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小スカ
タクシー怪談【CPなし】
しおりを挟む「同業者から聞いた話なんだけどね……」
深夜0時。乗り込んだタクシーの運転手が唐突に口を開き、重苦しい語り口で話し始めた。
それはちょうど今くらいの時間に起こったのだそうだ。
あるタクシー運転手が客を降ろした帰りに、街外れの田んぼ道で出会ったらしい。
ぽつり、ぽつりと、思い出したかのように設置されたオレンジ色の街灯の下にうずくまる人影を見つけて、彼は車を停めたのだと言う。
――お兄さん、具合でも悪いんですか?
運転手がそう尋ねると、影の男は顔を上げずに震える声で、
――いいえ……道に迷ってしまって…
と、言ったのだとか。
霧雨の降る深夜に薄暗い街灯の下で震える男を見て可哀想になった運転手はその男をタクシーに招き入れ、
――お代はいりませんから
と言い、男にタオルを貸したそうだ。
俺は、人情あふれる話ではないか、と話を切り上げようとしたのだが、タクシーの運転手は興奮したように話を続けるのだった。
そうしてタクシーに乗せた男は、しばらくするとううん…ううん…と、獣の唸り声のような声を発し出した。
運転手が、
――お兄さん、やっぱり具合が悪いんじゃあない?
とバックミラーに問いかけると、男は顔も上げずに首を横に振り、
――いいえ……少し…冷えただけですから…
と口の中でくぐもった声を出して言うのだ。
運転手は少し気味悪く感じたのだが、やはり具合でも悪いのだろうとさほど気にすることなく街へ車を走らせたそうだ。
しばらくタクシーを走らせると、ほそぼそと降り続いていた霧雨は上がり、厚い雲の切れ間から得も言われぬ神秘的な……一種の不気味ささえ感じるほどの美しい満月が顔を覗かせていた。
遠くで郊外の街の入口にある信号機が赤々と光を放つのが目に入り、運転手は少しほっとしたような気持ちになる。
――お兄さん、街ですよ、街。長かったですね、どこまでお送りしましょうか?
運転手がそう問いかけるも、男は何も言わずただ俯いていたのだそうだ。
そして信号機の赤い点滅を前に減速し、交差点を横切る車を見送って軽く後ろを振り返ったとき、運転手は息が止まりそうになった。
つい先刻まで俯いて静かに座っていた男の姿が消え去っていたのだ。
慌てて路肩にタクシーを停めて後部座席のドアを開けた運転手は、背筋が凍り付いた。
男が座っていたシートには運転手が渡したタオルと生温かい水の跡だけが残されていたのだそうだ……
その話を聞き終えた俺の心臓はうるさいくらいに強く鳴り響き、身体が自然と震えていた。
運転手の怪談話が、よほど真に迫る語り口だったのか?
