にしてもプライベートにしてもだ。
 王太子殿下の婚約者という立場があっても社交界で男性からはよく言われた。女性に言われる時は暗に婚約者に相応しくないという意味もこめられていたけど。

「俺もソフィーさんもディーナ様の一瞬を見逃しません。淋しいと思われた時が確かに一度ありました」
「その一瞬よく見逃さなかったね」

 あれ母が亡くなって五年目ぐらいのお年頃だった時かな。父とは別で単独で墓参りしてセンチメンタルになった一瞬、淋しいと感じた。でもそれも次に「そういうこともあるよね」で終わりだ。今も過去も周囲に恵まれていると分かってるから、そういった気持ちは抱かなくなったと思う。
 というかそんな一瞬その場だけの感情の解決にヴォルムもソフィーも今の過保護を選んだの? 一瞬だよ?

「ええ。その一瞬の為にも、俺は変わらず貴方を甘やかします」
「ブレなくて格好良いね」
「ありがとうございます」

 それに、とヴォルムが言葉を続けた。

「ディーナ様が一人でなんでもできたとしても、一人でいる理由がありません」
「一人が好きでも?」
「ええ。一人が好きでも、二人でいて苦しく辛くなければ一緒にいてもいいでしょう?」

 そういう考えもできるね。確かに一人で大体やれちゃうしそれでいいかと思えるけど、ヴォルムやソフィーと一緒でも苦ではない。

「ディーナ様はどうしても一人でないと辛いというタイプではないので、俺はそこに付けこんでずっと側にいます」

 すごい胆力。いつになく正直に気持ちを話してくれる。いいえ、今までは立場上話せなかっただけか。
 できました、とヴォルムの手が離れた。

「ふふふ、ありがと」
「……いいえ」

 優しいねえと笑うとヴォルムが戸惑う。
 綺麗に手当てをされた手を見て手慣れたなと珍しくしみじみしてしまった。騎士だから扱いは元から得意だったけど、初めの頃はここまでうまくなかったから。

「包帯巻くほどじゃないよ」
「俺の自己満足です」
「それなら仕方ない」

 見下ろすと再び真っ直ぐ見られる。熱のこもった視線で何が言いたいか分かった。もしかして今まで気づかなかったけど、私はこの視線をずっと向けられてきたのかな?

「そうだ、ヴォルム」
「はい」

 今はもう早いけど王都のタウンハウスに帰る予定だ。折角だからデートの続きでもしよう。

「ご飯食べてかない?」
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