いいや、この話の怪異が、俺自身のことであったからだ……。
数週間前に遡る。
その日は完全に飲み過ぎていた。
機械設計のエンジニアの俺は普段は工場やデスクで図面と向き合っているだけなのだが、営業部の接待に同行させられたのだ。
新プロジェクトで核心部品を担当しているという理由だった(「技術質問が出たら萩が一番詳しいから」と半ば強引に決定したのだ)。
相手の担当者が元エンジニアで、細かい質問がバンバン来るのは予想通りだった。
予想外だったのは、接待の最中に催した場合、どうやって中座すればいいのか分からなかったことだ。
知人や会社メンバーとの飲み会ではない。
接待という特殊な場での話の腰の折り方が全く掴めなかった。
おまけに接待も終盤に差し掛かって相手の興が乗り技術質問が矢継ぎ早であったことも、余計にそれを難しくした。
よく熟知した内容を答えることには困ることがなかったが、俺の頭の中はいつどうやって、パンパンに張り詰めた膀胱の中身を解放するか、ほとんどそれだけだった。
取引先からの質問に丁寧に答えながらも、何度も座り直す仕草で身体をもぞもぞさせていたせいで部長に「緊張してるのか?」とイジられてしまい大層な恥をかいたが、先方が「真面目そうで信頼できるね!」と好感触だったのがせめてもの救いだ。
そうして機会を逃し続けているうちに解散、取引先の担当者を見送り、そして家の方向が真逆である部長らとはその場で分かれ、終電を逃し、スマホは充電切れ、更には金曜夜ということもありタクシーも掴まらぬまま田舎道を歩き続けているうちに、俺の膀胱は限界に達した。
少し前から降り出した霧雨が身体を冷やし、着慣れないスーツで押さえつけられ、膀胱が外側からも内側からも締め付けられるようだった。
「漏れる……漏れる漏れる……本当に…もれる…」
人目がないことを良いことに股間を押さえつけながらよたよたと歩みを進めていたが、ついにその場に立ち止まってしまった。
振り返り誰もいるはずがない暗闇に視線を走らせる。
「もうここでするしか……こんなところで立ちションなんて、許されることじゃないけど…」
片手で股間を激しく揉みながら、意を決してもう片方の手でベルトを緩める。
足を忙しなく動かしている振動のせいで上手く緩めることが出来ない。
友人の結婚式で数回使用しただけのベルトの革が固い。
震える手でファスナーを下ろし、肌寒いはずなのに汗ばんで肌に張り付く下着をずらした。
そして今まさに、締め付けていた括約筋を解放する、その瞬間―――
「ッ?!」
チョロッと先端から雫が溢れ出したのと、視界の先で2つの横並びの明かりが光ったのはほぼ同時だった。
ヘッドライトだと理解するのに時間はかからなかった。
少し坂になっていて気付くのが遅れたのだ。
俺は焦った。
知り合いの中では平気で立ちションをする人間もいるにはいたが、俺はこんなところで排泄行為をしているところを他人に見られるなんて考えられない。
ヘッドライトに驚きすぐに下腹部に力を入れたが、我慢に我慢を重ねたおしっこは締め付けているはずの先端からチョロチョロッ…と断続的に漏れ出す。
だがもうヘッドライトはすぐ側だ。
そろそろ視認されるかもしれない。
――見られたくない……!
慌てて下着を引き上げる。じわっと布が湿った。
スラックスを整える余裕もなく股間を押さえつけてその場に屈み込んだ。
じわっじわっと下着が濡れて、なんとかそれ以上の侵食を防ぐことが出来た。
――早く……早くどこか行ってくれ!漏れる…!
しかし顔を伏せている俺の脇で車は減速し、横にくるとピタリと動きを止めてしまった。
「お兄さん、具合でも悪いんですか?」
運転手――年配の男性のような声だ――がそう尋ねてくる。
俺はズキズキと痛む膀胱を庇って不自然に身体を捩らせたまま、掠れる声を出した。
「いいえ……道に迷ってしまって…」
早く立ち去ってほしい一心でどうにか答える。
すると、どうやらタクシーの運転手であったらしく男性がこう言った。
「この方向、向岬崎(むこうざき)まででしょう。良かったら乗っていきますか?」
「…………いえ…」
「でもこの時間、ここタクシー通りませんよ。帰るついでですし、お代はいりませんから」
「………………」
俺はしばらく俯いたままでいたが、やがてこくりと首を縦に振った。
歩いて帰るには遠すぎた。
それに、一度少し出したことで膀胱の容量でも空いたのか、ほんのわずかに尿意が和らいでいた。
タクシーに座った途端、冷えていた身体がじんわりと温まり、寒さで縮こまった膀胱が緩んで一瞬我慢が楽になった――気がした。
そう、それは一瞬のことで、すぐにさっきよりも強い尿意が襲ってきたのだ。
暖かさに、括約筋すらも緩んだというのだろうか。
じっとしていられず、俺は膝をバレない程度にゆっくりと交互に上下させる。
しかし尿道に流れ込みそうになる小便は括約筋に圧力をかけ続ける。
――も、漏れる………
俺は、唸り声をあげていたらしい。
運転手は心配げに言った。
「お兄さん、やっぱり具合が悪いんじゃあない?」
運転手の顔が少し動き、恐らくはバックミラー越しにこちらの様子を窺っている気配を感じる。
俺は俯いたままに「いいえ……少し…冷えただけですから…」とぼそぼそと答えた。
漏れそうだと気づかれれば嫌な顔をされるかもしれないし、何よりも恥ずかしい…。
すでに少し濡れてしまったスーツにシミでもついていたら最悪だ。
そう思うと俺は誤魔化してしまった。
運転手は深く気にする様子もなく、そのままタクシーを走らせ続けた。
窓の外の、暗闇の中にぽつりぽつりとある街灯が流れていく。
俺はもう、冷や汗をかきながら必死で耐えていた。
ずっと尿道に熱いものが迫ってきている。
じっとしていられないのに、あまり大きく動けば車の揺れで運転手に気付かれるかもしれない。
俺は本当に小さく、小刻みにシートに座り直しながら、足を何度も閉じたり開いたり、鞄で隠しながらズボンの前をギュッと押さえて尿意を堪えた。
何度も括約筋が緩みそうになるのを意地で締め付ける。
でも、もう限界だった。
「お兄さん、街ですよ、街。長かったですね、どこまでお送りしましょうか?」
運転手の、どこかほっとしたような声色がこちらに向けられているのを感じた。
だが俺は顔を上げることも、声を出すことも出来なかった。
何故なら、堪えていた小便がついに溢れ出していたからだ。
勢い弱く出始めたそれは、止めていた息が持たずに、吐き出すと同時に小さな、小さな音をスーツのスラックスの中で響かせた。
それは運転手には聞こえなかっただろうが、俺の耳には大きく、絶望の音として響いた。
布に当たる小便の音。それが、重力で足元へ落ちきる前にスラックスの空間に渦巻いて、先端から勢いよく出る小便とぶつかって、ジュゥゥ…と、くぐもった音がした。
熱い小便が、スラックスの前に少しだけ広がり、しかし全てが座面に広がっていくのを腿の裏ではっきり感じ取った。
目の前がチカチカとした。
思えば学生時代から決して人に情けないところなど見られずに、真面目に、そして堂々と振舞ってきた。
それなのに今、タクシーの中で、何の対処すらもできずにシートに座ったままお漏らしをしているのだ。
小学生であっても、きちんと申告し、この事態を解決したに違いない。
自分はプライドだけが肥え太って、結局こうして、最悪の事態を――――――
気が付けば俺は、停車したタクシーのドアを静かに開けて、必死で逃げ出していた。
幸いにもドアには鍵がかかっておらず、運転手の俺を呼び止める声は聞こえなかった。
振り返らなかった。
いや、振り返れなかった。
ずっと走り続けて、やがて街明かりが見えたころふと見上げた月は、霧雨が止み、雲の切れ間から不気味なほどに美しい、青白い光を皓々と照らしていた。
――――――――――――――――――
あとがき
怪談風に描いてみたこの作品、いかがだったでしょうか。
ホラー調なんて書いたことないので雰囲気出てたかは分かりませんが、きっと主人公の萩にとってはこの事実、そしてそれが後日タクシー運転手の間で広がった噂を聞かされることによって掘り返されたことが、何よりのホラーだったに違いありません。
怖かったら(笑)、リアクションよろしくお願いします!
――――――――――
■キャラ設定
萩 秋澄(はぎ あきすみ)
学生時代のあだ名→おーたん(姓名に秋が入ってるから、オータムから来てる。本人は嫌だった)。
真面目で頭が良くていつも堂々と男らしく振る舞ってきたけど、羞恥心は人一倍強い。
失敗しないように生きてきたのに、初めての大きな失敗が、最悪の形で訪れる………。
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